小説

□晴れた空に、春風を君へ
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涙なんて物が本当にあるなら 俺の涙は偽物らしい。


第一章:終わりの、始まり




 項垂れるような暑さ。暦上では秋だと言っても、そんな物、大嘘だと思わせるほどだ。
 ただでさえ、待たされることが嫌いなのにこの暑い中、陽菜(ひな)に待たされること三十分越え。苛つく感情を抑えようとすればするほど、苛つき、汗ばむ掌。またそれに、苛つく。
 ――まったく、迷惑な悪循環だ。

「お待たせー」

 向こうの方から――校舎の玄関前の下駄箱の方から、陽菜の姿が見え、少ししてから声が聞こえた。それと同時に、すぐ近くの校門前に置いていた通学かばんを持ち上げて、陽菜がこちらにくるのを待つ。

「お待たせー、じゃねぇよ。ったく……何分待ったと思ってんだよ」
「うーん……三十分、ぐらい?」
「――チッ……。あーあ、ご名答ご名答! ったく、ダリィから早く行くぜ」

 舌打ちを一つ。少し自棄になったように、強引に話を終わらせた。陽菜は、足早に学校を後にする俺の後ろを、ひよこのようにしっかりとついてくる。
 
 陽菜の、この掴めない性格が昔から嫌いだ。雲のように、どこか届かないところに居る。追いかけて、掴もうとすればするほど、どこかに行ってしまう。

「ねぇー、歩くの速いっ」
「お前が遅いんだよ」

 悪態をつきつつも、歩くペースを落とす。俺の体よりも、一回りも二回りも小さなその体。そして、その体は俺を見上げる。

「れでーふぁーすとを知りなさい、ってね!」

 満面の笑みで見つめられた。
 ――結局は、この笑顔には勝てなくて、いつも俺が負けたことになる。今回だってそう。前だって、前の前だって、ずっと前だって。陽菜と出逢ってから、もう十六年。産まれてから、今、この瞬間までの年月分、俺は陽菜には勝てた試しがない。

「ねぇ、陽樹(ようき)ぃ?」
「あん?」

 陽菜の歩くペースに自分の歩くペースを合わせる。歩道が狭いせいか、自然と陽菜の体と、自分の体が近づいているのに、更に陽菜が体を寄せてくる。
 暑いなぁ……、って言うのは、この場ではただの言い訳でしかなくて。確かに陽菜の体温を感じている、俺の体は正直で。そろそろ茜に染まろうとする空と同じ色に、頬も染まってゆく。
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