吸血鬼の空間A

□迷走の果てにあるのは…《希望》か《絶望》か…
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魔界と人間界の月が同時に月蝕に陥る特別な夜が近づいていた。
狼の遠吠えを聞いたりと不吉な噂も絶えない。
実際に私も狼の遠吠えを聞いているから不安で仕方がない。
そんな中、私はアヤトくんと二人っきりで使い魔の運転する車に乗っていた。
軽く息を吐いて気分転換に外を見ようとカーテンを開けた。
すると、そこに…

「ひっ!ア、ヤトくん…」

「なんだよチチナシ。」

カーテンを開けた先に見たのはギラッと光る二つの目。
大きな体格で黒紫がかった毛並みを持つ狼がいた。
私は震える声でアヤトくんの名前を呼んで窓の外を指差す。

「外…?なんだこりゃ。すっげぇ数の犬…いや、ちげぇな。狼か!?オレ達のリムジンを囲んでやがる!」

ギラギラと光る目が数十個、暗闇の中光っていた。
金色の眼の狼は確かに私達に牙を向いている。
車体に体当たりをする音がドン、ドンと響く。

「ッ、まずい…おい運転手!そのまま全速力で振り切れるか!?」

アヤトくんは私を抱き寄せ、運転をしている使い魔に呼び掛けた。
だけど次の瞬間、運転席の方から窓ガラスが割れる音が響いた。
私達は嫌な予感しか感じられなかった。
車はそのままのスピードで蛇行運転をし始めた。

「きゃあ!」

「くそ、離れんじゃねぇぞ!」

視界が揺れる中見えたのは、運転席から血塗れの狼が姿を現した事。
そして、襲いかかる狼から守るように私を抱きしめてくれたアヤトくんの姿だった。
もうダメだって思ったけど、次の瞬間身体が浮くような感覚に陥る。
地面の感触がしたと思って目を開ければ、目の前には轟音と炎上している車があった。
さっきまで私達はあれに乗っていたんだ。

「チチナシ、まだ油断すんじゃねぇ。」

「ッ、うん…」

アヤトくんが私を守るように抱き寄せてくれた。
生温い風が吹き抜け、木々を揺らす。
その音に紛れて狼の唸り声が聞こえてくる。
暗闇に浮かぶ金色の目が、私達を取り囲む。

「チチナシが目的、それとも逆巻に対する恨みか?って、獣に聞いても無駄だよなぁ?」

低く地鳴りのように狼の鳴き声が響く。
私は恐怖でただアヤトくんの服を掴んでいるしか出来なかった。
声も出ないくらい、今目の前で起きている事が理解出来なかった。

「チチナシ、走れるか?この数を相手すんのは無理だ。屋敷まで逃げるぞ。」

「ッ…で、も…足が…」

「死にたくねぇなら走れ!」

恐怖で足がガクガクと震えていた。
こんな状態で走ったらきっと足手纏いにしかならない。
でも、アヤトくんの言葉で突き動かされた。
私の手をしっかり握って走り出す。
必死に足を動かしてアヤトくんの背中を追う。
後ろは見ない。ただアヤトくんだけを見ていた。

「チッ、くそ!」

「きゃあ!」

「チチナシ、あぶねぇ!」

数匹の狼が道を塞ぐように前に現れた。
まるで誰かに命令でもされているかのように、的確に私達の逃げ道を塞いでいく。
その時、一際大きな唸り声を上げた狼が私に向かって飛びかかってきた。
反射的に目を閉じて守るように身を屈める。
だけど、いつまで経っても痛みはこない。
恐る恐る目を開ければ、私はアヤトくんの腕の中にいた。
お礼を言おうと振り向こうとすれば、目の前に赤い液体がポタポタと落ちる。
そして、アヤトくんの苦しそうな声が耳元で響いた。

「ぐ、ぁ…は、ッ…チ、チナシ、今こっち、向くんじゃ、ねぇ…」

「ア、ヤトく…血、血が…」

その声と共に聞こえる狼の唸る声。
すぐ近くで聞こえる。アヤトくんのすぐ傍で。
私を守って、襲われた?
そんな、私があの時逃げていれば…

「ぁぐっ!ッ、いって…こ、の…」

「アヤト!!」

その時、聞き慣れた声が暗闇から聞こえた。
そして狼の切ない声が聞こえ吹き飛ばされる。
アヤトくんの方を振り向けば、肩から大量の血を流していた。
辛そうな表情で傷口を押さえているけど、夥しい量の血がアヤトくんの白い素肌を染めていく。

「アヤトくん!」

「ッ、てぇ…あいつ、思いっきり嚙みつきやがって…は、ッぐ…」

「おいお前ら、無事か!?」

声を掛けられた方に目を向ければ、白銀の髪を棚引かせて立っているスバルくんがいた。
動けないアヤトくんを見てスバルくんは大きな舌打ちをした。
それを合図のように他の狼も次々と襲いかかる。
スバルくんは素手でそれを殴り飛ばして私達を守ってくれていた。

「アヤトくん、動いちゃっ!」

「致命傷じゃ、ねぇから平気だ。スバルばっかに、いいとこ取り、させっかよ!」

手を振り上げれば、風が刃物のように狼の身体に傷を付けていく。
アヤトくんは荒い呼吸をしながらスバルくんの横に立つ。
地面には点々と赤い血の跡が垂れていた。

「スバル、この数を相手すんのは…無理だぜ。」

「…チッ、お前の怪我も、相当やべぇし、時間稼ぎながら逃げるぞ。」

狼が鋭い風に翻弄されている中、私の方を振り向く二人。
月が赤く染まっていく夜空が恐ろしく見えた。
だけど、そんな中なのにこの二人は美しく見える。

「「…逃げるぞ。」」

その言葉に、私は頷いた。
そこから先は無我夢中だった。
ただ屋敷を目指して狼の攻撃を避けながら逃げ続けた。
どのくらい走ったか、屋敷の近くまで逃げた時、ふいに狼が襲い掛からなくなった。
後ろを振り向いてもそこには狼の姿はない。
息も絶え絶えになりながら屋敷の門を潜る。

「おいお前、大丈夫か?」

「う、うん…はぁ、はぁ、でも私より、アヤトくんが…」

スバルくんは呼吸を整えながら私に声を掛けてくれた。
でも、私なんかよりアヤトくんの方が心配だった。
屋敷の門の石柱に寄りかかり、荒い息を上げている。
肩の傷が痛むのか時折息を詰めていた。

「アヤトくん…」

「はっ、はぁ…へ、いきだ…それより、早く中に…」

狼の目的が分からない以上、外にいるのは危険。
アヤトくんは辛い身体を石柱から離して私に手を伸ばす。
だけどその身体はふらっと前に倒れ私に寄り掛かる。
慌てて身体を支えるけど、傷のせいで仄かに冷たい身体が熱を持っていた。

「おい、アヤト!」

「うっせ、ぇ…チチナシが、狙いかもしれねぇだろ。こんな怪我、すぐ治んだよ。」

スバルくんも心配なのか珍しく焦った表情をした。
そして、アヤトくんを支えながら屋敷に歩き出した時。
勢いよく空いた玄関扉から既に帰ってきてたみんなが飛び出してきた。

「あなた達、無事で…はないようですね。」

「アヤト達も襲われたとなると、レイジ…」

私達の姿を見たレイジさんは驚いた表情をしていた。
そしてそれに続くように背後から出てきたシュウさんが目を細めた。
ライトくんとカナトくんは、アヤトくんが心配だったのか手を貸して支えてくれた。

「どうやら狙いは、私達に恨みを持つ者でしょう。わざと彼女を狙い、アヤトが守るという行動を読んでのこと…」

「はっ、まじ最悪だぜ。オレ様が守ってなかったら、チチナシ死んでたんだぜ?」

「ッ、アヤトくん…ありがとう。」

屋敷にいたみんなに怪我はないようだったけど、みんなの制服の一部が破けていた。
襲われたのに変わりはない。
生温い風が私達の間を吹き抜ける。
そして、また聞こえ始めた。
あの低い地鳴りのような唸り声が…

「んふっ。ちょっとちょっと?全員集まったからって一網打尽にする気なのかなぁ?」

「ふざけてますよね。テディ、怖くないですからね。僕が守ってあげます。」

暗闇に光る狼の目。
次々とその数が増えていく。
そして一際ギラつく目の狼が二匹姿を現した。

「…ファーストブラッド、ですか。」

「うっざ。お前らは万魔殿に閉じ込められてたはずなんだが、よく親父の封印から逃げてこられたな。」

「でもさぁ、それを僕達相手に憂さ晴らしされても困るんだよねぇ。あの人とは関係ないし、尻拭いももう飽きたよ。」

そんな言葉を無視するかのように、私の方に鋭い眼差しを向ける。
その目はどこか切なく、恨みと怒りが篭った目だった。
私は怖くなって後退る。
だけどその視線から遮るようにスバルくんが立ってくれた。

「てめぇらの狙いはやっぱりこいつか。うぜぇんだよ。ぶっ壊されたくなかったら手を退け。この女は渡さねぇ。」

「そうですよ。この子は僕とテディのお気に入りです。狼なんかに渡しませんよ。」

私の前に、全員が立っていた。
それを見て反応するかのように二匹の狼が遠吠えをする。
その遠吠えを合図に暗闇から一斉に狼が飛びかかる。

「走れッ!」

珍しくシュウさんの焦った声を合図に私達は走り出す。
怪我をしているアヤトくんを心配しながら走っている中、考えていた。
あの狼達の狙いが私だと言うのならば、一緒にいない方がいいんじゃないかな。
一緒にいたからアヤトくんがこんな大怪我して、みんなにも迷惑をかけてる。
だったら、いっその事…

「変な事考えてんじゃねぇぞ、チチナシ。」

「え?」

「お前は、オレ様のもんだ。お前の血も、心も、身体も…誰にも渡してたまるか…」

私の考えを読んでいたかのように、アヤトくんは言う。
その目は真剣で、自分物を取られたくない子供のような・・・
でも、ごめんね?嬉しいけど、きっとアヤトくんのそれには応えられない。
みんなの想いにも・・・
私が選ぶ道はみんながこれ以上傷つかない"希望"の道。

「アヤトくん、ありがとう。」

「だったら…」

「…でも、ごめんね?」

繋いでいた手を離し、私は走るスピードを緩める。
それに気づいたみんなが私を振り向いて叫ぶ。
私がいなければ、きっとみんなは傷つかない。
これ以上、怪我をさせたくない。

「ユイ!」

私を呼んだ声は誰なんだろう。
我儘を言うならみんなの傍にいたい。
決断したのに、その声で決心が揺らぐ。
揺らぐ決意の中手を伸ばした手を掴んでくれたのは誰なんだろう。
視界が暗くなる。誰かが後ろから私を捉える。
そして狼とは違う声が聞こえる。






―――あんたは俺達始祖の物。

―――ヴァンパイア共に汚された身体に浄化を…






私が選んだのはみんなが助かる"希望の道"
でも、みんなからしたら私を失う"絶望の道"

逃走の果てにあるのは、一体なに?








〜END〜
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