吸血鬼の空間A

□数百年後に果たされた"約束"
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遠くで声が聞こえる。
俺を呼ぶ声が…懐かしい、あいつの声が…
その声が聞きたくて、会うのが楽しみになっていた。
人間とヴァンパイアは相容れぬ存在。
言えば捕食者と餌の関係にしかならない。
でも、俺とあいつは…

"友達"だった。



『ぇ、本当の名前なんてあるのか?』

『うん。僕名前が二つあるんだ!友達の――――に特別に教えてあげる!』



あぁ、これは夢だ。夢なんだ。
もうあいつはいない。お前はもう、人間のお前はもういない。
俺のせいで、俺がお前と会わなければ…

『僕の本当の名前はね…――――…』

『…綺麗な名前だな。俺、どっちの名前も好きだぜ!』

ニッコリと笑った顔は、今でも昨日のように思い出せる。
過去に囚われるなんて馬鹿げてる。自分でも思うんだ。
でも、今でもこの日の事は夢に見る。
見たくない過去なのに、思い出したくない過去なのに蘇る。
まるでお前が、まだ俺を許してないみたいに…



『ぁ、そろそろ帰らないと母様に怒られる。』

『じゃあ、次会った時に本当の名前で呼んでやるよ!』

『ほんと?うわぁ、凄い嬉しい!絶対だよ!』



止めろ。やめろ。ヤメロ。
やめてくれ。その先は見たくない。思い出したくない。
だって、だって、守ってくれなかったじゃないか…



『あぁ、絶対だ!』


―――"約束"だぜ!



そう言って、お前はそれきり俺の前から姿を消した。
炎に飲まれた村に取り残された人間を助けに行くと言って…
お前は、優しいからな。放っておけなかったんだ。
人間があんな炎の海に飛び込めば無事じゃ済まない事も俺は分かってた。
行こうとするお前を何度も止めた。小さな身体で、必死に服を握って…
でもお前は、また俺を"約束"で縛るんだ。



『大丈夫だって!必ず戻ってくる。だから、その時にちゃんと、お前の名前を…』

『待っ、て…行かないで…ダメだよ、行っちゃダメだ!』



ここで俺の正体をバラしておけば、ヴァンパイアの力を使って炎を消していれば…
でも、俺はそうはしなかった。きっと、関係が壊れるのが怖かったんだ。
やっと出来た、初めての友達だったんだ。だから、小さい俺はその"約束"に縋ってしまった。
泣きそうな感覚って、大切な誰かを失うかもしれない感覚って、こんな感じなんだな。
目頭が熱くなって、視界が揺らぐ…あいつの姿が、見えない。



『またな、シュウ。』

『ッ…!』



俺の頭を撫で、頬を撫でる。
その感覚が離れた時、既に目の前にあいつはいなかった。
目の前で起きた事に動揺が隠せない。声が出ない。
身体が無意識に震えて、冷たい水が頬を伝う。



『エドガーぁああああああああ!!!!』



俺のせいで、エドガーは死んだ。
俺のせいで、人間を捨てた。
俺のせいで、ヴァンパイアになった。
記憶も、名前も、性格も、別人になって…
でも、やっぱりお前はお前だ。数百年離れても、分かった。
お前はエドガーだ。

「エドガ…ッ…」

目を開ければ、そこは空虚な空間が広がっていた。
天井に手を伸ばし、荒い息を吐く。
身体を起こし、嫌な汗を拭う。
また、夢か…

「やっと起きたかよ。ニート。」

「ッ、ユーマ…」

聞きなれた声が聞こえた。
声のした方向に視線を向ければ、音楽室のドアに寄りかかっているユーマがいた。
ガリガリと頭を掻き、俺に近づく。

「ここ、次移動教室で使うぜ?いいのかよ、別の所行かなくてよ。」

「…それ、わざわざ言う為に来たわけ?あんたよっぽど暇なんだな。お節介にも程があるんじゃない?」

皮肉を込めて言えば、ユーマは面食らった表情になる。
と思いきや口角を上げて俺に手を伸ばしてきた。
何故か、その手に触れられたくなかった。
思わず伸ばされた手を叩き、はっとする。

「いって!ンだよ、てめぇ…」

「あんたがいきなり触ろうとするからだろ。」

殺気を込めて睨んでやれば、楽しそうに笑う。
付き合っていられないと思い俺は起き上がった。
まぁ、ここが使われるって事だけ教えてくれたのは感謝してやる。
音楽室を出て行こうとした時、ボソッとユーマが呟いた。

「夢見たんだよ。昔の、人間の時の…」

「ッ……」

足が止まった。いや、正しくは動けなかった。
まるで後ろからユーマに引っ張られてるんじゃないかって程に…
聞いちゃダメだ。聞いたらきっと、きっと…

「エドガーの時の記憶…俺、確かお前と…」

「違うッ!!そんな"約束"なんかしてない!!」

自然と口から出ていた。
はっと自分が言った言葉を疑った。
今、俺はなんて…
ユーマの表情が見れなかった。
あいつはどんな顔をしている?呆気に取られているのか?
それとも怒っているのか?呆れて嘲笑ってるのか?
ぐるぐると色々な思考が巡り、怖くなってその場を足早に離れた。
後ろから俺を呼ぶ声がした。それでも俺は、振り返らずに歩き続けた。

「は、はっ…ッ、くそ、なんなんだ…」

呼吸が乱れる。目の前が霞む。ぐらぐらと頭が揺れて気持ち悪い。
人間の、エドガーの時の夢?あいつが段々と記憶を取り戻している事は気付いてた。
でも、夢に見たのがまさか、俺と同じ所だって言うのか?
あいつの口振りからして、きっと見たのはあの時の…
お前が、俺の前から消えた日の…

「きゃっ!」

ふと耳に刺した声。
視線を向ければ、そこは理科室。
空いているドアの向こうで、生徒の女が実験器具を壊したらしい。
あれをレイジが見たら、怒るんだろうな。
そう思いながら見ていたら、俺は見てはいけない物を見てしまった。

「ッ!?ぁ、あ…」

実験器具に並んで並べられているアルコールランプ。
そこにはユラユラと赤い火が灯されていた。
一気に思考は過去に落とされる。
思い出したくもない記憶。戻りたくても戻れない過去。
俺の罪が、俺を過去に縛る。
あいつとの"約束"に縛られて、俺だけ過去に取り残されてるんだ。

「おいシュウ、どうし…ッ、来い!」

「ッ、あ、はっ…あ、あ、ぁ…」

遠くに聞こえる声。俺の手を握る懐かしい感触。
俺の手をすっぽりと覆う大きな手。
あぁ、懐かしい。あいつも、俺の手を握ってくれていた。


―――お前手ぇ冷てぇなぁ。暖めてやるよ!


「おい、シュウ!しっかりしろ!」

「は、はっ、ぁ、うぁ…い、やだ、嫌だ…」

静かな場所。誰の気配もしない。
あるのは必死に俺の名前を呼ぶ声。
違う。違うんだ。それじゃない。俺が待ってるのは、違う。
俺が過去に囚われてるのは罪悪感だけじゃない。
あいつの口から、聞きたいんだ。

「どうしろっつうんだ!過呼吸なんて治し方一つしかねぇだろ、くそ!」

「ぁ、あっ…い、かな、で…一人に、し……いで…ド、ガー…」

「…あぁ、くそ!不可抗力だからな!俺にも、罪背負わせろってんだ!お前だけ背負って、はいそうですかって許すかよ!」

息苦しさに視界が歪む。頭の中を真っ赤な炎が埋め尽くす。
思考を飲み込むように襲いかかる。
生き物みたいな炎から逃げて、逃げて…


―――こっち、こっちだよ!走って!


声が聞こえる。懐かしい声が…
その声に向かって走る。ただ、まっすぐに…
炎をしかないそこに、青い光が見えた。
そこは冷たくて、包まれてるような感覚で、でもどこか暖かい。


―――大丈夫。もうすぐだから、きっと会える!今度は、守るから!だから、シュウ!


「シュウ、ッ…しっかりしろ!」


―――ッ、エドガー…!


「は、はぁ、はぁ……ユー、マ?」

視界がクリアになっていく。目の前に、ユーマの顔がある。
まだ整わない呼吸。再び荒くなりだした俺の呼吸に、ユーマが軽く舌打ちをした。
ぐっと顎を持ち上げられ、唇に柔らかい感触がした。

「んっ…」

「ん、ッ…んんっ、ふ、ぁ…ユ、マ…んぅ…」

キスされてるんだと気付き、ぐっと肩を押す。
だけど俺の腰に腕を回して離れてくれなかった。
寧ろキスは深く激しくなって、逆の意味で呼吸を乱れる。
あぁ、でも…この包まれてる感覚は、嫌いじゃない。
離してくれたのは、数分経って俺の身体から力が抜けた頃だった。

「は、はっ、はぁ、はぁ…」

「…シュウ…」

耳元で囁かれる言葉。
そして、次に耳に吹き込まれたのは、俺の欲しかった言葉。
数百年待ち続けて、やっと果たされた。

「会いに来たぜ。"リーリエ"……また遊ぼうぜ。」

「ッ、エドガー…待ってた。ずっと、ずっと、その言葉を…」


―――"約束"は果たされた。数百年前の"約束"が、今…







〜END〜
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