リクエストの空間A

□ヤドリギ
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異変が起きたのは3日後の夜だった。
俺の部屋の窓を誰かが叩く音が聞こえた。
カーテンを開ければ、そこには1匹の蝙蝠。
確かこの使い魔・・・

『スバルの爺のか?一体どうし・・・ッ、分かった。今すぐ行く。』

使い魔から伝言を聞いた俺は、こっそり屋敷を抜け出した。
そして、魔界へと繋がる道を歩く。
もうこんな事は起きないだろうと思っていたのに・・・

『・・・スバルが行きそうな場所は、大体見当がつくんだよね。』

使い魔から聞いた伝言を、少し懐かしいと思ってしまった。
きっと爺も、俺じゃなきゃダメだと思ったんだろうね。
伝言の内容だと、久しぶりにスバルはクリスタ様と会ったらしい。
最初は普通に話してたらしいけど、ふとした拍子にクリスタ様が豹変した。
まだ、心の傷が癒えてないのか・・・
そして、スバルが一番怖がる、怯える言葉を言われたらしい。

『・・・スバル・・・』

俺は、暗い森の中を迷う事なく歩く。
この道は、あの時と同じ道。
小さい時に、スバルが屋敷を飛び出して探しに来た時と同じだ。
スバルはきっと、あそこにいる。
いや?あそこ以外に考えられないんだ。

『・・・いた。』

俺の予想通り、そこにはスバルがいた。
木に寄り掛かり、体育座りをして俯いていた。
あぁ、あの時とまるっきり同じだ。
あの時のスバルも、こうして一人で座っていた。
まるで、誰かを待っているかのように・・・

『スバル・・・』

「ッ・・・ぁ、ヨウ・・・」

声を掛ければ、スバルは肩を震わせて俺を見上げる。
あの時と違うのは、泣いていないこと。
もしかしてスバルは、泣き方を忘れちゃったのかな。

『・・・隣、いい?』

そう聞けば、スバルはまた俯いた。
ダメかなって思ったけど、俯いていた首が微かに縦に揺れた。
俺はそっとスバルの横に座り、木々の隙間から見える夜空を仰いだ。
星が輝いてて、月が浮かんでる。
もうすぐ満月かなぁ。

『・・・・・・』

「・・・・・・」

終始無言が続いた。
横を見てもスバルはさっきと同じ体勢で何も言わない。
俺がここにいる事も、なんで探しに来た事も・・・
そっと頭を撫でれば、大袈裟に肩をビクつかせた。
それでもスバルは顔を上げず、ただ俺に撫でられてる状態だった。
これは、相当堪えたみたいだね。
どうしようかと軽く息を吐く。
魔界は下界と違ってそんなに寒くはない。
だけど、何故か寒気を感じた。
きっと、スバルの心が泣いてるからだと思う。

『スバル・・・』

「ッ!?な、んだよ・・・離れろ!」

肩を抱き寄せ、ぎゅっと強く抱きしめる。
スバルは驚いたように声を発して俺の肩を押す。
やっとスバルの声が聞けた。
でもやっぱり、泣いてない。

「な、にすんだよ!もう子供じゃねぇぞ!」

『・・・これで、寒くないでしょ?』

「ッ・・・なっ、んなんだよ・・・くそっ・・・」

そう囁けば、スバルは急に大人しくなる。
頭に回した手で優しく頭を撫でる。
スバルの細い髪に指を通す。
ぎゅっと俺の服を握りしめて、成すがままになっていた。
少しは落ち着いたかな。もう、聞いてもよさそう。

『・・・ねぇ、なんでスバルはここにいたの?』

ずっと気になってたんだ。
逃げ隠れする場所なんて魔界ならいくらでもある。
それなのにスバルはここにいた。
俺が探しに来たら、すぐバレるここに・・・

「・・・ここなら、ヨウが来ると思ったから・・・」

『え・・・?』

予想してなかった答えが返ってきた。
まさかスバル、俺が探しに来るって気づいてたの?
気づいてたのに、すぐに俺に見つかるここにいたの?

「ここなら、ヨウしかこねぇだろ。ヨウなら、俺の事すぐ見つけられんだろ。」

か細い声が、胸元から聞こえた。
俺の服を握りしめて、囁くように口を開いていた。
スバルは待ってたんだ。俺が来るのを・・・
だからここにいたんだね。

『そうだね。すぐ見つけるよ。スバルがどこに行こうと、見つけてあげる。』

スバルが行きそうな場所は分かる。
どこに行ったって、隠れたって、見つけあげる。
ううん。絶対に見つけるから。

『ここには俺しかいない。誰にも屋敷を抜け出した事は言ってない。
誰も探しに来ないから大丈夫だよ。だからスバル、俺の前でだけは泣いていいんだよ?』

あの時と、同じ言葉を言う。
同じかどうかは分からないけど、唯一スバルが安心できる言葉だから。
だから、もう我慢しなくていい。心で泣いても、辛いだけだよ。
心が泣いても、スバル自身は泣いてない。
俺の前でくらい我慢しないで、思いっきり泣けばいい。
誰もここには、来ないから。

「ッ・・・なんで、こんな時ばかり・・・兄貴面すんだ、よ・・・く、そ・・・」

『これでも、お兄ちゃんだからね。スバルが大切で、大好きな・・・』

その言葉を言った時、スバルの声が震え出した。
肩を震わせて、どこか我慢しているような感じ・・・
ここなら大丈夫な事くらい分かってるはずなのにね。
少しは大人になったのかなぁ。
いつまでも、子供扱いしちゃダメだね。

『よしよし。スバル、大人になったね。でも、少しは子供に戻ってもいいんじゃない?俺を泣き場所にしていいから、ね?』

「ッ、はっ・・・ヨウ、兄・・・ひっ、ぅ、あぁ・・・」

ポンポンと優しく頭を撫でれば、スバルは声を押し殺して静かに泣いた。
それに、俺の事昔の呼び方で・・・
少し嬉しくなったのは、内緒だけどね?
スバルが泣き止むまで、俺は少し神話を話す事にした。

『なんで聖夜の日には、ヤドリギを頭上に飾るか知ってる?』

「ッ、今、関係ねぇ、だろ・・・」

スバルが嗚咽交じりに言った。
関係あるんだよ。今のスバルにとってはね。
それを無視して、俺は話を続けた。

『ケルト神話、北欧神話だとね?ヤドリギって言うのは幸福、安全、幸運をもたらす聖なる木とされていて、縁起の良い植物なんだよ。
それにね、北欧神話でヤドリギが神に対して"地面に触れない限り、誰も傷つけない"って約束したんだって。
だから今でも、その名残としてヤドリギは足元に置かず、上に吊るしてあるんだよ。』

背中を優しく叩きながら、語り続ける。
スバルには幸せになってほしい。
きっとそれは、クリスタ様も願っている事だと思う。
もう苦しくて悲しい思いは、させたくない。
それ思っていても、クリスタ様は時折壊れてスバルを拒絶してしまう。
いつかクリスタ様が、救われればいいけど・・・
きっとあの人は、自分よりスバルの幸せを願うと思うから・・・

『・・・俺を、ヤドリギにしていいよ。俺の傍でだけは、隠さなくていい。好きなだけ泣けばいい。』

「ッ・・・ふ、ざけんな・・・もう、いい・・・もう、十分だ。」

スバルは俺の肩を押して涙を拭う。
みっともない所見られて恥ずかしいのか頬を赤くさせていた。
そんなのを無視して俺は手を伸ばす。
そして、また強く抱きしめる。

「なっ!おいヨウ!もういいって言ってんだろ!」

『ヤドリギの下では、素直にしなさい。』

「はぁ!?」

本当は"キスを拒まずに許す"って意味だけど、今はこれでいいかな。
抵抗をしていたスバルだったけど、いつしか大人しくなってただ俺に抱きしめられていた。
ポンポンと背中を叩けば、穏やかな風に流れて小さな嗚咽が聞こえてくる。
もう少しだけ、ここにいようか・・・
俺はスバルのヤドリギだから、スバルを幸せにしてあげたい。

『スバル、我慢しなくていいからね。』

「ッ、うっせぇ・・・くそ兄貴・・・」

『ははっ、くそ兄貴は余計でしょ。ヨウ兄って呼んでよ。』

小さい声で"ヨウ兄"って聞こえただけで、満足。
穏やかな風が肌と髪を撫でる。
自然も祝福しているように、さっきと違う雰囲気を醸し出す。
スバルは、幸せ者だよ。





〜END〜
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