リクエストの空間A

□薬の代わりはお前のーーー
2ページ/6ページ






カチ、カチッと時計の音が響く。
そんな音の中に混ざって聞こえる深い溜息が二つ。
俺のと、隣にいるレイジの溜息だった。
珍しく俺とレイジの息が合った気がする。
頭を抱えて目の前の現状を見つめた。

「・・・いつ元に戻る。」

「分かりません。この薬は開発段階での試作品でしたので、まだなんとも・・・」

レイジの言葉に更に深い溜息が自然と出た。
目を閉じて、頭の中でどういう事なのかと状況を整理した。
俺は確か自分の部屋で寝ていたはずだ。そしたら叫び声がリビングで聞こえた。
めんどくさいが、余計めんどくさい事にしたくない俺は仕方なくリビングに来た訳だが・・・
片目を開けて今の現状を再確認する度に頭痛が酷くなる気がする。
目の前にいるのはスバルだ。確かにスバルだが・・・

「くっそ、レイジふざけんじゃねぇぞ!あぁ!?」

「お黙りなさい!私は毎回言っているはずです!無闇に口に入れるなと!何度言えば分かるのですか!」

「っ・・・わ、わりぃ・・・」

その身長は俺の膝くらいの高さまで縮んでいた。
声も普段より高くなってる気がする。
レイジは空になった瓶をスバルに見せて説教をしていた。
どうやら、レイジの試作品の薬を誤って飲んで身体が縮んだらしい。
ぶかぶかの制服で身体を隠しながらレイジに怒られ、項垂れている姿は昔を思い出す。
そういえば。昔は毎日下を向いてこいつは生きていたな。

「ふむ。どうやら症状が現れたのは身体だけのようですね。しかし試作品段階の作品です。
どうなるか分かりません。私は急いで薬を調合致しますので、その間のスバルの世話をお願いしますよ、シュウ。」

「はぁ?なんで俺がちっさくなったこいつの世話なんか・・・」

「一生戻らない可能性だってあるのですよ?ずっと世話をするよりかは一時的の方がめんどくさくないでしょう?
それか、お父上に呼び出しでもされたいのですか?」

レイジは俺の性格をよく知っている。それを逆手にとって言うとかレイジらしいな。
それを分かってる俺は溜息をついて、項垂れているスバルを見下ろす。
ぶかぶかの制服をどうにかしようと、短い手足を一生懸命に動かしていた。
めんどくさいと思いながらも、どこか悪くないと思う俺がいるのも確かだった。

「分かった。早いとこ薬作れ。暫くは面倒見てやる。」

「よろしい。スバル、暫くはシュウの部屋にいなさい。いいですね?」

「は、はぁ!?なんでシュウの部屋にっ!」

反論をしようとしたスバルだったが、レイジの鋭い眼光に押し黙る。
それを見届けたレイジは眼鏡を掛け直し、リビングを出て行った。
の残されたのは俺とスバルの二人だけ。
時計の音だけが無情にも響くだけだった。
深い溜息をつけば、スバルが大袈裟に肩を震わせる。

「・・・めんどくさい事をしてくれたな。」

「わ、わりぃって言ってんだろ。俺だってまさか、レイジの薬だとは思わなかったんだよ。」

普通コップに入ってない無色透明の液体を、疑いもせずに飲むのがおかしい。
コルクで蓋をされた小瓶に飲み水が入ってるか?入ってないだろ。
散々頭の中で自問自答を繰り返して出た答えはただ一つ。

「・・・お前、バカなんだな。」

「あぁ!?」

思わず口に出た言葉にスバルが反論する。
手が出て俺の脚を殴るがそこまで痛くはない。
俺の反応にスバルが一番ビックリしていた。
身体が小さくなれば、力もその身体に合わせて弱くなるのか・・・へぇ、面白いな。
口角を上げた俺にスバルはビクッと、怯えた目で見上げる。

「力は俺の方が上って事か・・・スバル、俺に逆らうな?もし逆らったら、魔界に突き飛ばして下級魔族共の餌にするからな。」

小さい身体で弱くなった力。
その状態で魔界の下級共の巣窟に投げれば、襲われて喰われるのは目に見えている。
いくら逆巻の権力ある家の息子とはいえ意味がない。それはスバルもよく分かっているはずだ。
何も言わずに視線を逸らすだけのスバルに俺は納得して、俺はリビングを出て自分の部屋に向かう事にした。
俺の革靴の音と共に、ペタペタと廊下を走る音が聞こえる。
歩く歩幅が違うから、俺は歩いていてもスバルは小走りで後をついて来ていた。
必死についてくるスバルの気配に、俺は頭をかき溜息をついて止まった。
それに合わせて、後ろの気配も止まった。
振り向けば、スバルは制服を押さえて乱れた息を整えていた。
踵を翻してゆっくりとスバルに近づき、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
スバルの頭に手を乗せれば、スバルはビックリしすぎて声になっていなかった。
思いがけない反応に思わず鼻で笑った。

「・・・ふっ・・・」

「っ、っ・・・な、な、なななな何してやがんだっ!」

「んー?別に・・・」

「うぉっ!?」

スバルの両脇を持ち、抱き上げる。
俺の行動にスバルは驚きつつも照れている表情が見えた。
反射的に俺の服を掴んで落ちないようにしてるなんて、可愛い所あるじゃないか。
暴れたら何か言われると思ってるのか、何も言わず大人しく俺に抱きかかえられていた。
まぁ、考えてる予想通り暴れたら落とそうと思ってたけど・・・
俺の肩口に顔を埋めて黙っていた。
そういえば、小さい時に外に出ていい許しを貰えた時、スバルがある塔を見上げていた時があったな。
いつも無表情だったスバルが、その時だけはどこか感情を表に出しているように思えた。
苦しそうな、辛そうな、笑顔なんて見せない孤独な姿。
下ばかりを向いて見上げる事なんてしなかったスバルが、上を向いている事に少なからず驚いた。
そこは立ち入り禁止にされている塔だった。
視線の先を見上げれば、白い影がスバルを見下ろした後、奥に姿を消した。
スバルもそれに合わせて俯いたと思ったら、何かが手から滑り落ちる。
それは、ヴァンパイアにとったら武器になる銀のナイフ。
なんでそれをスバルが持っているのかなんて、最初は分からなかった。
だけど、その答えなんてすぐに俺の中では出ていたんだ。
落としたナイフを拾って、スバルに声をかけたな。
その時のスバルの顔を、俺は今でも憶えてる。

「・・・ぃ・・・おい、シュウ!」

「っ・・・?」

「部屋入んねぇのかよ。」

「あ、あぁ。入る。」

スバルの声に、一気に現実に引き戻された。
いつの間にか部屋の前まで来ていた俺は、ドアの前で立ち尽くしていた。
扉を開けて部屋に入り、スバルをベットに降ろす。
いつまでも制服でいるのが怠くなったから、私服に着替えようとすると・・・

「なに?」

「いや、なんでもねぇよ。」

「・・・そう。」

スバルがじっと俺を見つめていた。
何かあるのかと言えば、スバルはそっぽを向いてそれ以上何も言わなくなった。
ラフな恰好に着替え終わり、軽く背伸びをした俺はスバルに向き直った。
さすがにいつまでもぶかぶかの制服を着させるわけにもいかないか・・・
めんどくさいけど、昔の服が置いてある物置に行くか。
スバルに絶対にこの部屋から出るなと言い聞かせて、俺は部屋を出た。
普段動くのはめんどくさいが、こうなった以上は仕方ない。
一時的に我慢すればいいんだと自分に言い聞かせ、物置になっている部屋に入る。

「・・・あった。これか、スバルの服。」

思いの外、苦労することなく早く見つかった。
レイジが掃除をしておいてくれたのか、汚れている感じも余りなく、綺麗に畳まれていた。
その服を見て、また昔の記憶に想いを馳せた。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ