小説
□C
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4,あいつを悲しませたから
―――
「…で、話ってなんだ?」
沈みかけた夕日で橙色に染まった街。
人通りの少ない道には2つの影が伸びていた。
その内ひとつは俺。
そしてもうひとつは文字通り影である。
『…いや、実は最近悩みがあってな』
そう、池袋では有名な黒バイク――セルティである。
「セルティが悩みなんて珍しいな。俺でいいなら相談にのるぜ?」
『ありがとう。助かるよ』
俺がセルティに愚痴(特に臨也のこと)を聞いてもらう事はあっても、セルティの方から相談してくるのは珍しい。
今まで何度も世話になった親友だし、こういうとき役に立ちたいと素直に思う。
『……最近、私なんかが新羅を愛していていいのかと思ってな…』
「は?」
……えっと。
…本当に俺なんかで相談にのれるんだろうか。
途端に不安になった。
「…どういうことだ?」
『この間、い…ある青年に言われたんだよ。「お前みたいな首無しの妖怪が新羅を愛しても邪魔なだけだ。新羅を普通の人間への道から外してるのはお前のせいだ」って』
「そんなのデタラメだろ。新羅は元からあんな奴だし、あいつがセルティのこと好きなんだろ?それでいいじゃねぇか」
『分かってるんだ!!…分かってる、筈なんだ、けど……』
セルティのこんな姿初めて見た。
相当悩んでるし、なんだか混乱してる。
『分かってても、なんか…心に引っかかるっていうか…ずっとモヤモヤしてるんだ。私が居なかったら新羅はもっと幸せな人生を歩めてたかもしれないって…そんな事ばっかり考えてしまうんだ』
「セルティ…」
…俺だってそうだったじゃないか。
愛されることに慣れてなくて、不安になって。
自分なんかでいいのか…って悩んで。
ちょっと前まで俺も同じことで悩んでたじゃないか。
「なぁ、セルティ。気持ちはすごく分かる。俺だって同じことを考えた時期があったし、誰だって悩むときはある。でもさ、こうやって一人で悩んでいることに意味はあるのか?」
『………』
「…今のそのモヤモヤした気持ちをさ、全部新羅にぶつけてみろよ。一つ残らず全部言ってみろ。…新羅なら絶対安心させてくれるから」
『……静雄』
「俺にだってできたんだ、大丈夫さ」
精一杯優しい声でそう言うと、セルティは安心してくれたようだ。
落ち着いた様子でゆっくりと頷いた。
それから徐にPDAに文字を打ち込み、俺に差し出す。
『ありがとう。静雄が親友で良かった』
♀♂
俺は現在、新宿駅へと向かう電車に乗っている。
理由はさっきのセルティの話にある。
セルティを悩ませた言葉――、あれを言ったのは誰なのか。
考えるまでもない、臨也だろう。
セルティの知り合いで、新羅のことも知っていて、あんな内容を言う奴なんて、俺の知る限りひとりだけだ。
それにセルティが「ある青年」と綴る前に「い…」と綴っていた。
打ち込みミスかとも思ったが、臨也と打とうとして途中でやめたのだろう。
俺が知ったら、確実に臨也を殴りにいくだろうから。
俺が知らない奴である可能性もあったが、有り得ない。絶対にあいつだ。
そんな理由で、俺は今新宿へと向かっていた。
幸い、今の俺は機嫌がいい。
実はセルティに言った言葉は殆どトムさんから言われた言葉の受け売りである。
俺がセルティと同じことで悩んでいたときにトムさんに相談して、そのときに言われた言葉だ。
それでも俺は、セルティに言われた言葉が嬉しくてたまらなかった。
『静雄が親友で良かった』
今の俺なら臨也を殴らずに済むかもしれない、と嬉しく思いながら俺は新宿駅で電車を降りた。
♀♂
「臨也。手前ぇなんでセルティにあんなこと言った」
開口一番そう言ってやった。
臨也はパソコンの前の椅子に座ってポカンとした表情でこちらを見ていた。
「まず、扉を壊したことに対する謝罪はないのかな…?まぁシズちゃんだから良いんだけどさ」
暢気な様子で話してくる臨也に多少苛つく。
まぁ、扉を壊して入ってきたことは…後で謝ろう。
「…セルティに、なんで、あんな事を、言った?」
怒りを抑えるために区切り区切り喋る。
それに対して返ってきた言葉は予想外のものだった。
「……反省してる」
「…っえ?」
反省?こいつが?
……………。
…まさか。
「実はさ、ただの八つ当たりだったんだよね。多分。」
「八つ当たり…?」
臨也は自嘲的な笑みをつくってそう言った。
「…前にシズちゃんは言ったよね。『自分なんかでいいのか不安で、モヤモヤする』って俺に言ってくれたよね」
「あぁ…」
「俺も同じことを思ってた…みたい」
「同じこと?」
同じことを思ってた…ってことは、臨也も不安がってた…?
さっきから、反省とか不安とか、有り得ないだろ。
だって、まさか臨也がそんな……。
「俺も不安になって…、幸せそうな新羅達に八つ当たりしちゃった。」
臨也は俯いたまま語る。
反省して、もう覚悟を決めたような、そんな表情。
「俺だって…シズちゃんと同じように、直接きちんと言えば良かったのにね」
「……」
力が抜ける。
殴るつもり満々だったのに…、こんな臨也は初めて見たから、怒るに怒れない。
臨也が神妙な表情で立ち上がった。
「……シズちゃんの友達を傷つけてしまって、本当にごめんなさい」
「………。」
…え、えぇっと…。
ど、どう反応すれば……。
「許さねぇ」
「っ……!!」
「でも、お前の反省は認めてやる」
「シズちゃん………ぐあっ!!?」
未だにムカつくところはあるけど、こんなに反省してる臨也を初めて見たし、セルティももう大丈夫だろう。
そう思って俺は――臨也の脳天をチョップした。
「〜〜っ!!!」
「ちょ、臨也!?」
…俺の名誉のために言っておくが、手加減したぞ?
チョップした瞬間臨也は地面にうずくまってしまった。
「…あっ、ありがとうシズちゃん…認めてくれて…!」
「いや…なんかごめんな?」
すげぇ…臨也超必死に取り繕ってる…。
何も無かったかのように立ち上がって、喋りだした。
俺は少し間を開けてから言う。
「考えてみりゃさ、新羅とセルティも不思議な組み合わせだけど、俺たちもそうだよな」
「…確かにそうかもしれないね。学生の頃からずっと喧嘩してたし、男だし」
「結局幸せな人生なんて、自分らで勝手に創り出すもんなのかもしれねぇな」
臨也が微笑む。
つられて俺も微笑み返す。
「シズちゃんは今の人生で幸せ?」
臨也は言う。
変わらない笑顔のままで。
臨也はその質問になんて答えてほしいのだろう、と一瞬考えてしまった。
でもそんなの始めからひとつしかない。
「当たり前だろ?お前が居るんだから」
…俺の正直な答え、だろう。
next punch!!→