main(serial)
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ど、どうしよう…。
珍しく夜中に目が覚めた和泉は、布団の中で一人身悶えていた。
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―もう、やだ……。
こんなことなら目が覚めなきゃ良かったのかもしれない、とすら思う。
珍しく夜中に、トイレに行きたくて、目が覚めた。
ここに来てからおねしょをしてしまう前に目が覚めた事などほとんど無かった和泉は嬉しくなったが、それも廊下に出るまでの事だった。
廊下と、この家の中全体は和泉の想像を遥かに越えて真っ暗だったのだ。
おまけに、障子越しに映る黒い大きな影…!
たとえ庭の木の影だと分かってはいても、怖いものは怖い。
一旦廊下に出たものの、そこから一歩も動けなくなってしまった和泉は大人しく布団に戻ったのだった。
それから、かれこれ数時間。布団の中で和泉はいよいよじっとしていられなくなってしまった。
必死に足を交差させたり、右に左に寝返りを打ってみたりするが一向に尿意は引いてくれない。
そのうえ、寒さも手伝って尿意は驚異的なスピードで膨れ上がっていく。
――もう少し…。もう少ししたら朝になって、家が明るくなるから…それまで…それまで……お願い…ッ。
さっきまでせわしなく動いていた足は、今では動かすことすら出来なくなって、和泉は布団の中、必死に両手で股間を押さえる。
――もうやだ…苦しい……
生理的な涙が意思とは無関係に目に浮かぶ。
この手の力を緩めて早く楽になりたかったが、そうするとまた‘おねしょ’になってしまう。
――それだけは、やだ……
「っく……」
さらに手に力を込めても、ますます苦しくなるだけで、涙が余計溢れてきた。
判断能力も鈍り、どうすればいいかいよいよ分からなくなった時、急に聞き慣れた声がした。
「…和泉?」
「っ?!」
綾の声が聞こえ、思わず反射的に飛び起きる。
その瞬間今まで押さえていたものが一気に溢れ出そうになったが、かろうじて少し出ただけで持ちこたえられた。
布団の上で、正座から両足の間に腰を落としたような座り方をすると、自然と手が股を押さえてしまう。
綾さんの手前、手を離したかったけれどどうしても無理で。恥ずかしさから掛け布団を引っ張ってきて、上に掛けた。
腰が、落ち着いてくれない。
「…ど、したん、です、か…?」
声が、喉に張り付いて上手く出せない。
それでも、綾さんには気づかれまいとなるべく普通の声を出したつもりだった。
「室の前を通ったら、何だか和泉が起きている気配がして…」
どうかしましたか?と付け加えて聞いてくる綾さんにはもう全てお見通しな気がしてきて必要以上にしどろもどろになってしまう。
「な、何でも無いです!大丈夫。だ、大丈夫ですから!!」
必死に綾さんに立ち去ってもらおうと大声を出すも、それがかえって和泉を追い詰める。
「っあ…っ!!」
「……和泉?」
心配そうに綾が和泉に近づいてきたその間にも、刻一刻と和泉の限界は近づいてきていて。
ダメ…今はダメ……
お願い…
どんなに祈っても、確実に限界が近づいてきてるのが和泉にはわかる。
「なん…でも、な……」
足にも力を入れたけれど、もう上手く入らなかった。
和泉の内腿が震えたのが、自分で分かった。
―もう、ダメ…だ
そう思った一瞬、緊張の途切れたのを見逃してはもらえなかった。
「っ!やぁっ……!!」
瞬間、押さえていた和泉の手が濡れた。
一度出始めたおしっこは、どんなに押さえても言うことを聞いてくれず、和泉の手も着物も布団も全部を濡らしてもなお中々止まってくれなかった。
しゅーというくぐもった水音がいやに耳につく。
解放感が、情けない。
ふと、今の自分の格好が和泉の脳内に思い浮かぶ。
きっと、情けない顔をしてる。おもらしして、泣きそうになってるんだ。
……いやだ。
「見な……で…」
かすれる声でそう呟いた和泉に、けれど綾は優しく微笑んで。着物が濡れるのも気にせず和泉の頭を軽く抱き寄せた。
「大丈夫。こうすれば、誰にも…私にも、見えませんよ。」
「ダメ……きたな…」
和泉は拒絶しようとしたが、上手く力が入らず逆に綾に体ごと抱きすくめられてしまった。
「汚くなどありませんよ。それに、もし汚れたら洗えば良いんです。」
それだけですよ、と付け足した綾に、たまらず和泉の目にみるみる涙が溜まっていく。
「…ふ…っく…っひ………ごめ……なさ………ごめ、な………い……」
しゃくりあげながらも必死に謝ろうとするが、上手く言葉にならない和泉に、綾は耳元で言う。
「大丈夫。」
と、何度も。
*〜*〜*〜*
「…廊下が、怖かったんですか?」
和泉が落ち着いた頃を見計らって、まるで悪戯っ子のように綾が訪ねた。
「……」
恥ずかしそうにそっぽを向いて小さく頷いた和泉を見て、綾は笑みをこぼすと明るく続けた。
「さ。お父様たちが起きてこないうちになんとかしましょうか。」