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「うっ……ひっく……ぐすっ……うっ」


真夜中。
障子一枚隔てた隣の部屋から声を殺した泣き声が聞こえてきた。

隣の室…。
昨日までは空き部屋だったが今日からは部屋の主がいる。今日から我が家に来た、まだ小さな男の子。

そこまで考えて、綾はふいに、まだこの家に不慣れな幼い室の主の事がひどく心配になる。
様子が気になった綾は、そっと部屋を抜け出すと、静かにすぐ隣の室のふすまを開けて中に入った。

「どうか、なさったのですか?」

泣き声の主は、急に聞こえてきた声にびくりと肩を振るわせると、乱暴に涙を拭い慌てて顔を背ける。

「な、何でもありません…大丈夫です!」

強がる声は、明らかな涙声。

「なにか、悲しい夢でも見ましたか?」

そう聞いて和泉に目をやると、今まで和泉の寝ていた布団と寝巻きの浴衣がびしょびしょに濡れていることに気がついた。

「あぁ…おねしょをしてしまったのですね?」

「ちっ…違!」

優しく、でもはっきりと事実を指摘され、慌てて否定しようとした和泉の言葉を綾は指で遮る。

「大丈夫。…それで泣いていたんですか…?怖いことなど、ありませんよ。」

「……。」

綾の言葉に頷いた和泉は涙をぬぐったが、拭いても拭いても涙は一向に止まってくれない。

「…悲しく、なってしまいましたか?」

「ここに…っ、来る前は…して、なかった…の、に…ッ!」

つまり、おねしょをしたことは無かったのにしてしまって悔しい、という事だろう。

「……ごめ…なさ、い………も、しません…」

泣きながら謝る和泉に綾は優しく返す。

「大丈夫。あなたはまだ小さいんですから失敗してしまう時もありますよ。」

優しく諭され、和泉は安心すると同時にひどく怖くなった。
もしかしたら、自分はもう見捨てられたのかもしれない、と思う。だって、おかしい。おかしいよ。おねしょしたのに。なのに。
どうしてこの方は…

「…お、怒らないんですか?」

「どうして怒るんですか?」

恐る恐る疑問を口にした和泉も、逆にきょとんとした顔で聞き返されてしまい、返す言葉に詰まってしまった。

何も言えずにいた和泉の頭を軽くなでると、綾は和泉の濡れた足を簡単に拭いた。

「さぁ、そのままでは風邪を引いてしまいます。着替えましょう?」

「で、でも……」

言いかけて、和泉は言葉をつぐむ。
どうして怒られないのかはやっぱりよく分からないけれど、今は、この方に身を任せてしまいたいと思った。

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