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□これでも最低
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これは、約5年前、まだまだ若かった僕と祐貴が一旦別れを決めた『とある決定打』のお話ーーー



その日は、朝からツイてなかった。
朝から皿を割ったし、電車は遅延して始業時刻に遅れるし、携帯も忘れた。そして何より、女どもの接待を命じられた。


*これでも最低


「…は?」
昼休憩から戻るとすぐに、大場ちゃんに爆弾をおとされた。命じられた仕事に二の句が継げない。
「は?じゃないわよ!「はぁ?」じゃ!!なにやる気ない返事してんのよ!」
「いや、はぁ?だろ…なに、それ…。」
「この前の取引先の女の子数人と飲んできなさい。」
「ふっ…ざけ…!大体僕は女は……」
思わず、こっちの性癖なんかをぶちまけそうになり慌てて口をつぐむ。

「いや、ほんと、僕にも事情が……」
「東の事情なんか聞いてないの。こっちは社運が掛かってるんだからね!覚悟してよろしくぅ。」
相変わらず語尾に星でも飛んでそうな言い方。今は特にそれがイラッとするけどそこはスルーだ。それよりも……
「無理だ!それに今日は……」
「失敗したらあんた、本社に戻る羽目になるわよ?」
「……ぐっ。」
それを言われると僕は弱い。大場ちゃんもそれを知ってて突いてくる。いざという時の切り札に使ってくる。それを出してくるということは、そういうことなのだろう。

「分かれば宜しい。」
「……分かってねーよ…。」
こんなんほとんど脅迫だ。
なんだかんだ大場ちゃんには僕は弱い。恩だってあるし、単純に尊敬だってしている。

けれど、これがすべての始まりだとはこの時は思いもしなかった。もっと本気で断っときゃあ良かったのかもしれない。


結局その日の帰宅は日を跨ぎ、いつもより遅い時間になった。これでも会を途中で抜けさせてもらった。
帰ると、祐貴が憮然とした表情で迎えてくれた。

「…おかえり。」
「悪い、今日無理矢理付き合わされて…」
言い終わらないうちに祐貴が不満を隠すことなくぶつけてくる。
「今日、早く帰ってくるって言ってた…」
「悪かった。」
「約束は……」
「だから、悪かったよ。携帯忘れて連絡も出来なかったの。疲れてるから、あとは明日にしてくんねぇ…?」

あれから、散々だった。
女どもの接待、なんて大場ちゃんは言ってたがあれはどう考えても合コンだ。くっだらない女どもに年収やらアドレスやらを聞かれ(携帯を忘れたのは不幸中の幸いだった)、しつこく話しかけられる。苦行なんてもんじゃない。ただでさえ女は基本的に苦手なのに、あぁいった場は10割増で苦手だ。と言うか、無理だ。ほとんど具合が悪くなって帰ってきたようなものだった。
そんなわけで、僕が悪いのは分かってはいるが、疲労した身体には不平不満はキツい。

「…東くんは…今日、楽しかったんじゃないの?」
「あ゙?」
言われて思わず廊下の歩みを止めて振り返る。楽しかった?あれが?

「…女の子と、一緒に…、楽しんできたんじゃないの!?」
祐貴の言葉になんとなくこの表情の意図を悟る。
「…見たのか」
「帰りにたまたま…見かけちゃったの。」
それでこの剣幕か。勘弁してほしい。今日は厄日か。
「だから、今日いきなり接待が入ったって言ってんだろ…。悪かったよ、ほんとに。」
「…そんな急に入るわけないじゃん!」
なおも食い下がってくる祐貴の言い分が、自分でもわからないけれど無性に癪に触った。
「あぁ?!祐貴のとこと違ってこっちは恵まれてねーんだ。わけないってなんだ、わけない、って!!てめーのとこじゃあり得ないようなことも、こちとら仕事でやってんだよ!どんな形でも繋がっとかなきゃいけねーし、やれって言われたらやらなきゃいけねーんだ!!そーしないと暮らしてけねーんだよ!お前と違ってな!!」
言い過ぎたと思った。けど、止まらなかった。半分くらいは八つ当たりだったかもしれない、と今なら思う。けれどその時は腹が立って仕方なかった。
祐貴はというと、呆気に取られて僕を見ていた。
「……にそれ……なにそれ!!なにその言い方!! 」
「あぁ?!恵まれた環境にいるおめーには分かんねぇ汚ねー仕事もこちとらやんなきゃいけない、って言ってんの!!それでお前のが給料いいんだから、ほんっとラクだよな!」
「そんな風に……思ってたの?ぼくのこと、ラクしてるって!いつもそう思ってたの?!」
「違うのかよ」
鼻で笑ってそう返すと、祐貴がムキになったのが分かる。お互い、もう戻れない。
「ぼくだってねぇ!暇な訳じゃないんだ!東くんにとってはラクに思えるようなことだってね!こっちにも色々事情はあるんだよ!今日は無理言って早く帰らせてもらってきたの!それをラクしてるって……大体、連絡だってしようと思えばなんとだってできたはずだよ!それをしようとしないで、所詮東くんにとってはその程度の約束だったってことだよね。わかったよ。その程度の思いだって。もういいよ!!」
そう言うと、廊下を出て部屋に入ろうとする祐貴。
「待てよ!言い逃げしてんじゃねーよ!」
「そんなんじゃないよ!」
「だったら、自分の言いたいことだけ言って逃げるのはおかしいだろ!」
「そうじゃないって!!」
そう言えばさっきから祐貴は落ち着かない。僕がいつ帰ってくるかもと思ってトイレも我慢していたのかもしれない。
けれどそれは今は僕が気にしてやることではないと思った。
「じゃあなんなんだよ!」
「……んでも、な……いよ!!!とにかく!東くんの言うこと、信じられない。彼女だって居たことあるって前言ってた。」
「だからなんだよ。」
「たまには女の子と遊びたくなったんじゃないの?!いいよね、どっちも好きなんでしょ!どっちとも遊べるね!!選びたい放題?みたいな?!」

売り言葉に買い言葉で、お互い思ってもないことをどんどん口から出しあって傷つけあっていく。
お互いの言葉にお互いを許せなくなって、どんどん悪口の上塗りをしていく。最悪の展開だった。

「……本気で言ってんのか、馬鹿にしてんのか…どっちだ?」
「…っ!怒るってことは、図星なんじゃないの?」

祐貴の足が不自然にクロスさせられたけど、そんなことはもうどーだって良かった。
「あぁそうか。祐貴の言いたいことはよく分かった。」
「……。」
「……僕の言うことが信じらんないなら、ここに居る必要ないんじゃねぇの?」
「……っ、あ……」
「さっさと出てけよ。」
自分でも驚くほど、冷静な声が出た。
「あずまく…」
「聞こえなかったか?」
「ちょっと待っ…!そーじゃなくて!」
「出てけよ!!…お前が出てかねーなら僕が出てくよ。1週間、開けてやるからその間に荷物纏めて出てけ。お前の顔なんか、二度と見たくない。」
「……。」
「大体、今までこっちは10年近く迷惑してたんだ。お前の世話ばっか焼かされて、大学入ったら入ったでお前と一緒に住み初めて、なんもいいことなんかねーしよ!」
「……。」
「こっちは、お前のせいで単位いくつ落としたと思ってんだ。お前のせいで何回しょんべんの後始末させられたと思ってんだ。全部、全部迷惑だったんだよ!!」
「っ!!……分かった…分かったよ……1週間後、出ていく。」

それを聞いた僕は部屋に行き、最低限の荷物だけボストンバックに投げ込んだ。廊下に出ると、祐貴が待ち構えていた。さっきよりせわしなく膝を擦り合わせながら。
「なにお前、しょんべんしたいならさっさと行けば?」
「…やだ。」
「あ?」
「…っ、あず、まくんには、か、んけいっ、ない…」
「僕の家、汚されそうなんだけど。」
「よご、さ、ない…から…」
「そう言って今までも散々漏らしてきたんだろ?忘れたわけ?」
「…っ…う…っ、るさいなぁ!!関係ないじゃん!!」
「だっから!関係あるって言ってんだろ!?てめーなんかどうでもいいんだよ。僕の家だっつってんだよ!!」
語気を強めるとびくりとする祐貴。

「…っあ…っ!」
それまで執拗にくねくねしていた祐貴の動きが突然不自然に止まったと思うと、あてがった右手に慌てて左手を重ねる。そしてそれとほぼ同時にこの場に不釣り合いな水音が響き渡った。

「っ…く…ふっ…」
それでも祐貴は止めようと試みているのか、息が小さく漏れていた。けれど、それは叶わず勢いは増していく。

今まで幾度となく見てきた。その度に僕が幾度となく世話を焼いてきた光景。けれど今の僕は、目の前の光景を見ても何とも思わなかった。それどころか、だんだん腹が立ってきた。

「ほんと…お前、そーゆうとこあるよね。やんないって言ったくせにやったり、絶対大丈夫って言ったくせに案の定ダメだったり…そんなことばっかじゃん。」
「…っ」
「ほんと、愛想尽きたわ。」
「…ごめ…」
「あ?」
「…い、今まで…ごめん…ね。」
泣くかと思っていた祐貴は必死に笑おうとしていた。僕は、何も言えなかった。
「……。」

そしてそのまんま僕は出ていった。
行くあてなんかあるはずもなく、1週間適当に漫画喫茶やカラオケでやりすごした。



1週間後、僕が家に戻ってくると、ご丁寧に祐貴の荷物はキレイにすべて搬出されていた。思った以上にがらんとした部屋に、少しだけ笑えた。

部屋を見回すと、食堂のテーブルの上に手紙を見つけた。
けれどそれには手を付けず、携帯を取り出す。電話帳から祐貴の連絡先を消すと、ひどく無気力になった。
よく考えたら今までの人生、いつの間にか祐貴の居ない時間の方が短くなっていたことに、今更気が付いた。

けれど、今となってはもう何の関係もない。今までも、僕たちを繋ぎ止める関係性に名前があった訳ではないけれど、これで正式に僕とあいつは、赤の他人になった。

今なら分かる。このときの僕は最低だ。でも、この時はこうするしかなかった。僕は、すごくガキだった。


祐貴からの手紙は、読まずに捨てた――。






――――
東くんへ
今まで、本当に本当にありがとう。
そして、ごめんなさい。
この1週間、ぼくはどこかで東くんが帰ってきてくれると思ってた。でも、それはぼくの思い上がりだったんだね。

僕は、東くんが居なかったらここには居ません。それどころかきっと、中学校もまともに通えなかったかもしれない。あの盆踊りのときにどんな形であれ話せて、本当によかった。
東くんのいない生活をやっていける自信はないけれど、東くんに追い付けるように。だからもしも、もしもまた会えたときにはそのときはきっと運命を信じてみようと思います。そのときはきっとぼくが東くんを支えたい。
次会えたときには自信をもって東くんが僕と知り合いだと言えるように。そんな風になってられるように…頑張るから。
ずっとずっとその時を待っています。


170508

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