小説2

□氷姫は残照に熔く
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その琥珀色の瞳と初めて目が合った瞬間――

視界に散ったのは鮮血だった。




【氷姫は残照に熔く】





「アスラン様、こちらがご婚約者となられる方の肖像画にございます」

ここは大陸東に位置するプラント王国、若き王太子の執務室。
従者に声をかけられた青年は、豪奢な刺繡をあしらった明らかに高貴な衣を身にまとっていた。

アスラン・ザラ、18歳―――
その容姿は、王家の衣より人の目を引き付けるほど耽美である。

「別にいいよ」

アスランは筒に入った絵を見ることなく、柔らかな物腰で断りを入れた。
相手の顔を見たところで何の意味もないと思うからだ。



明日――アスランは一度も会ったことがない女性と婚約する。
王族なのだからこれは別に珍しいことではない。
小さいころから政略結婚は当然だと言われてきて、それはなんの疑問もなく受け入れている。


ただ・・相手が少し意外だった。オーブ公国の公女だというのだ。
プラントよりさらに東に位置する島国オーブ・・。

漠然と、自分の結婚相手となる女性は、西方諸国の王族や貴族だと思っていた。
父上は、なぜオーブと・・?
最近はきな臭い話も耳にする・・。

多少の疑問はあるが、他の令嬢とは年齢が釣り合わなかったり勢力図の問題があったりしたのだろうかと思い直した。
オーブの公女はアスランと同じ18歳だという。


「ああ、相手の名前だけもう一度確認しておきたいかな」

明日本人と会ったとき、さすがに名前を呼び間違えるわけにはいかない。

「オーブ公国大公殿下のご息女、カガリ・ユラ・アスハ様にございます」

「カガリ…か」

「しかし、本当に絵姿に目を通さなくてよろしいので…?」

従者の再三にわたる申し出に、アスランはやや困ったように微笑んで執務室をあとにした。



・・相手の容姿に興味はない。
たとえどのような容姿であろうとも、この結婚は決まっているのだ。
将来この国の王と王妃になることも。


「大事なのは志だしな・・」


とんでもない浪費家の女性が嫁いだせいで国が傾いたという話もある。
たしか・・オーブの公女は「氷姫」などと呼ばれているから、浪費家というイメージはなさそうだ。


―――すべては国のために。

アスランはそれだけを考えて生きてきて、たくさんのものを捨ててきた。
これからも。





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