小説2

□朧月
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「…カガリ、大丈夫?やっぱり1時間半もかかる私立なんて、帰宅も遅くなるし…」


表情が翳った娘を見て母は別の心配をしてしまったようで、カガリはハッとした。

「だっ、大丈夫だよ!」

思わず必要以上に元気に笑ってしまう。


「もう、心配しないでお母さん。私中学生になったんだよ」

「………」



―――母は、まだ5年前のことを忘れていない―――

カガリがアスランのことで思い悩んでいても、すぐあちらのほうに結び付けてしまう。
母親の勝手な思い込みで公立に転校なんてさせられるわけにはいかないのだ。


「ほら、そろそろ行こう」



バタン…ガチャ。
カガリとヴィアが玄関を出たところで、隣の家からも誰か出てきたのが分かった。

―――アスランだ。

その姿を見るだけで、胸が痛い。



「あらアスランくん、おはよう」

「おはようございます、おばさん。…おはよう、カガリ」


誰もが見惚れるほどの、完璧なアスランの笑顔。
品行方正で折り目正しい…。
所作も口調も、彼の髪からつま先に至るまで、非の打ちどころが無かった。


「…おはよう…」


カガリは小さな声で返すのがやっとだった。


「今日は、中等部の入学式ですね。ご入学おめでとうございます」

「アスランくんの方こそ、昨日入学式だったわよね?おめでとう。お父さんは帰っていらしたの?」

「いえ、相変わらずヨーロッパを飛び回っているようで」

「あらまあ、今でもお忙しいのねえ」


母とアスランの会話ばかり進みながら、駅までの道を歩くことになった。
中等部と高等部は徒歩15分くらい離れているが、同じ電車に乗り、同じ駅で降車するのだ。

カガリがオーブ付属を受けることに決めた理由の一つだ。



「この子、オーブの授業についていけるかしら?英語なんかもとてもレベルが高いって聞くけど…」

「カガリなら大丈夫ですよ。努力家ですし。ただ問題はリスニングで、これは…」


電車の中でも母とアスランが話すばかりでカガリは下を向いていた。

アスランの“完璧な笑顔”も、高等部の制服も……見れない。
胸がつぶされそうで…とてもじゃないけど見ることができない。


…でも。
アスランの視界に、自分は入れてもらえただろうか。
頑張って頑張って合格したオーブの制服を、見てもらえたかな―――


「アスランくん、毎日一人なんでしょう?またうちにご飯食べにきてね?」

「ありがとうございます」


「それでは、また」


中等部と高等部の分岐点でそうして別れたあと、数歩進んだところで、小さく呼び止められた。


「…カガリ」


その低い声に、カガリは心臓が跳ねる思いで振り返った。
母親は気づかずにそのまま先を歩いている。

数メートル離れて絡み合う、視線。
彼は薄く微笑んだ。



「似合ってるよ、その制服……」



―――暗闇のただ中にいるような、冷酷な翡翠の瞳―――

笑みを浮かべた口元とは裏腹にそこには何の感情も映し出さない。




・・・それが、今のアスランだった。







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