短編

□交錯
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何を見ているのか。
何をその瞳に映しているのか。
只の気紛れから手中に捕えているその小さな存在の顔に感情が浮かぶ事等殆ど、或いは全く無い。
杖を喉元に突き付けても動じる事無く静かに昏い瞳で己の紅を見据えていた。

解せない。
まるで人形の様に表情を動かさないその存在が。
言葉を発しても単語だけ。

気に入らなければ消してしまえばいい。

安易に考えていたのは誰だったか。

死の呪文を口にしようとした事は幾度もあった。
それでも硝子の様な瞳に己が映ると理解などしたくもないが己の唇から洩れるのは吐息だけだ。

問うた事が在った。

「お前は何者だ」

そいつは何も言わなかった。

「何を考えている」

視線を杖から、再び紅に戻され瞳に黒い男が映される。
衣擦れの音さえもしない暗い部屋の中。

突き付けている杖に静かに触れそいつは口を開いた。

「…何も」

凛とした音が響く。
瞳は俺様を見ているのに、それでも全く別の場所を見ているように感じるのは何故なのか。

「何も、見ていません。何も、考えていません。何者でもありません。私の瞳に映るのは其処に存在するものだけです。私が考えるのはとりとめの無い事。…私が何者なのか、なんて」

流れる様に静かに穏やかに。
小さな唇から紡がれる言葉は自然と耳に入り、何時までも頭の中に残るかのような感覚に陥った。
杖から白い手が離れる。
そいつは窓から見える薄暗い曇天を見ているかのように思えた。

「私は、何者かなんて」

刹那。
昏い瞳が揺れたのは己の錯覚であろうか。

「私が、一番知りたい」

杖を懐に仕舞い、細い首に手を掛けた。
少女の背後にあった寝台の上に二人して倒れこむ。
微弱な力でさえも折れる様な細い、白い首。
掌から鼓動の音が伝わり、そいつは抵抗する事も無くただ俺様をじっと見ていた。

分からない。

何故この少女を手に掛ける事が出来ないのか。
何故この少女を未だ生かしたままにこの屋敷に置いているのか。

自分の事だというのに自分が一番理解していないという事に苛立ちを覚えた。



「……殺したいの?」



静かな声が視線が離れない。


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