さきくさ

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奇妙な息苦しさと圧迫感を覚えて目を覚ました。今だ覚醒しきらない思考を総動員させて、重い瞼を開けて視線をさまよわせる。そして偶然視界に映った枕下にある携帯。サイドキーを押して背面のスライドを見れば、4時3分と表示されていた。何だ。まだこんな時間か。再び目を閉じて眠りに落ちようとすると、不意に何かがグッと喉を絞めた。

「!っ…!?」

え、なに、何、何?
突然のことに一気に目が覚めるがワケがわからず意識は混乱の中に真っ逆さま。喉にかかる圧力に恐怖が襲ってくる。背後から首に巻き付いている何かにジタバタともがくがそれの力はまるで緩むことを知らない。これもしかしたらマズいんじゃ。サッと引いてく血の気に体温。得体の知れない恐怖にとにかくもがいていれば、後ろから聞こえた小さな声にピタリと動きが止まった。

「…ー、…」
「!」

あれ、これ…って。首を絞めているものに視線を落とせば、そこにあるのは細く白い腕。そして背中にぴったりとくっついている高めの体温。すうすうと規則正しい健やかな寝息が聞こえてやっと理解した。ああ、小鳥さん寝ぼけてるんですね。昨日の夜、一人にさせておくのは心配で、確かに布団を隣にして寝たけれど、まさか転がって私の布団に入ってくるなんて。大人しく抵抗を諦めれば、腕の力が僅かに緩んだ。ああ良かった。窒息死するかと思った。かすかに残る締められた感覚に苦笑を零しながらも、今だ離そうとしない小鳥さんの腕を無理に振り払おうとはしなかった。そして特に意味もなくポンポンと腕に触れれば、ギューッと私の背中に額を押しつけてきた。こうしてれば可愛いのになあ。そんなことを思いながら肩越しに彼を見ようと首をひねる。しかしそれよりも先にあるものが視界に映り、一瞬呼吸を止めた。

何…これ…。

視線は彼の二の腕に近い関節で止まる。見た瞬間にゾッとした冷たさが喉の奥を締め付けた。

「針…、…の跡…?」

そこには青く鬱血し、無数にある小さな赤い斑紋。まるで何度も何度も頻繁に注射を打ったみたいだ。痛々しいだとか、そんなぬるいレベルじゃない。一体何をどうすればこうなるのか。言いようのない不快感に襲われその生々しい跡から視線をそらした。心臓が嫌に早鐘を打っている。

「…、く…」
「!」
「びゃく…ろく…」

寝言、かな。目を閉ざしたまま呟かれた単語に、小さく息を吐き出す。
びゃくろく
寝言で彼が呟いた、不思議な音。それは誰かの名前だろうか。

ただ腕の奇妙な跡にしろ、びゃくろく≠ニいう単語にしろ、何故か聞いてはいけない気がした。
それを聞いてしまうことは、底無しの沼に踏み入れるような、触れたら二度と抜け出せない何かがある気がしたから。
何よりもこの子の決して触れてはいけない傷口を、広げるように思えたから。

「………」

今の思考を振り払おうと、再び目を閉ざす。すぐには寝付けず少しの間だけ背中の体温に意識を傾けていた。私が眠ったのはそれから少ししてからだ。
そして次に目を覚ましたのは数時間後。時計のアラーム音が部屋に響きわたったとき。そのときまで彼は私にくっついていたのか、起きて早々に怒鳴られてしまった。まったく。そっちからくっついてきたのに。

明け方垣間見えた彼の傷のせいか、今日の私はやたらと彼に気を使ったと思う。





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サクッと終わらす連載のつもりが長くなりそうな予感←

20091003

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