さきくさ

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「……あの」
「………」

じとりと睨み付けてくる瞳に困ったように眉を下げる。体のあちこちに絆創膏を貼り包帯を巻き、真新しい大きめの白いシャツとハーフパンツを履いた少年はちょこんとソファーに座って私を睨みつけてきた。うーん、困った。小さい子の扱いは分からない。第一怪我の手当てや着替えをさせるのも威嚇されっぱなしで一苦労したのだ。今日この家に泊まらせるのはよしとして、今後どうすればいいのだろう?病院は…まあ行かなくても大丈夫か。しかし警察は嫌がっているし。そうするとこの子の身内を探すのが一番で。だけどこんなに威嚇されて嫌われている私がそれを聞き出すには一体どれだけの時間がかかるのだろう?

「はあ…」

思わずうなだれて頭を抱える。今だ少年は私を睨んだまま。これじゃあせっかく作ったお昼も果たして食べてくれるのやら。でもあんなに華奢な体つきをしているのだから、栄養をきちんととらないと倒れてしまう。

「お昼は、」
「いらない」
「あ…はは…」

やっぱりか。ツーンとそっぽを向く彼に苦笑を零す。ああ本当にどうしよう。というかこの子、怪我が治ったら夜中に家から抜け出しそうだ。少しでいいから懐いてくれないかなあ、そうすればいろいろと先が見えてくるのに。別にこの家には私しかいないから、この子がいつまでもいても大して困らないのだけど。だけどこの子の家庭事情やら何やらと考えればそうはいかないだろう。なんて思いながら鍋に入ったコンソメスープを見た。


「えっと…何か好きな食べ物とかあります?」
「………」
「じゃあ嫌いな食べ物とかは…」
「………」
「………」

無視だ。悲しいほどに綺麗に無視されてる。そんなに嫌われてるのか私。再度深く息を吐き出せば、彼はチラリと一瞬だけ私を見た。その目は相変わらず攻撃的だ。

「あの…」
「ウザイよアンタ」
「……!!」

う、うざい…?

「第一なんでそんなに俺に構ってんの?バカじゃない?」
「バカって貴方…」
「フン。じゃあ偽善者ぶって人助け?ご苦労だね。」
「…そんなわけないですよ私はただ…」
「違うの?じゃあ後先考えてない能なしか。」
「………」

うわあ、生意気。いらっときてつい表情が引きつる。しかしここでキレたらダメだ。相手は小学生程度の男の子。大人の対応をしなければ。ピクピクと笑みを浮かべるために持ち上げた頬の筋肉が震える。抑えろ。耐えるんだ私。大きく深呼吸をして喉元までこみ上げてきた怒りを何とか飲み下す。そして少しでも気を紛らわそうと、出来上がった料理たちを皿に移した。…食べてもらわなくてもいい、とりあえずこの子の分も用意して私は勝手にいただいてしまおう。
テキパキと料理をテーブルの上に運び、私は彼と向かい合う形で椅子に座った。そして両手を合わせて小さく「いただきます」と呟いては食事を始める。

「………」
「………」

無言の食事風景。食器の音だけが嫌に目立った。あまりにも静か過ぎてさすがに気が引けてきた。そしてチラリと少年を見る。すると彼はずっと食べている私を凝視していたのだろうか。バッチリ目があった。


「…何か」
「よく食べるね」
「まあ…お腹空いてたんで…。」
「…ふうん…」
「あ…もしかして嫌いでしたか?このメニュー」
「別に」
「そうですか、ならせっかくですし嫌いな食べ物教えてください。」
「は?」
「それ以外なら食べられるでしょう?今更言うのも何ですが…私、自分の家に連れ込んできて何も食べさせずにそれが原因で貴方に倒れられるとたぶん警察に捕まるんで」
「ハッ捕まればいいさ。それくらいの方が能なしの君でも学習できるだろ?」
「…貴方、小さいくせに嫌みったらしい上に生意気ですね。」
「バカよりマシだろう?」
「バカの方が可愛げがありますよ」
「自分のこと言ってるの?」
「貴方が、という例え話です」
「…アンタ頭の中空っぽなんじゃない?」
「あはは、だから人助けっていう偽善を働いたんですよ」
「………」

そう言えば、言い返せなくなってしまったのか、少年はバツの悪そうな顔をして俯く。それがおかしくてつい笑ってしまった。だってその表情が子供がゲームに負けた時のような、そんな幼い表情だったから。可愛げもあるじゃないか。


「な…なに笑ってんのさ!」
「いえいえ。あ、そういえば冷蔵庫にゼリーがあったんですよ。それなら食欲なくても食べやすいですよね。ちょっと出してきます。」
「いらない!ちょっと、俺はいらないからね!?」
「小鳥さんはグレープとオレンジ、どっちが好きですか?」
「何その呼び名!」
「羽根がたくさん落ちてたんで。最初は天使がいいかなと思ったんですが、到底天使には見えなかったので小鳥で。」
「うるさいよこのボケ女!」


顔を赤く染めて怒鳴る少年。そこには出会った当初の拒絶的な攻撃性はなく。少しだけ、距離は縮められることができたかもしれない。


20090922


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マイペースな主人公にツンデレ全開な鶸との生活の幕開けです!

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