さきくさ

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世界はいつも矛盾だらけだ。
口から零れ落ちる言葉は嘘にまみれていて、吐き出した感情は毒気を纏っている。
そしてその毒気は伝染するからさあ大変。きっと生まれたばかりのまっさらな赤ん坊もすぐに泥沼に浸かってしまうのだろう。

いつだって汚い世界はモノクロだったから。
灰色に濁った息苦しい空気を肺に取り込みながら、今日も排気ガスやら騒音に満ちた街を歩く。
繰り返される日常。
汚濁された日々。

ある時私は、そこで真っ白な少年を拾った。








「……」

わあ、これは警察に通報すべきなのかな?それとも救急車?

いつも通りの帰り道。大学からの帰路の途中。今日は気まぐれで近道でもしようと街中の裏路地へと足を踏み入れた。狭く暗い路地裏はゴミが散らばり薄暗い。どこかジットリとした空気は気味が悪く、少なくとも一人で歩くには適していないだろう。しかし人ごみが嫌いな私にとっては、人ごみで埋もれて歩くのも薄暗い路地裏を歩くのも大した差はなかった。
だから特に何も考えずに路地裏を歩いていて、そして偶然見つけてしまった。

実は最初は無視を決め込んで通り過ぎようとも思っていたり。けれども私も人間。良心は痛むもの。困っている人は助ける、なんて幼稚園で先生なんかがよく口にするようなありきたりの台詞を念じて、そこにいるもの≠ノ話しかけてみた。


「もしもーし…?」


薄暗い路地裏。
淀んだ空気に満ちた空間。
そこには傷だらけの少年がグッタリと横たわっていた。
薄暗いそこでは青白くすら映る白い肌に金色の髪。
手足を地面に投げ出し、衣服には泥やら乾いた血やらがこびりついている。
ただ幸いというか、呼吸のために上下している胸が彼の体温を保っていた。
虐待…でも受けてたのかな?
少年の細い腕や足には鬱血痕があった。

どうしよう?

少なくともこういう現場には初めて対面するから。簡単に警察に連絡していいものかと悩んでしまう。けれど放っておけるわけもない。しばらく少年を見つめていれば、ふと奇妙な点に気付いた。

「なにこれ…羽?」

少年の周りには何故か、たくさんの羽が散らばっている。まさか天使?なんてそんなわけないか。一人で苦笑しながら頭を振ればぴくりと少年の指先が動く。


「あ、」
「……!!」

長い睫毛に縁取られた大きな青い瞳が開く。透き通るように綺麗な色だ。しかしそう思うのもつかの間。目があった途端にその瞳は激昂を宿した。

「寄るな!」
「え…」
「あっち行け!近寄るな!!」
「えええ…」

初対面でこんなに嫌われたのは初めてだ。そんなに人相悪く見えるかな。こちらを睨みつけている少年に思わず軽いショックを受けながらガクンとうなだれた。しかし放っては置けない。せめて病院とかに連れて行った方がいいのだろう。


「貴方、お名前は?」
「うるさいあっち行け!」
「いやでもそんな傷だらけじゃ放っておけませんよ。病院に連れて行くことはできますから」
「……!」

病院。それを聞いた途端にただでさえ悪い彼の顔色からサッと血の気が失せた。やっぱり何か訳ありかも。

「…っだ」
「はい?」
「いやだ行かない!お前も早くあっちに行けよ!うざいんだよ!!」
「でもそんな怪我してこんなところにいたら感染症になっちゃいますよ。病院でちゃんと手当てしないと。」
「うるさい俺にかまうな!早く消えろよ!」

ああもう。見た目に反して凶暴的な性格だなあ。なんて息を吐き出しながら苦笑を浮かべた。どんなに言われたってああそうですかさようならなんて言えない。どうしよう。うーんと首傾げてみせれば、少年の体は不意にぐらりと傾いた。


「え、ちょ…ちょっと君!」
「……っ」

ひじを張って必死に体を起こそうとしているのだが、やはりあちこちの傷が痛むのだろう。表情を歪めながら呻き声を噛み殺しているのは一目瞭然だ。これじゃあ放っておいたら死んでしまうかもしれない。それにいつまでもこんな不衛生な場所にいるのは良くない。ジタバタと暴れる少年を無視して背におぶって歩き出した。

「なっ!ばか!下ろせ!」
「ちょっと暴れないでくださいよ」
「…痛…っ」
「ほら、傷に障りますよ。病院に行きたくないなら私の家で手当てしますから。だから大人しくしてください。」
「うるさい!離せ!」
「いたたた」


尚も私の頭を叩いたり足で脇腹を蹴ってきたりする。いくら小さくて細い子供とは言え、力いっぱいそんなことをされたら痛い。


「もう、あんまり暴れると警察に届けちゃいますよ?」
「……!!」

途端に動きを止める少年。やっぱり。この傷といい路地裏で倒れているところといい、そして病院や警察と確実に親元に返される機関を嫌がるというのは、身元がバレるのを恐れている証拠だ。本当にわけありなんだなあ。もしかしたら私、変なことに巻き込まれる可能性があるのかも。なんて考えながらも、とりあえず少年からの攻撃がなくなったことに呑気にも一安心。

そして少年を一度背負いなおして帰路を辿る。


「…あ、大丈夫ですよ。今から向かうのは私の家ですから。」
「………」
「家に着いたらとりあえずお風呂入ります?あ、お腹空いてるなら何か作りますよ。それと手当てもしなくちゃいけませんねえ。ああ、服ならサイズが合わないと思いますが私の貸します。女物ですけどね。」


無言になってしまった少年が気になり、とりあえず一方的ながらも話しかけてみる。ほんの少し間を置いて返事を待つが、彼は無言。
どうしたものかとチラリと背中を振り返れば、不意に細い腕が首に回された。

「!」
「………」

なんだ。可愛い面もあるんじゃないか。
ギュウッと私の首に巻き付けた腕に力を入れる少年。顔は俯いてしまって表情は分からないのだけど、何だか意地悪を言ってしまったことに僅かな罪悪感。しかし甘えてくるようなその仕草に一瞬ふと笑みを零して再び前を向いて歩き出した。





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拍手連載第2段はあまつきより鶸寄りで!今回もまた主人公が年上です(笑)ぼちぼち続きを書いていきたいと思います☆

20090920

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