darkness


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さあ、ここまでいらっしゃい。

落ちて堕ちて墜ちて
神に見捨てられた彼の主のように、

二人一緒に十字架へ。
身を預けてしまいましょう。

茨に囚われ流したのは、赤い赤い一縷の糸




私と貴方を繋ぐ血汐







「!あら…起きたの?」


耳朶を打つ母の声。
温かく、柔らかく。
優しく響いた慈愛の響き。
静かに開かれたドアの向こう側から現れた母の姿に、何故かチクリと胸が痛んだ。

ぼんやりとする思考を振り払いながら、表情に笑みを張り付ける。




「まあ、ね。」

「そういえば…
今日サソリと話した?」

「ッ!」



サソリ


母が何気なしに紡いだ弟の名前に、心臓が大きく飛び跳ねた。
鼓動がドクドクと早鐘を打つ。
しかしそんな動揺を悟られまいと、とっさに言葉を紡いだ。



「サソリがどうしたの?」

「何だかあの子様子がおかしかったから…」

「へえ…」

「またケンカでもしたんじゃないかとね。
アナタたち、高校生にもなってそこだけは昔と変わらないんだもの。」


まだまだ子供ね。
クスリと笑いながら、母はそう最後に付け足した。


「覚えてる?」

「え?」

「昔…アナタたちったら大きくなっら結婚するんだーって言ってこと」

「!」

「小さい頃はあんなに仲良かったのに最近はケンカばかり…。
…まあ、二人とも年頃だし、仕方ない部分はあるのかもしれないけど…」

「………」

「女の子は特にいろいろ大変で精神的にも参ることがあるかもしれないし、ね」

「母さん…」

「でもあれでサソリはアナタのこと心配してるんだから、早く元気になってあげてね?」

「………」

「さて、洗濯物込まなきゃなー」



ほんの少し、こちらを見て眉を下げる母の顔。
そしてゆっくりと立ち上がり、廊下へと歩を進めた。
その背中を見て、何故か反射的に「母さん」と呼び止める。
振り向く優しい表情。
しかし一瞬何を言っていいか分からずに思わず言葉を濁した。



「…どうしたの?」

「あ…えっと…」

「?」

「………っ」











ごめんなさい









「え…?」

「な、何でもない!
明日は学校行けるから」

「そ、う…?」

「うん、それじゃあ少し眠るから」




どこかまくしたてるように早口で笑顔でそう言い、部屋を出て行く母の後ろ姿を見送った。

ドアが閉まる音と共に、空間を満たした静寂。

閉ざされたドアを見つめ、再び小さく呟く。








「ごめんなさい…」




私はアナタにとって、悪い子≠セ。




「…サソリ…」


弟の名を口にするたび、たまらなく苦しくなる。

幼いころ、信じて疑わなかった滑稽な口約束。
姉弟である以上、果たせるはずのない幻想。

成長するとは、罪だと認識するということなのだ。

だったら子供のままでいたかった。
夢をみていたかった。
諦めるくらいなら、手の届かないところにいたかった。

そう、自ら壊してしまおうと、終わらせてしまおうと、重ねた唇。


なのに何故?



「………っ」



唇を指先でなぞる。
何故、彼から。

嬉しいのか、嗚呼、確かに恋情を抱く相手からのそれは嬉しいはずだ。
しかしそれ以上に苦しい。

母が、父が。

罪人になるなら私だけで良かったのに。
なのに彼も罪人にしてしまうのか。
どんなに母と父が悲しむことだろうか。





けど。












「…学校…サボったの?」

「何だ…気付いてやがったか…」



ベランダに繋がるドアがカラカラと音を立てて開く。
現れた赤い影。
気怠そうに半眼閉じた琥珀の瞳。

学校に行くふりをして自分の部屋にいたのだろう。
廊下を堂々と歩けば母に見つかるから、ベランダを通ってここまで来たのか。




「何年アンタの姉やってると思ってんの?」

「そりゃそうだ」

「はあ…私知らないからね」

「よく言うぜ。
姉貴だってサボリだろ?」

「私は病人」

「どうだかな?」

「ケンカ売ってる?」

「さあ?」




そんなことより



「!」


ふと、ゆっくりとこちらに近づいてくる赤い影。
目の前に彼が立てば、ベッドに座っている自分は必然的に見上げる形になる。
無言で目の前に立つ彼にかすかに訝しげな表情を浮かべれば、不意に視界が反転した。






「…何」

「顔色一つ変えねえのな」

「………」

「…前に…姉貴言ったよな?」

「?」

「禁断の果実≠ニやら、食べてみるかって…」

「ああ…あれ…」





それが、


言葉を紡ぐために開いた唇は、それによって塞がれる。
手首はベッドに縫い付けられ、抵抗のすべは皆無。


ふと、離れた唇から零れる吐息。
間近にある自分と同じ琥珀色の瞳。
それが後戻りは出来ないと、悲しげな光を宿す。







「…ワケがわかんねえ…」

「私の台詞…」

「……本当に…姉貴は余裕だな…」

「さあ?どうだか…」

「………」

「それよりも…」








アダム、堕ちる覚悟はできましたか?

罪の蜜が滴る、楽園の林檎




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あとがき

次回でこの拍手連載も最終回!

20090804
 

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