さきくさ

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「半さん、携帯鳴ってるよ?」

そう首を傾げながら言った少年に、ああそうだなと他人事のようにテーブルに置かれている携帯を手に取った。何気なしに見たガラスの向こう側は日が落ち、空は藍色に滲んでいる。もうこんな時間か。なんて食いかけのハンバーガーを咀嚼しながら携帯を開けば、これまたずいぶん珍しい。もう2年以上連絡がない相手だ。確かもう大学生だったか。そうなるともう大人と同じ扱い。心配はいらないだろうとこちらからは連絡を取ろうとしなかった。もちろんその間、あちらから連絡があることもない。もともと自分から他人に関わるのが苦手な人間だったのだろう。
それだけにこの電話は衝撃的だった。

「誰から?」
「あー…古い知り合い?」
「え、なに、もしかして彼女?」
「んなわけあるかバカ。昔親代わりになって面倒みてたガキだよ」

と言って電話に出る。視界には少年の、鴇の不服そうな表情がチラついた。
そして間も置かずに受話器の向こう側から聞こえた切羽詰まった声に、俺は慌ててファミレスを飛び出した。



***



「…っおいおい…何の冗談だそりゃあ」

電話で呼び出されて、鴇をファミレスに置いて車を飛ばしてきた先は公園。もう日が沈み、辺りは街灯に不気味に照らされている。そんな中佇む彼女の…いや、彼女たちのただならぬ事態にはすぐに気付いた。

「すみません半さん、急に呼び出してしまって…」
「それどころかじゃねぇだろ!お前その腕の傷どうしたんだ?それにそっちの兄ちゃんは…」

完全に意識がない。おまけに顔色は悪くグッタリとその場に横たわっている。そしてそんな青年を傍らについて見守るように、彼女ともう一人、見知らぬ少年がいた。
一体何がなんなんだ。
うまく飲み込めないこの状況に眉をひそめては彼女に説明を求める。しかし説明なんてしてる余裕はないらしく、切羽詰まった様子で彼女はまくしたてるように言った。

「この人とこの子を私の家まで運んでください。特に白緑…この人の方はだいぶ体が衰弱してるようなんです。あまり寒空の下に置いておけない。でも病院や警察はダメなんです。説明なら車の中でします。無理言ってるのは承知です。お願いします…!」
「!わ…わかった。わかったから落ち着け。」
「すみません…」
「…ったく…久々に会ったと思ったらなんだ、やべえことに首突っ込んでんのか」
「………」
「…まあ、力になってやらないわけじゃねえが…」

何も言わず、彼女は俯く。そして一瞬だけその瞳はチラリと少年を映した。
…見ない間にずいぶんと仲良しさんを見つけたもんだ。
この切羽詰まった様子といい状況といい、全てあの少年のために何とかしようとしているようにも思える。その証といってもいいように、彼女は少年に無闇に不安を与えないよう極力表情から笑みを絶やさないようにしている。
今もほら、胡散臭い笑顔で少年の頭を撫でてる。
はあ、とため息一つを零して、横たわっている青年を車に運ぶべく屈んだ。

「!」
「本当に、お前の家まででいいんだな?」
「っありがとうございます」

深く深く頭を下げる彼女に苦笑しながら、車まで歩く。
そして青年と少年を後ろの席、彼女を助手席に乗せてエンジンをかけた。

真っ暗な夜道は、まるで彼女が関わろうとしていることのようだ。




20091105

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