さきくさ

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反射的だった。
ただ音もなく振り落とされた刃物は真横を通り抜けてガンッと鈍い音をたてる。それよりも先に動いた体は、小さな体を覆うように庇い地面に倒れ込んだ。
キイキイと金属の擦れる音がブランコから鳴る。ブランコの木製の座る部分には、突き刺さるような夕陽を反射する眩しさ。冷え切った風が全身を舐め、恐怖に吐息が震えた。

「……っ」

ブランコに刃物を突き立て、男の人の動きがぷっつりと止まる。けれどもその手がしっかりとナイフを握っていることに、とっさに逃げようと小さな体を半ば抱き上げるように立たせた。
警察に…!
そう思うのも反射的でポケットに手を伸ばした。震える指先で冷たい無機質な機器を握りしめ、画面を開く。

「やめろ!!」
「!?」

しかしそれは小さな二つの手によって阻止された。携帯を握る私の腕に小さな手が絡みつき、その青い瞳が「そんなことをしたら許さない」と訴えくる。

何故、

「警察なんかいらない!そんなの呼ぶな!白緑は…っ!」
「びゃくろく…?」
「……っ」

びゃくろく。びゃくろく。白緑?


『白緑みたいに…俺を置いていかないの?』


あ、と思いハッとして男の人に視線を向けた。彼はこの子の。おそらく、そう、身内。次いで少年を見て、その突き刺さるような視線に何も言わずに携帯をポケットにしまった。しかし何があって犯罪まがいのことをしているのか。でもあの目は。その白緑という人が今尋常でない事態は分かる。正気を失っている。
でも何故?

「っ!危ない!」
「!」

再び振り上げられるナイフ。少年の腕を強引に引っ張りそれを避ければ、少年が再び「白緑!」と叫ぶ。

「彼は一体どうしたんですか?」
「知らない!」
「知らないって…」
「アイツら≠セ!アイツらが白緑に何かしたんだ!」
「アイツら=c?」
「……っ」

ギュッと唇を噛むその表情に浮かぶのは、何かに対する怯え。そのアイツら≠ニいう人たちが、きっとこの子と白緑という人に害を及ぼしている人間なのだろう。
脳裏にほんの数日前に路地裏で傷だらけで倒れていたこの子の姿が蘇り、キリキリと胸が痛んだ気がした。

「…っ白緑!」
「……!」

泣きそうな顔で青年を見ても、ナイフを握り締めた彼の表情は虚ろなまま。
何故、どうして、一体何が起こっているのか。
訳も分からずにただ空を切るナイフを避けながらこの子を守ることしかできない。刃物がかすり服が切れる。血が滲む。そのたびに少年が泣きそうな顔をする。

何で、

「……っ!」
「!?小鳥さん!」

砂場に足を取られて少年が前のめりに倒れ込む。慌てて起こそうとすれば、揺れる人影。
まずい、と思うのは必然的で。
目の前にナイフを振り上げている青年を見たとき、とっさに少年を庇うようにギュッと抱き締めた。


「ーーーっ!!」


目を瞑り、全身に力を入れる。痛みが走るのは肩か、腕か、頭か、背中か、足か。煩く脈打つ心臓に痛いくらいに抱き締めて、ひたすら襲ってくるであろう激痛に身構えた。
でも

「……?」

そっと目を開ける。体には痛み一つ走ることはなかった。訝しげに顔を上げれば、カランと何かが地面に落ちる音が聞こえた。恐る恐る青年を見る。その手にはナイフはなく、代わりに疲れきった悲しい瞳がそこにはあった。

「ひわ…?」
「!」

ひわ?
彼がかすれた声で紡いだ言葉に眉をひそめた。しかしその顔には先ほどの殺気も虚ろさも消えている。ゆっくりとその視線を辿れば、彼の瞳は少年を映していた。

「ひわ、」
「白緑…」

よく見れば白緑という人も傷だらけだ。服から覗く白い肌には幾つものくすんだ痣や傷跡がある。目の下には隈ができ、唇は色を失っている。少年は私の腕の中から震えた声音で彼の名前を呼んだ。同時に彼が手を伸ばす。しかし震えている指先は届かずに、その体はぐらついた。

「!!」
「白緑!」

倒れ込んでくる体をとっさに受け止める。全身にかかる重みに体がフラついた。しかし何とか足を踏ん張り、ゆっくりとその場に座り込む。同時に少年はこちらに駆け寄り、緊迫した表情で何度も青年を揺すった。

「白緑…白緑!!」
「…う…、」
「…大丈夫…まだ息はありますよ」
「……っ」
「それよりも病院に…」
「ダメだ!」
「?どうして…」
「だって…だってそしたら捕まる…っ俺も…白緑も…アイツらに…」
「アイツら…?」

不安に影を落とす瞳。暗く歪む表情を覗き込めば、ただその瞳は白緑という人だけを一心に見ていた。
…さて、どうしようか。
一瞬だけ躊躇うように少年を見て、そしてから再び携帯を取り出した。

「!?アンタ…!」
「大丈夫ですよ」
「!」
「病院や警察には電話しません。私の知人ですから…」
「知人…?」
「元刑事さんですが、今はそういうのとはすっかり縁を切ってる人です。こういう訳ありなことには理解がある方なんですよ」
「………」
「それにほら、この人の手当てをしないと、でしょ?」
「………」

ほんの少し。苦笑を含めて笑えば、少年はキュッと唇を噛んで小さく頷いた。少しでも安心させようと頭を撫でてみる。けれどもやはり気休めにもならないみたいだ。少年は余計泣きそうに表情を歪めた。それにつられて眉を下げながらも、頭を振って思考を切り替える。そして携帯を開いて、電話帳である名前を探した。
そしてハ行で見つけた名前で決定ボタンを押し、発信した。
3、4回ほどコールが鳴る。そして出た電話口の相手の名前を、私は呼んだ。


「もしもし、半さん?」



++++++++++
次回、現代組より半さんご登場!

20091024

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