さきくさ

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「ちょっと!お布団敷いたんだからそこで寝てくださいよ」
「いやだね。アンタのそばで寝るなんて絶対嫌だ。」
「別に一緒に寝ようなんて一言も言ってませんよ?」
「なっ!!」

その日の夜。時刻は10時を過ぎた。まったくもう、よい子は寝てる時間なのに。先ほどからこんなやり取りを繰り返していて、なかなかこの子は寝ようとしてくれない。

「私はソファーで寝ますから。」
「いい!俺はアンタの世話になりたくない!」
「そんなとこで寝たら風邪ひいちゃうでしょう」
「…っアンタの言いなりにならない!」
「もう…」

ふいっとそっぽを向いてしまう彼に頭を抱える。今日1日で一体何度頭を抱えただろう?続いて無意識に吐いたため息。ああ、私の幸せがどんどん逃げていく。ソファーでギュッと体を抱えて座る彼を見つめては、とにかく少しでも体の負担を減らすために布団に寝かせようと必死に思考を巡らした。

「小鳥さん」
「こ…っ!その呼び名止めてくれない!?気色悪い!」
「だからお布団であったかくして寝ないと。具合悪くなっちゃいますよ。」
「うるさい!!」
「一人が寂しいなら一緒に寝てあげますから」
「ばっ!バッカじゃないの!?このバカ!意味わかんない!」
「顔赤いですよ」
「赤くない!あっち行け変態!」
「……」

変態って…。
子供はよく純粋だとか素直だとか思ったことをすぐ口にするとか言うけれど、彼のそれは規格から外れてる。とにかくグサリとくると思う。そして「あっち行け」なんて言われてもここは私の家だ。本当にどうしたもんか。…ああでももしかしたら単純に眠れないというのもあるかもしれない。よく考えたらこの子は今日初めてこの家に来たんだ。慣れない場所で寝付けないのはよくあること。ならどうしようかと再び一人唸っていれば、ふと、あることを思いつきキッチンに向かった。







「はい、小鳥さん」
「は、?」

マグカップを差し出せば丸くなる彼の瞳。それは次第に意味わかんないんだけどとでも言うように表情は歪んでいった。しかし特に気にはせず、にこやかに答えた。

「ココアですよ」
「だから、何」
「ホットミルクが良かったですか?」
「だから何でこんなもん出すんだって聞いてるんだけど」

露骨にいらないと訴えてくる表情にやや表情が引きつる。しかしここで負けるな、負けたら終わりだ。そう自分に言い聞かせ、尚も食い下がる彼に深呼吸をしてから言葉を紡いだ。

「私が小さいころは眠れない時によく飲んでたんですよ」
「あっそ」
「温かいものって安心するでしょう?」
「誰しもそうだと思うあんたの単純明快な思考回路はめでたいね」
「と、とにかくどうぞ」

少しくらいその言葉から出る毒を抜いてくれてもいいじゃないか。ココアを受け取って尚もグサリグサリと突き刺さる言葉を並べる彼に、もういい加減泣きたくなってきた。グッとひたすらそれにこらえてココアを口に含む。口内にフワリと広がる甘さと温かさにホッと息をこぼしながら、チラリと彼を見た。


「………」

あ、飲んだ。

特にためらいも見せずに彼はマグカップに小さな唇をつける。湯気が吐息で揺れるのを眺めて、ゆっくりと喉に流し込む少年の動作に自然と顔が綻んだ。…ただ、これを見たら彼は気を悪くするだろうから。自分の表情を隠すようにその場を立ち上がり、まだ終わってなかった夕食の洗い物に手を伸ばす。気付かれないように振り返って見た彼の表情が、何だか穏やかなもののように思えてつい嬉しくなった。


それから彼がゆっくりゆっくりココアを口に運んでいる間。私はキッチンやお風呂場や布団を敷いた和室を行ったり来たりしながらその日のやるべき家事を終わらせた。何気なしに時計を見ればすでに11時をすぎている。
パタパタと小走りでお風呂場から彼がいるリビングへ戻ると、そこにはソファーですやすやと寝息を立てている姿があった。その寝顔のあどけなさに、やはりまだ子供もなんだなあなんて呑気に思う。そして怒られそうとは思いながらも彼を布団まで運んだ。

明日の朝はきっと騒がしくなるだろうなあ。

脳裏に皮肉や罵声を飛ばす少年の姿が容易に浮かび、私もその近くに布団を敷いて静かに目を閉じた。





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20090930

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