darkness
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追放された先は牢獄。
命の期限に、汚染された感情の海。
楽園は跡形もなく荒廃し、やがて崩れ去るだろう。
一度踏み込んでしまったら二度と抜け出せない。
ぬかるみに足を捕らわれ、深い深い泥水の底へと沈んでいくだけ。
――それでもいいと思えた。
アナタも共に墜ちると言ってくれたから
「バカだね…」
自分を組み敷く弟の瞳を見つめ、息を吐き出した。
背丈も力も、昔は自分の方が強かったはずなのに。
いつの間にか背丈も力も、自分では適わないくらい強いものになっている。
琥珀の瞳は昔のままで、柔らかく幼い顔の輪郭は遠のき、今目の前にある顔は弟≠ナはなく男≠フもの。
親から分け与えられた血を等しく体に流し、にも関わらず肉親≠ナはなく人≠ニして在る彼。
そしてそんな彼に恋情を抱いた馬鹿な私。
本当に笑える。
気味が悪い。
とんだ茶番劇だ。
気が触れているのかもしれない。
この状況を罵るいくつもの言葉が脳裏を巡る。
ゆっくり近づいてくる顔に触れる唇。
目を閉じ受け入れれば、いいようのない独占欲が生まれる。
始まりの気持ちすら、今では思い出せないのに。
「…サソリ、」
「………」
「学校に行きなさい」
「何で今更姉貴ぶってんだよ」
「ハハハ、あんた馬鹿?」
「!」
「姉貴ぶってる≠じゃない、私はあんたの姉≠ネのよ」
「………」
「血が繋がってる、れっきとした姉弟…」
「バカバカしい…」
「本当にね」
なんで好きになった?
知らない。
わからない。
そんなもの。
でも叶わないと、有り得ないと知っていた。
なのに日ごとに増す思いに蓋などできず。
いつしか溢れ出していたそれは彼に降りかかった。
拒絶される。
当たり前だ。
そのためにやったのだから。
拒絶されて諦められれば、それで私の最初で最後の恋は終わりだった。
終わった。
はずだった。
なのに。
何故?
「さあ?」
「気まぐれ?最低な男ね」
「オレが聞きてえよ」
「………」
組み敷くために掴まれていた手首が解放される。
思ったより力が強かったのか。
掴まれていた場所が赤くなっていた。
そして億劫そうに上体を起こしては、彼の隣に座る。
「本当に…まるでどこぞの神話の話…」
「………」
「こんなんじゃ未来なんて互いにありはしない」
「フン…上等だ…」
「頼もしいわね?」
「いつまでもアンタの背を追いかけるばかりのガキじゃないんでね」
「………」
ニヤリと笑う瞳。
自分と同じ瞳。
同じ血を持つ。
ある意味もう一人の私。
…嗚呼、そうか。
答えなんて至極単純じゃないか。
もっと早く気付けば良かった。
自分と同じ彼。
私は私と同じ彼を愛する。
それ即ち愛の対象になっている元は自分≠ニいうこと。
本当に笑える。
浅ましいまでの自己愛主義者。
本当に私が可愛いのは彼じゃない私だ。
遠い昔、自分の姿を鏡で見て他人に思えた。
遠い昔、笑う弟の姿が、鏡に映る自分に思えた。
…自己同一性の欠損…?
ならその欠落を埋めるのが私である彼≠セ。
彼の存在はパズルの最後のピースのようなもの。
埋め込んでしまったら全てが終わる。
完成とは即ち人生の終着点。
自己の確立。
彼が私を一人の人間≠ニして受け入れたら、私は私を私≠セとやっと認めることができる。
曖昧だった自分というものが、最も身近な人間に他人と思われることで確立する。
馬鹿な話だ。
「湖面のナルキッソス…」
「はあ?」
「死んでしまった溺愛してた双子の姉の姿を、湖面に映る自分に見て…湖で死んだ男の話」
「要は後追い自殺だろ」
「フフ、なら…私たちは逆ね」
「!」
今目の前にいる自分の半身を前に、ただ生きていく。
禁忌と知りながら愛を囁く。
人間は二度生まれる
どこかの偉人が言った。
一度は在るために。
もう一度は生きるために。
なら私は今この瞬間に、二度目の生誕をしたわけだ。
彼を、弟を、男として愛するために。
そして愛して生きていくために。
「___、」
彼が私の名を呼ぶ。
姉ではなく女として。
けれどもそれは未だに躊躇いが残るように、唇が動いても音にはならない。
それにかすかに苦笑しては、そっと体を寄せる。
「…楽園なんて…最初からなかったのかもね…」
「!」
「だってほら」
墜ちてしまった方が、幸せ、
「…御託なんか今更並べるなよ…」
「フフ、」
頬を包む他人の手のひら、体温。
目を閉じれば触れる唇。
消え去る罪悪感。
禁断の果実の甘さ。
誰も知らない二人だけの楽園へ
そして罪は築かれた、
/end
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あとがき
拍手連載最終回!
ですが何やら意味がわからん内容に(汗
何はともあれありがとうございました☆
20090813