darkness
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日を追うごとに何かが近付いてきていた。
初めは遠くで聞こえていた物音が、だんだんと近付いてくる。
最終的には耳元で響いていたそれは、鼓膜を伝い、思考へと響き渡り、
家族≠セからという理性の砦を打ち砕いた。
「…母さん、姉貴は…」
数日が過ぎた後、その間に癖にでもなっていたかのように口にしていた言葉。
それを今日もまた、口にする。
…けれども返ってくる言葉もまるで決められたパターンのように同じだった。
「まだ、本調子じゃないみたい。
でもさすがに一週間も続くと心配だから今日病院に連れて行くわ。」
「………」
姉は、
あの日からずっと体調不良が続き、学校を休み続けていた。
食事もまともにとってはおらず、睡眠すらまともにとっていないようだった。
―――日に日に弱っていくようだった。
何故そんなに病んでいるのか解らない。
けれどもその理由の片鱗が、自分にあるようにも思えた。
数日前の異変から抱いていた罪悪感がまるで具現化して、それを押し付けるような姉の姿に多少の苛立ちすら覚えた。
「………」
「!
サソリ?」
「…姉貴の様子見て来る」
「でも今寝てるかもしれないわよ?
無理に起こさないであげてね?」
「………」
その苛立ちに導かれるように廊下を進む。
後ろで聞こえた母の声に適当に頷き、一つの部屋の前で止まった。
しんとしたドアの向こう側は、無人ではないかと思うほど静まりかえっている。
同じ家の中にあるはずのその部屋が、まるでそこだけ異質な空間のように思えて息を呑んだ。
そして軽くノックをして「入るぜ」と一言声をかけドアを開ける。
「………、なに、」
「………!」
乾いた唇が紡いだかすれた声。
黒く陰った瞳が向けられ、心臓が飛び跳ねた。
「…学校、遅れるよ」
「!」
「彼女…待たせてるんじゃないの…?」
「………!」
その言葉に目を見開く。
確かに最近付き合い始めた女がいる。
…それもまるで姉の行いを無理に忘れるかのように。
特に隠していたわけでも、ましてや知られていたからどうという訳でもないのに、何故かいいようのない不快感と罪悪感に襲われた。
「女の子待たせるなんてサイテーだよ」
「うるせーよ」
「最低男ー」
「ぶっ飛ばすぞ」
「うっわ、病人相手に酷い。
ていうか女の子相手にぶっ飛ばすぞとか…この絶対零度の冷血男。」
「誰が女の子≠セよ。」
「―――、」
「……!」
マズい。
直感的に理解した。
ベッドの中の細い肩が大きく震え、自分の今の言葉に何故か傷付いたように思えた。
謝ろうと頭の片隅に浮かんだ考えはけれども、今まで幾度としてじゃれ合いのケンカのたびに口にしていた言葉に思いとどまる。
何故、今更こんな言葉に傷つくのかと。
それがますます苛立ちに拍車をかける。
そして無意識にベッドに近寄り布団を引き剥がした。
「!
ちょ…何す…」
「姉貴こそ何だよ」
「は…?」
「人のこといいようにおちょくりやがって…
何考えてんだよ」
「………」
「おまけに自分が傷付いたような顔までしやがって…」
「…………」
「そんなに罪悪感背負わせるほど弟が嫌いかよ?」
「アンタは私が嫌いみたいだけどね」
「―!!」
「いいじゃない?別に…
私は嫌ってくれた方がむしろ安心する。」
「何言って…」
「意味ないのよ」
「?」
「こんな…私≠ノは価値なんてない…」
「………!!」
「…私は…」
ゆっくりと向けられる自分と同じ瞳。
跳ねた鼓動。
鷲掴みにされたような感覚に陥る心臓。
―ザワリと背を這い上がるこの感覚は、一体何なのか。
「愛されたかった=v
消えそうな声を紡ぎながら自分へと伸ばされる腕。
胸の辺りに感じる重みから薫る香りは、まるで彼女を別人のように認識させた。
脈打つ鼓動はただ大きさを増していく。
「………―、」
無意識に、音にはならずに零れた名前。
今まで「姉貴」としか呼んだことのない唇は、彼女の名前を呼んだことにひどく乾いていた。
姉弟なのに?
こんな感情、錯覚だ。
理性が唯一、現実の理へと精神を引き止める
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後書き
そろそろマズい展開へと話を進めようか思案中…
20090430