darkness


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「―――っ!」



唇に触れているモノが何なのか、理解してはいけない。

直感的に理解した。

だって普通ありえないだろ。こんなの。

だってオレたちは姉弟で、血が繋がってて、肉親で、家族で。

そういった間柄なら、遊びでだってやらないだろ。

そこらへんにいるヤツらに遊びや気まぐれでやったとしても、実の肉親に自らやるなんて、ありえないだろ…。





「………、」




唇が離れる。
眼前にあるのは、自分と同じ、琥珀色の瞳。
自分とよく似た顔。
十六年間、ひたすらに追い掛けて、純粋に姉として慕っていた女。





「………!」




唇を離したと思えば、何も言わずに去っていく背中。

何だ?何なんだ?何考えてんだよ?

訳が分からず呆然と宙を凝視する。
同時に聞こえたパタンという音。
それが姉がこの空間から去り、ドアを閉めたのだと理解するのに少しの間があった。

そして理解すると同時に、胸中に得体の知れない感情がこみ上げてくる。

罪悪感のような、虚しさのような、落胆のような、熱くて冷たい何か。

ただ一つ、言えることがあるとしたらそれは











今まで築き上げられてきた憧憬や敬愛が、ぶち壊されたこと――。

























――――――――――
――――――――――











「サソリ!夕飯できたから姉さん呼んできて!」

「!」



リビングに響き渡る母の声に我に返る。

同時に「姉さん」という単語に、過剰に反応して心臓が飛び跳ねた。

けれども必死に平静を装い、姉の部屋へと向かう。


―――脳裏には駒送りのように、ゆっくりと幾度も昨日の光景が繰り返されていた。

昨日の姉の行動の意味が未だに分からない。
しかし今日、彼女は一言も自分と口を利こうとしなかった。
ならば自分がした事の重大さの意味くらいわかっているはずだ。



「………っ」



唇を噛み締め、足を止める。
目の前にはドア。
今までは何の躊躇いもなく開けて当然だったもの。
今までは何の遠慮も不安もなく、声をかけられたもの。

けれども握り締めた手のひらにはジットリと汗がにじむ。
心臓が早鐘を打つ。

そうして大きく息を吐き出し、覚悟を決めてドアをノックすれば、ドアの向こうからはいつも通りの声が「どうぞ」と返ってきた。










「なに?
残念だけと今日は数学でも古典の気分でもないよ、弟よ。
強いて言うなら日本史の気分だね。」



ドアを開けた先にいるのは、机に向かい、こちらに背を向ける姉の姿。
そのいつもと何の変わりもない姿に、かすかな安堵が広がる。
そしてそれと問いただそうとするかすかな勇気が生まれた。

そして口を開く。




「姉貴、」

「あ、違う。
今日はやっぱ英語だ。」

「姉貴」

「…いや、現代文かな…」

「…何で昨日…」

「…………」

「何でだよ」

「………、だからわざわざ今日は私から話しかけなかったんじゃない。
…弟思いな姉を持ったもんだね、サソリ」

「んな後ろめたさ抱くならなんでだ」

「何でだろうね?」

「オレたち姉弟だぞ?」

「知ってるよ」

「遊びなんかであんなこと弟にするのかよ」

「…………」




“遊び”

その言葉に小さな背中がかすかに揺れた。

そしてゆっくりと、こちらに向けられる自分と同じ瞳。






「……サソリはどっちがいい?どっちが嬉しい?
遊びなのか、本気なのか」

「なに、言ってんだよ」

「ほら、私は優しい“姉さん”だから。弟の君に選ばせてあげるよ。」

「ふざけんな!
オレはんなの聞いてんじゃねぇ。何であんなことしたのか聞いてんだよ!」

「…………」





怒気を孕んだ声が、四角い空間に響いた。

ほんの僅かな間だけ、時が止まったかのように静寂に満たされる。

しかし目の前にある琥珀色は揺らぎもせず、自分を見つめる。

それに再びドクドクと早鐘を打ち始める心臓。





「……本当に…私はなにしてんだろうね…」

「!」




苦笑混じりに呟き、椅子から立ち上がる。
そしてゆっくりと自分の前までくる女。

姉と言えど、もう自分の方が背が高い。

今までずっと追いかけてきた彼女の背中は確かに大きかったのに、いつの間に自分が追い越したのだろう?

いつの間に、遠く見上げていたこの人を、すぐ目の前で見下ろすようになったんだろう?








「ヘテロ…」

「!」

「それが、理由だよ」

「どういう…、…!」




―ドサッ




鈍い音に、ベッドがギシリと軋む音が重なる。

重みに沈んだ柔らかいシーツの上で、視界が反転したことに気付いても何が起こったのか理解ができなかった。

そして目の前に広がる天井のみの風景の中に、自分と同じ瞳の色を持つ女の顔が映る。



そして姉は妖しく輝く瞳を細めて言った。









私たちは姉弟である前に“男”と“女”だ





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後書き

ノリで書いてしまった過去拍手「失楽園」の続編です(汗)
何気に危険な要素がたくさん←
 

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