短編

□Let’s hope it’s a good one, without any fear.
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 師走、とはよく言ったもので。お坊さんどころか、この時期は毎年、スーツ姿のサラリーマンも制服姿の学生も可愛らしく着飾った女の子も、誰も彼もが急ぎ足で街を征く。待っているのは家族か恋人か、はたまた終わっていない年末調整か試験勉強か。予定のネガポジ如何に拘らず、年末というのは熟すべきタスクが異様に多いのだ。新年まで1週間も無いなんてとんでもないタイミングで生まれてくれたなこの野郎、とキリストに恨み言を漏らすくらいには。

 だからこそ。

「あ、この曲すきだ」

 思わず漏れた台詞は独り言のつもりだったのだが、隣でフェンスに腰掛けてコーヒーを啜っていた男が、ユキにつられて顔を上げた。

「あ?」
「これ。めりくり〜あけおめ〜、みたいなやつ。誰の曲だっけ」
「…ジョンレノン。表現アホすぎて引くわテメェ…」
「歌詞直訳しただけじゃんか」

 クリスマスツリーの足元のスピーカーから流れてくるのは、この時期なら必ず一度は耳にするクリスマスの名曲だ。怒るでもなく呆れるでもなく本当に引いた顔をしているクラスメイトに裏拳を繰り出すが、難なく止められ押し返される。

「なんかいい感じに雑で好きなんだよね。クリスマスと新年まとめて祝っちゃえ〜って感じがさ、とても合理的だと思う」

 キリストの生誕も新年もどちらもめでたいんだから、祝うイベントは一度でいいだろう。むしろ中間、28日あたりでどちらを祝うか国民それぞれが選べばいい。それなら自分はクリスマスの方を祝いたい、だって装飾が可愛い、あーでもお茶子ちゃんの誕生日はちゃんと27日当日に祝いたい。『Merry Xmas, and a happy New Year』と繰り返される歌詞を槍玉に挙げて好き勝手熱弁していると「だーうるっせえ!」と空になった缶が飛んできた。

 パシリと受け止めたコーヒーの空き缶を数メートル先のゴミ箱にシュートして隣に向き直ると、さらにもう一段階引いた顔がユキを見下ろしている。

「つーかてめ、この曲のタイトル知らんのか」
「え?しらない。まぁメリクリ的なやつっしょ」
「……」

 ぐっと唇を歪めて(たぶん様々な罵倒ワードを飲み下して)から、ため息をついた爆豪がユキから視線を外した。その視線を辿ると、例年なら人でごった返す繁華街の広場の中心で、置いてけぼりを食らったようにぽつんと佇むクリスマスツリーがいる。

「…『Happy Xmas,War Is Over』」
「……」
「『戦争は終わった』、だ」

 白い息と共に溶けたそのタイトルと、ツリーを真っ直ぐ見つめる横顔に、一時言葉を失う。

 煌々と輝く電飾が目に痛いのは周りの建物に灯りひとつ点いていないからで、置いてけぼりに見えるのは、お坊さんもサラリーマンも学生もカップルも見当たらないからだ。行政と流通の主要都市から優先的に進められている復興はまだ及ばない街の方が多く、未だ住人が帰らないこの街では、あのクリスマスツリーだけが静かにこの夜を祝っている。

 合理的?そんなわけがない。でも、この街にクリスマスツリーを飾ってこの曲を流したどこかの誰かには、心の中で感謝した。ハッピークリスマス。元通りには程遠いかもしれないけど、傷は残ったままだけど、あんな風に理不尽に奪われる日々は終わったのだと、あのツリーが声高に謳っていた。

「…ばくごー」
「うっせ」
「まだなんも言ってない…」

 体温を感じるには少し遠い、距離およそ30センチ。隣を見上げると、イルミネーションが反射する鮮やかな赤もこちらを見下ろしていた。何を言えばいいのか分からず、僅かに開いた口から白い息が漏れる。先の戦いを今さら労いあうのは違うけど、今こんな風にクリスマスツリーを眺めていられるのは少なからず、目の前のこの男が皆の希望を紡いでくれたからだ。お疲れさま、はやっぱり今さらだし、ありがとう、はちょっと照れくさい。でも何か伝えなきゃいけない気がしたりして。

「えーっと…」
「…あンだよ」
「………」
「………」

 静かな夜の街で、煌めくクリスマスツリーを前にして二人きり。

 沈黙が続けば続くほど、冬の空気が脳の芯を冷やしてしまった。シチュエーションだけ見ればカップルのそれだ。たぶん目の前の爆豪も同じことを考えていたのだろう、眉間の皺ががじわじわと深くなっていく。しかし視線が逸らされることはない。だからユキも逸らせないまま、生ぬるい微妙な空気が流れること数十秒。

「……クソネコ」
「な、に」
「…てめぇは」

−−−ジリリリリリリ!!!!

 揃って飛び上がってユキがポケットからスマホを引き抜くまで二秒と無かった。なんかこんなん前もやらなかったっけ?頭の端でデジャヴを感じつつ「ハイこちらパンサー!」と電話口に向かって叫ぶと『うるさっ』と耳郎の笑う声がした。

『おつかれー、今大丈夫?』
「うん!全然!めちゃくちゃ大丈夫!」
『そんなに?』

 耳に押し付けたスマホの向こうを横目で盗み見ると、爆豪はもうクリスマスツリーに視線を戻していた。横顔がどこかぶすくれているのは気のせいだろうか。…下唇が僅かに突き出ているのはそういう事だと思うけど。

『二人とも今晩帰ってくるでしょ?』
「うん、もうすぐパトロール終わるよ」
『猫堂とかっちゃん出たん!?』
『かわってかわってー!』
『あっちょ、コラ!』

 電話の向こうでなにやらわちゃわちゃと揉み合う声がしたあと、聞こえてきたのはいつも通り騒がしい上鳴と三奈ちゃんの声だ。

『おつおつー!お前らコンビニ!コンビニ寄ってきて!』
『もーチキンならなんでも可だから!』
「はい?」

 話が見えないもののひとまずスピーカーに切り替えると「アホ…」と爆豪が吐き捨てる。こちらとの温度差など梅雨知らず『全チェーンはしごしてきて』とか『常識の範囲内で買い占めてこい』とかそれはもう好き勝手喚き散らす声がしばらく続いた後、それらが少し遠くなって耳郎の声が戻ってくる。

『ごめんごめん、今やろうって決まったとこだから興奮してて』
「うん興奮は伝わってきたけど。なにごとさ?」
『クリパだよ、クリパ』
「クリパぁ?」

 予想だにしていなかった三文字に、先ほどまでの微妙な空気も忘れて爆豪と顔を見合わせる。あの戦いから一年も経っていない今、雄英ヒーロー科はインターンという名の復興支援と授業を行き来する毎日で、一年次のようなイベントごとを楽しむ余裕はとてもじゃないが無いのが現実だ。

『今日ならA組みんな揃いそうでさ。さすがに去年みたいなパーティは無理だけど、コンビニでホットスナックとかケーキとか買ってきてお祝いしたいねって』
『ヤオモモがサンタ帽作ってくれてんの!いま!』
『ちょ、もー、ウザい!じっとしてな!ハウス!』
『ひでえ〜!』

 たぶん電話口にまとわりついてきた上鳴を振り払ったのだろう、いつもの漫才とみんなの笑い声が遠くから響いてくる。

『そういうことだから、帰りコンビニ寄れそうならそれっぽいもの調達して来て欲しいんだよね。お願いしていい?』
「………ふ、」

 スマホの向こうの情景があまりにも容易に想像できて、それが一年前と何も変わらないことに安堵して、思わず笑いが漏れた。無意識に伸ばした手が爆豪のコスチュームの足あたりの布地を掴んで、きゅっと握る。

「おっけ任せて。爆豪と全コンビニチェーン回るわ」
「オイ勝手ほざくな、俺ぁやんねーぞ」
「聞いた?爆豪も喜んでるよ」
「オイコラクソネコ」
『ほんとだ、超喜んでる』
「やんねーっつっとんだろ耳コラ…!」

 威嚇する小動物みたいなクラスメイトを横目に、笑いを噛み殺しながらお互いにあとでね、と言い合う。しかし電話を切る直前、一度遠のきかけた耳郎の声が『あ、ジョンレノンだ』と言って戻ってきた。どうやらこちらで流れている音楽が聞こえたらしい。

『いい曲だよね』
「…そうだね」
「……」

 そのまま耳郎が口ずさんだフレーズに耳を傾ける。誰かが祈りを込めたクリスマスツリーが照らす廃墟の街に、心地よいアルトが溶けていく。その情景を、ユキと爆豪はしばらく並んで眺めていた。

 来年は幸せが来るといい。たくさん辛い思いをした人がいる分、その人達にたくさん幸せが還るといい。それが顔も知らないどこかの誰かでもいいけど、我儘を言わせてもらえるなら、寮で待つ友人達と、隣にいるこの人に。

 −−−Let’s hope it’s a good one, without any fear.



202312,Merry Xmas!


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