短編

□楽園にて
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「「共通夢」」

どうやら、そういう個性にかかっていたらしい。

寮の共有スペースでクラスメイトの視線を一身に浴びるのは、その共通夢と言う個性に当たってしまった自分と猫堂だ。

「発動時に半径3メートル以内にいる人間を強制的に眠らせて、同じ夢を見せるという個性だそうだ」
「人体に害はないと相澤先生が判断されて、寮にお連れしてしまいましたが…お二人とも、ご気分はいかがですか?」
「あぁ、なんともねぇ。ありがとな」

倒れた自分達をクラスメイト達がひとまず寮に担ぎ込んで、そのままソファに座らされて1時間ほど眠っていたらしい。飯田と八百万の心配そうな声に笑って応えると、他のクラスメイト達もいくらかほっとしたようだった。心配をかけてしまったようで少し申し訳ない。実際身体はなんともなく、隣の猫堂も「めっちゃよく寝た気がする」と呑気に伸びをしていた。

「誤爆しちまった女子、スゲー謝ってたぞ」
「凄い個性だよね…!強制的に眠らせるっていうだけでもミッドナイトと同じくらい強力だけど、さらに夢を見せるってことは脳波にも影響を与えるわけで…2人とも、どんな夢をみたか覚えてる!?」

苦笑する瀬呂の横から、緑谷が勢いよく飛び出してきた。手にはいつものノートがしっかり握られていて「デクくんぶれへんね」と麗日が遠い目をする。

「いや、かなり不安定な個性らしい」
「不安定?」

緑谷の問いかけに、飯田が頷く。

「全く同じ夢とも限らないし、眠りに落ちる時間にもばらつきがあるんだと言っていた。今回は短時間で目が覚めてよかったよ」

飯田の台詞に、へぇとか面白いとかクソ雑魚個性とか、クラスメイトがそれぞれらしい反応を示した。なるほど、強力は強力でもミッドナイトの個性ほどの確実性が無いなら、実戦で使うのは難易度が高そうだ。そして数秒後、再びクラスメイト達の視線が集まる。

「で?」
「どんな夢だったの?」
「どんな…」

猫堂と顔を見合わせて、同時に首を傾げた。

夢。確かに夢を見ていた気がする。少し怖くて、でもほんのり温かい気持ちになって、割と楽しくて、懐かしい気がする夢。見つめあったまま逡巡して、猫堂と同時に口を開いた。

「水族館?」

見事にシンクロしたキーワードに、皆がおーなんて緩い歓声を上げた。

「すごいね!本当に同じ夢みてたんだ!」
「でもなんで水族館?」
「さぁ…よく覚えてないけど…」

猫堂が腕を組んで視線を宙に彷徨わせる。部屋の照明がまつ毛の隙間を通って赤銅色の瞳に写り、そこにふと青い光が反射した、気がした。

−−−私は焦凍くんすきだよ。

「……あ」

不意に思い出した台詞をきっかけに、夢の内容が映画の早戻しのようにいっきにフラッシュバックした。

「ぶ、」
「へ、なに」
「いや、夢、思い出して…お前、らしすぎ…」
「えぇ、そんな笑うような夢だっけ…?」
「なになにー!?どんな!?」

年の割にませた雰囲気も、力強く引いてくれる小さな手も、言葉の裏に不器用に混ぜられた優しさも。思い出せば思い出すほど、猫堂の小さい頃なんて知るはずがないのに、なんて彼女らしいんだと笑えてくる。体育祭のあと病院で会った時だってそうだった。前にも後ろにも進めずにいた迷子の自分が踏み出せたのは、彼女の少し強引な手に引かれたから、もとい、背中を引っ叩かれたからだ。

当の猫堂はまだ夢の内容をよく思い出せないらしく、芦戸にぐらぐら揺らされながら眉間に皺を寄せている。

もしあの頃、自分と猫堂が出会っていたら、人生は変わっていただろうか。話してくれるまで待つと決めた彼女の過去と、自分の過去、お互いの背負うものを分け合って、少しでも楽になれたりしたのだろうか。…なんて、とりとめのない妄想だ。

「だーめだ、全然思い出せん…」
「えーつまんない。もっかい誤爆してもらいに行く?」
「そんなおかわり感覚で個性かけられに行くんじゃないよ」
「ご飯無料だしもう一杯いっとく?的な」
「ラーメン屋に最初に白米置いた人って天才だよな〜」
「分かる〜」
「待ってなんの話?」

流れ着いた下らない話題に皆が笑って、ハイツアライアンスはいつもの緩い空気になる。昨日も今日も、たぶん明日もこうして皆は笑っているのだと、理由もなく安心できる、そういう場所に今いられて良かったと思う。自分も、彼女も。

手を伸ばして、猫堂の肩に触れる。夢の中で猫堂が自分にしたように少し強引にこちらを向かせる。

「…またデートするか、ユキちゃん」

なんとなくそう呼んでみたのは、夢の中とこの現実が全くの別物だと思いたくなかったからかもしれない。しかしケラケラと笑っていたクラスメイトの空気が一瞬で凍りついて、目の前の猫堂の顔が何故か青くなってから赤くなって電源の落ちたロボットみたいに硬直した瞬間、ちょっとマズったかなと思った。

「…え!?え!!?」
「なになに!?急展開!!」
「…いや、夢の話だぞ」
「だからどーいう夢なのって!!」
「猫堂顔あっか」
「どーいう夢なのってばー!!」

共有スペースがにわかに騒がしくなった。猫堂は「マジ轟無いわ…」と言ったきり、芦戸と葉隠に詰め寄られても貝のように口を閉ざしてしまった。そこまで怒らせるようなことを言ったつもりは無かったのだが、壁と同化しそうなくらい壁際に追い詰められている様子はちょっと面白くて、笑ったらスリッパが飛んできた。

少しでも地続きであればいい。
夢の中で感じた、一緒にいてくれるという心強さが、この先も自分達の背中を押してくれたら嬉しいと思う。



楽園にて


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