短編

□きみはともだち
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「うあ〜っ、寒すぎ!」

季節は12月の半ば。

キンと冷えた隙間風がスカートを揺らして、ユキが身震いする。確か、来週には雪が降るとか言ってたっけ。

「スカートがそんなだからだろ」
「む」

隣に並んできた轟が、そう言ってエレベーターのボタンを押した。

師走の最中もインターンは続いている。パトロール中に万引き犯を捕まえたはいいものの、その過程で爆豪が近隣のキャバクラの看板を破壊、止めようとした緑谷がさらに窓ガラスを割るという誰も得しない二次被害が出て、現在2人は相澤先生からリモート説教を受けている。

ユキと轟は、2人の代わりにキャバクラ店に謝罪、併せて敵被害申請書やらなんやら(壊したの爆豪だけど)を渡した帰り。あの幼馴染ズの尻拭いも手慣れたものだ。

件のキャバクラ店は古い雑居ビルの8階。
ホールで、エレベーターが上ってくるのをのんびり待つ。

「分かってないね轟クン、ジョシコーセーのスカートは短いからこそ価値があるのよ」
「じゃあ麗日みたいにタイツ履けばいいじゃねぇか」
「私はこっちの方が似合うの!生足ハイソ!」
「分かんねぇ…」

チーン、と軽い音とともにエレベーターの扉が開く。先にエレベーターに乗り込んだ轟が、振り返って一言。

「お前は別に、何着ても似合うだろ」

踏み出そうとした足が、変な位置で止まった。

開くボタンを押して待っている轟が、固まっているユキを見て首を傾げる。

「乗らねぇのか」
「…乗るよ!もう!」
「なに怒ってんだ」
「怒ってませんけども!」

ユキが勢いよく乗り込むと、狭い箱がぐらりと揺れる。

ちょっと前までは「あんたそゆこと不用意に言わない方がいいよ」「なんでだ」「分かってないなこの朴念仁め」「?」と、ユキが轟をからかって終わりで済んでいたのに。

「…あぁ」

エレベーターが閉まって、腕が触れそうで触れない距離で隣に立つ轟が、ひょいとユキの顔を覗き込んでくる。

「怒ってんじゃなくて照れてんのか」
「照れても!!いませんけども!!!」
「そうか?」

ふ、と溢れるように轟が笑う。腹いせに轟の脇腹を小突いたが、軽く避けられてしまった。

(もー、調子狂うなぁ…!)

このド天然王子の突拍子もない言動は今に始まったことじゃない。

ただ、なんというか、最近やけに見られている°Cがするのだ。リップの色を変えれば「くち、色ついてんのか」と言い、髪型を変えれば「あたま、今日はそれなのか」と言う。挙げ句の果てには、

−−−いいな。

そう言って笑うのである。

(いいって、なんなのさ…)

容姿に関しては正直褒められ慣れているユキだが、轟のソレは褒め言葉≠ニいうより肯定≠ノ近い。だからこそ上辺だけの言葉ではなく、轟の本心であることが分かってしまって、どうしようもなくむず痒いのだ。

「…轟、最近どうしたの?」
「なにが?」
「いや、なんか…やけにこう、褒めるじゃん、私のこと」

単刀直入に聞いてみると、轟が黙り込んだ。いつものシンキングタイムだ。

箱がゆっくりと下りていく感覚。古いエレベーターだからか、はたまた沈黙のせいか、やけに遅い気がする。

「…そうだな、褒めてる」
「意図的なの!?やだ、なに、新手の嫌がらせ?」
「ちげぇよ。お前の反応が、っ」
「っわ!?」

−−−ガッッッタン。

明らかにそんな音がして、衝撃の直後、体にかかっていたあの独特の重力の感覚がじわりと消えた。

脊髄反射で、轟と背中合わせに身構える。敵襲にしては人の気配が無い。さらに、近くでするはずの機械音も無い。

エレベーターが止まったのだと理解すると同時に、次は頭上の照明が明滅を始めた。

「お」
「ちょちょちょ、え、待って!」

ユキの制止の声など届くはずもなく。何度か明滅を繰り返した後、プツンと照明が消え、周囲が真っ暗になった。

「え、ええ〜…停電…?」
「もしくは故障だろ…相当古いビルだしな」

すぐ隣で轟の声と、ポケットを探る気配。ユキもポケットからスマホを取り出して、轟と同時に画面をスライドする。

「……圏外」
「あーまぁエレベーターだもんね…素直に助け呼ぼっか」

ユキが操作板に近づき、『非常時』のボタンを押し込む。が、ボタンはうんともすんとも言わない。

「あ、あれ?かったいなコレ…」
「貸せ」

顔の右側からにゅっと腕が伸びてきて、轟の指が同じく非常ボタンを押す。少し首をかたむけて、ユキもその様子を見守ることにする。

「………」
「………」

びくともしない。

ちょっとイラッとしたのだろう、轟がスマホの角を叩きつけるようにボタンを押す。ガンガン叩く。…びくともしない。繰り返すこと1分。

「ま、マジかぁ〜」
「参ったな」
「非常ボタンが非常時に作動しないってどーよ!?」

古いにしても管理が杜撰すぎやしないだろうか。八つ当たり気味に叫んで轟を見ると、早々に壁に背をつけて座り込んでいる。

「仕方ねぇ、緑谷達が探しに来んの待つぞ。書類渡しに行くだけでこれだけ時間かかってりゃ、流石に様子見に来るだろ」
「えぇ、篭城〜…?」
「待機だ」

しかし、現状そうやって助けを待つしか方法は無さそうだ。ため息をついてユキも腰を下ろそうとしたら、手をぐいっと引かれる。

「っとっと、え?」
「こっち座れ」
「おわ、」

バランスを崩されつつ落ち着いたのは、轟の左隣だった。肩から肘のあたりまでがぴたりと触れ合う。そこからじんわりと熱が伝わってきた。

「寒いんだろ」
「あ、おぉ、ありがと」

あぁ、だから右じゃなくて左。最低限すぎるワードで彼の意図と親切心は理解できて、大人しくそこで膝を抱えることにした。

狭い箱の中とはいえ、季節は真冬。そう長く耐えられそうにもない。

「はー…相澤先生、早めに説教切り上げてくれるといいなぁ」
「結構キレてたな」
「先週も商店街のアーケードぶっ壊したとこだもんねぇ」
「…猫堂、トイレとか大丈夫か」

突然、話題が明後日の方向にぶっ飛んだ。
ぎょっとして隣を見上げると、至極真面目なイケメンがいる。

「うっわ突然超現実的な話すんじゃん!デリカシー0!」
「非常時だからこそ重要だろ」
「まぁそうだけど…私は大丈夫、って轟もしや、」
「いや、俺も別に大丈夫だ」
「驚かせないでよ…流石に気まずいよ…」
「…痛覚みてぇにそういうのもコントロールできんのか?」
「尿意は遮断したことないよ膀胱炎になっちゃうよ」
「それもそうか」

数秒の沈黙が降りて、じわじわと状況のシュールさが身に沁みてきた。

エレベーターに閉じ込められて助けを待つしかない、この非常時の会話の着地点が、膀胱炎。

「っふ、ふふ…」
「わりぃ、変な話した」

そう言った轟の声も笑っていて、ついにユキは耐えきれなくなった。抱えていた膝から体を離して、力任せに轟の肩にパンチする。

「あっはっはっは!やめてよ真面目に変なこと言うの!」
「いって、ふは」
「それもそうか、じゃねーよ!あはははは!」
「あー、だから悪かったって」

轟も肩を震わせている。手の甲で口元を隠しているが、口角が上がっているのが隠せてない。入学して1年、随分笑うようになったものの、ここまで笑っている轟は流石にレアだ。

気が済むまで笑って、心臓を落ち着けるように大きくため息をつく。そのまま、抱えた膝に左の頬をつけて、右隣の轟を見上げる。

「はー、笑ったらなんか体あったまった!ねぇ楽しい話しよ、晩御飯何食べたいとか。蕎麦は無しね」

返ってきそうな答えを先回りして封じつつ、答えを待つ。轟はじっとこちらを見たまま黙り込んだ。たぶん蕎麦以外がすぐ思いつかないのだろう。

と、思っていたら。

「反応が見たいからだ」
「は?」

全然、晩御飯のことは考えてくれていなかったらしい。見当違いの答えに数秒悩んで、エレベーターが止まる前の話の続きだと思い至る。

「あんた、話飛びすぎ…」
「いや、そういえば続きだったから」
「いいけどさぁ。で、なに、反応?」

突っ込むのも面倒で先を促すと、轟がエレベーターの天井あたりを見上げる。

「お前、不意打ちで褒められんの慣れてないだろ」

死角から急に殴られたくらいの衝撃だった。咄嗟に言葉を返せないうちに、轟がつらつらと続ける。

「自分で自分のこと可愛いって言ったりする割に、予想外のとこで褒められると結構照れるだろ」
「…う、ぇ、そんなことは」
「そん時の反応が…なんかいい」

なんかいい、で轟がこちらに向き直って笑った。いつもの穏やかな笑顔とはまた違う、擬音をつけるなら『ニッ』て感じの、してやったりみたいな笑顔。

なんの話だっけ。そうだ、ユキが轟に尋ねたんだった。最近やけに褒めてくるのは何故なのかって。それに対する轟の答え、照れてる反応がなんかいい=B

「……っ」

そして、誤魔化しようもなく、ユキは照れてしまった。

「お」
「ちょ、ちょちょ、」
「それだ」
「ぎゃーす!見んなバカ!」

咄嗟に膝に顔を埋めて隠れようとしたが、轟が無理やり覗き込んでくる。あろうことかユキの肘を掴んで、腕をどかそうとしてきた。

たぶん轟的には軽く引いた程度だったのだろうが、かたやパワーS、こちとらパワーDだ。あっけなく体勢を崩されて、真っ赤になっているであろう顔で轟を睨む。愉快そうなオッドアイと視線が交わる。

「タチ悪いぞ、轟焦凍!」
「おう」
「おう、じゃないわ!そもそもアンタのいい≠チてのがよく分からん!可愛い≠ニは違うの!?」

勢い任せに言ってから、しまった、と思った。

細められていた轟の目が丸くなって、ユキの腕を掴んだまま動きが止まる。

なんて事聞いたんだ、自分。別に自惚れるわけじゃないけど、ここでそうだと肯定されてしまったら墓穴じゃないか。いやそういうわけじゃねぇ、といつものようにしれっと答えてほしい。そんな願いを込めて、しかし何故か答えを待ってしまう。

やけに長い沈黙が降りる。暫くして、ユキの腕を掴む轟の手が熱いことに気づいた。個性のせいだと納得しかけて、はたと思い至る。違う。右手だ。

「…あー」

右手でユキの腕を、左手で自分の口を覆った轟が、言葉にならない声をあげた。整った顔がスマホの青白い光に照らされる。おかげで、頬と耳が赤いことが、とてもちゃんと見えてしまった。

「違わねぇ」
「へっ」
「言われて納得した。そうかこれ、可愛い、か」

轟が、自分の感情の答え合わせでもするように呟いた。ユキの脳が自動的に、今まで言われたいい≠変換し始める。

リップも髪型も似合うという台詞も、照れてる反応が可愛いと思ったから、わざと照れさせようとして言ってたってこと?しかも無意識で?褒め言葉なんかより、その事実の方が、よっぽど。

もとより肩が触れ合うほど近くにいたのが、向かい合って、腕を掴まれて、お互いの顔の距離は30センチも無い。訳がわからないほど静かな空間で、自分の心臓の音が太鼓みたいに響く。

「……」
「……」

何故か目が離せない。いつも綺麗だと思っていたライトグリーンの瞳に、自分が映っている。少しずつ大きくなっている、ような。

轟が僅かに身じろぎして、咄嗟に目を瞑ってしまった。

瞑ってすぐ、いやいやなんでだよ、と自分につっこんで、目を開こうとしたその刹那、鼻先に何か触れた。ほんの数ミリ開いた視界の先に、赤と白の前髪があって、




−−−ボガァァアン!!




コミックみたいに2人で飛び上がった。

直後、眩しい光が箱の中に差し込む。目を瞬かせながらそちらを見ると、外の光を後光のように従えてエレベーターの扉の前で仁王立ちする、爆豪がいた。

「オイコラ!紙1つ渡すのにどんだけ時間かかっとん、じゃ」

鬼の形相でそう言いかけた爆豪が、エレベーターの中で額を突き合わせるユキと轟を見て固まった。じりじりと目尻が吊り上がっていくのが、ハイスピードカメラのスロー再生みたいに鮮明に見える。そのまま怒鳴られる、かと思いきや、爆豪はくるりと踵を返した。

「クソデクァ!!帰んぞ!!!」
「えっかっちゃん、轟くんと猫堂さん見つかった!?」
「知るか寧ろ死ね!一生そこ居ろ!ミイラ化するまで居ろ!!」
「はえ!?どゆこと!?」
「クッソ時間の無駄だったわ!!」
「ナンデ!!」

奥で緑谷が困惑しているのが聞こえる。バーニン達サイドキックの声もする。

ゆっくりと隣を見上げると、轟もぽかんとしていた。どうやらエレベーター自体はとっくに1階に辿り着いていて、爆豪が扉をこじ開けてくれたようだ。いつのまにか暖かくなっていた箱の中に、冷たい外気が流れ込んでくる。腕はもう掴まれていなかった。

慌ただしい足音と共に、今度は緑谷が駆け込んでくる。

「あぁー2人とも!良かった、連絡つかないから心配したんだよ!災難だったね、エレベーターの故障なんて、って」

緑谷が、ユキと轟の顔を見て、不思議そうに首を傾げた。

「2人とも顔赤いけど、大丈夫?」
「「 大丈夫 」」

間髪入れずハモってしまった。そっか、でも風邪かもしれないから帰ったらリカバリーガールのとこ行こうよ、と言う緑谷に、轟が歯切れの悪い返事をする。その脇をすり抜けて、ユキはそそくさと轟のそばから逃げ出した。

(…え?いやいや…えっ?)

顔に熱が集まるのを、マフラーで覆い隠す。

照れるとかそういう次元じゃない。ひたすら嵐のような羞恥心が体を駆け巡っていた。

目を瞑った自分も、前髪が触れるほど近くにいた轟も、訳がわからない。なんであんなことしたんだ?轟は、何をしようとしたんだ?

「………うああ、ばぁくごー!!」
「アァ!?」
「助けてくれてありがとちょっと私のこと爆破してくれる!?」
「キメェ!つか一生出てくんなっつったろ!」

お互いの行動の理由は、知りたいようで、でもきっと今は知らないほうがいいのだと、ユキは思考を放棄した。









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