短編

□スター・デイト
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「爆豪くんだよね!体育祭、観たよぉ」
「超カッコ良かったぁ〜」
「…………ドモ」

甲高い声、甘ったるい香水の匂いに、生理的な嫌悪感が募る。最低限の返答は自分的にはかなり大人な対応だったのだが、それでは満足しなかったらしい彼女達は、やれどこがカッコ良かったやら地元はどこなのかやら、矢継ぎ早に問い掛け続ける。

体育祭が終わって1週間と少し。
ウエイトリストを買いに来ただけなのに、職場体験を数日後に控えていてさっさと帰りたいのに、なんだってこんな輩に絡まれなければいけないのか。

「爆豪くんって、2位の子とも仲良いの?」

自分の額に青筋がひとつ浮かぶのが分かった。

「良かったらさ、4人で遊ぼうよぉ!」

青筋ふたつめ。

(なんッッッじゃコイツら…!!)

なんで嬉しくもないナンパをされた挙句、半分野郎の話なんぞされんとならんのだ。あれで仲良く見えてんなら病院に行けと言いたい。

将来有望な雄英生とのパイプ欲しさが目に見えている女子大生らしき2人組は、歩みを止めないどころかどんどん早足になる爆豪に、負けじとついてくる。

「ねぇ爆豪くんってば、」
「ツレないなぁ、照れてんの?かわいい〜」

流石の自分も、初対面の相手に初手から怒鳴り散らすことはしない。

しかし、そろそろ限界だ。
明確に拒絶しないとつけ上がる。

自分の右腕に伸ばされた女の手が、触れる前に掌に熱が集まって、

「−−−勝己!」

今まさに爆発を起こそうとした掌が、ひやりとした感覚に包まれた。

「、ハ?」
「待っててって言ったじゃん、勝手に行かないでよぉ」

爆豪の右掌に手を絡ませて、頭ひとつと少し低い位置からこちらを見上げているのは、後ろの席のクラスメイトだった。

拗ねたように頬を膨らませた彼女が、爆豪を見て、ぽかんとしている女子大生2人を見る。日光の下だと殆ど赤に見える瞳が、スッと細められる。

「あれ、勝己の知り合い?」
「………」
「大学生さんですか?わあ大人っぽぉい、超キレー」

女子大生の周りの、というかここにいる4人の周りの気温が突然数度下がった。

未だにこちらの手を離さないコイツは、露出度の高いショートパンツとレースのブラウスを完璧なバランスで着こなし、クラスメイトに人形のようだと評される顔に満面の笑顔を貼りつけている。すれ違う男達がそれをガン見していく。ここでのコイツの「知り合い?大人っぽぉい、超キレー」は意訳にして「私の方が可愛いけどところでなんか用かオバサン」だろう。

「……あー、雄英の子?」
「ハイ、勝己、あっ爆豪くんのクラスメイトです!」
「へー、体育祭出てた?見覚えないんだけどぉ」

鳥肌が立ってきた。いつまでここにいないといけない。これはなんの拷問だ。

「出てたんですけど、大したことないですよぉ」
「アッ、ベスト8のカワイー子いる!」
「うわマジじゃん!実物やっべぇ」
「ありがとうございます〜!」

女子大生の渾身の嫌味が、通りすがりの男によって粉砕された。そちらに向かってにっこりと営業スマイルで敬礼なんかしやがり(サクラでも仕込んでんのかコイツ)、その時には女子大生2人組はもうこちらに背を向けて歩き出していた。

「……テメェの性格も大概のクソ下水煮込みじゃねーか」
「助けてあげたのに酷い言い草〜」
「頼んでねぇ」

こちらから振り解く前にするりと手を離して、クラスメイトが向き直る。いつもなんやかんや弄り回している頭が今日はハーフアップに纏められていて、緩やかにウェーブした襟足の髪がなびく。

どんぐりのような目が、ニヤニヤと細められている。お嬢様然とした見た目と性格の悪さが相反していて、とても嫌な予感がする。

「爆豪ってナンパとかされんだねぇ」
「……」
「鬱陶しくても話は聞いてあげてたねぇ」
「……」
「これ上鳴に話していい?」
「殺すぞ」

ウゼェ。よりによって一番面倒なリアクションをしてきそうな奴をチョイスするんじゃねぇ。

睨みつけるが、怯む様子などかけらも無いクラスメイトは、笑顔を浮かべてぴっと前方を指差す。その先を辿ると、なにやら若い女がぞろぞろ並んでいる店がある。

やっぱり嫌な予感しかしない。

「爆豪、あれ一緒に並んで」
「なんッッッでじゃ…!」
「知らん?日本初上陸のタピオカの店」
「種類なんぞ聞いとらんわ!」
「いや1人で並ぶとさぁ、キミ暇なのーとかってナンパされちゃうから並びづらいんだよね」
「理由も聞いとらんわ!」

付き合っていられないと立ち去ろうとしたが、シャツの袖をがしりと掴まれる。

「助けてあげたでしょ」
「だから頼んでねぇ…」
「頼まれてなくても結果として助かったでしょ。あのまま個性使ってたら補導だったかもね〜、折角体育祭でもらえた指名、キャンセルされちゃうとこだったかもねぇ〜」
「………」
「まぁいいけど?貸し1つって事にしといても。月曜日が楽しみだなぁ上鳴なんて言うだろうなぁ〜」

人のことをクソの下水煮込みだなんだと笑っていた癖にとんでもない。コイツの方が数段クソじゃないか。

タピオカだかナタデココだか知らん店にわざわざ並ぶなんてまっぴら御免こうむる。しかし、この性悪に貸しなんぞ作って帰るのはもっと御免だ。

薄ら笑いを浮かべるクソ猫の顔を見下ろして、葛藤すること30秒。

「上っ等だクソ猫コラ…」
「おわ!?」

細っこい腕を鷲掴んで、行列に向かって勢いよく引く。転びでもすれば多少笑えたが、難なく体勢を整えやがり、ズンズン進む爆豪に引かれるまま付いてくる。

「グランデだろうベンティーだろうが頼みやがれ…」
「えっ、奢ってくれとまでは言ってないよ」
「っせーんだよこうなりゃ完膚なきまでに貸しなんぞ返し殺したるわ!」
「返し殺っ…ブッハ!」

行列の最後尾に付いたところで腕を放すと、クラスメイトが盛大に笑っている。他の客が何事かと振り返り、こちらの顔を二度見していく。見るな。

「ばくごっ…負けず嫌いもそこまでくると病気だわ!」
「クソが…笑ってんじゃねぇわ…」
「ぶっははは、やばい私今爆豪とタピオカ並んでる、ヒー」
「飲んだらシネ、すぐシネ…」

ナンパ女に絡まれていた時の数億倍腹が立つ。いつもクソ髪や黒目とつるんでケラケラ笑っているアホにナンパ除けに使われていることも、そんなコイツが鳥頭と渡り合うくらいの力を持っていることも、そんなコイツと戦ってみたい気がしていることも、全部腹が立つ。

進まない行列に絶えず舌打ちする爆豪を気にする気配もなく、隣で「爆豪辛党なんでしょ?甘くないタピオカもあるよ」とか「そんなに眉間にシワ寄せ続けてつらくね?」とか、クラスメイトはぺらぺらと喋り続ける。

貸しだとかナンパされていたことをバラすとか、そんなことは勝ち誇った様に話す癖に、その掌が少し赤く腫れている事については何も言わないことが、余計に腹が立った。

(マジで、クッソが…)

あの時、ナンパ女を追い払うための個性は、殆ど発動していた。

その掌を無理に握り込んだコイツが、無傷でいる筈が無いのだ。

「ちょっと、ねぇ、多少のリアクションは返してよナンパ除けの意味ないじゃん働けよ」
「黙れクソ性悪ネコ」
「ネコじゃなくてヒョウね、ヒョウ」

ぱさりと髪をはらって笑うクラスメイトの顔に、陽の光が差す。長い睫毛に光が反射して、キラリと光る。

腹立たしくてたまらない、日曜の午後の出来事だった。





act.36.5_幕間:スター・デイト


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