短編

□distance
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▼ ちょっと未来 たぶん二年生後期くらい





「…おっ?」

時刻は夜中1時をとうに過ぎた頃。

なんとなく寝付けなくて、ホットミルクでも飲もうと寮の共有スペースに下りると、キッチンに見知った顔が立っていた。

「おかえり爆豪、いつ帰ってきたの」
「さっき」

つっけんどんに返事をするクラスメイトは、確か昨日までインターン活動で東京に居たはずだ。めざましい活躍はネットニュースでも頻繁に目にするし、活躍のあまりインターンのくせして夜中に帰ってくることもしばしば。

よく見ると上はTシャツだがスラックスは制服のままで、ソファーにぞんざいにコスチュームのケースやらブレザーやらが投げ捨てられていた。

本当に帰ってきたばかりなのだろう。道すがら、ぐちゃっと落ちたブレザーだけ畳んでソファーに掛けてやり、キッチンに向かう。

「晩ご飯食べる暇もなかったかぁ」
「あのクソジーパン、こき使いやがって…」
「お疲れさーん、ってあ!炒飯作ってる!」

爆豪の手元を見て、思わず大きな声が出て、パッと手で口を覆う。こちらを見もせず「うるせェ」と言う爆豪が、手首を捻ってフライパンを軽く振る。パラパラキラキラとしたご飯が鉄板の上で踊る。

何を隠そうこの才能マン、料理が上手い。というか料理も上手い。その中でも炒飯に関しては、自他共に認めるA組イチ料理上手の砂藤に「勝てねぇ」と言わしめた一品である。

「ギャー美味しそう、ねぇなんでこんなパラパラになんの」
「普通にやってりゃなるわ」
「ならない、こんな卵綺麗にならない。なんでだ…」
「テメェの個性のクセにできねーなら才能ねぇ、諦めろ」
「うぅ…」

傍らで手元を覗き込んでいたら、つーかウゼェ何しに来たと蹴られたので、ようやくホットミルクを作りにきたことを思い出す。

しかし、この炒飯の匂いを嗅ぐと、甘いホットミルクの気分は削がれてしまった。ちょっと迷って、共用の急須セットを手に取る。玉露、と仰々しい文字で印字された缶も手に取る。茶葉は轟が「実家に沢山あったから飲んでくれ」と持ってきたものだ(要するに、たぶんいいお値段する)。

茶漉しに茶葉を乗せて、電気ポットに水を入れようと振り返る、と。

−−−カチャン。

爆豪が右手でフライパンを振りながら、左手で電気ポットのスイッチを入れたところだった。水の目盛りは、お茶1人分にしては多い量を示している。

「あ、ありがと」
「ん」
「轟のお茶、絶対高いよね。市販のやつと味違うくない?」
「シラネ」

お湯が沸くまで手持ち無沙汰になってしまって、再び爆豪の隣に立つ。炒飯はもう出来上がっていて、火を落とすところだった。ちょうど目の前に皿があったので渡してやると、「ん」というお礼でも何でもない音が返ってきた。

皿に綺麗に盛られた炒飯から、ほくほくと湯気がたつ。

「やばい、超美味しそう…」
「デブるぞ」
「だって爆豪お願いしたって作ってくんないじゃん〜、なんか無駄にレア度あるから余計美味しそうに見える〜」
「うるせェ」
「ふぐっ」

ものすごいスピードで口の中に蓮華が突っ込まれた。

咄嗟に閉じた目を開けると、自分の口から蓮華、その蓮華を持った爆豪の仏頂面。口の中でパラパラとご飯がほどける。

「ん、んぐ…ふぁりあと」
「ハッ、間抜け面」
「いやアンタがいきなり…あーでも美味しいさすが爆豪…」
「たりめーだわ」

爆豪がこちらを見もせず、でも少し口の端を持ち上げる。その横顔に、思わず視線が固定された。

丸くなった、と思う。相変わらず粗暴だし緑谷に対して辛辣だが、聞けば答えてくれるようになったし、会話が成り立つ。いやどんな最低限だよ、とも思うが、これでもだいぶ進歩だ。

物思いに耽っていると、ピーという電子音が鳴って、電気ポットから湯気が上がる。とっとと炒飯を持ってテーブルに座る爆豪にもお茶を淹れて、湯呑みを置いてやる。

「はいよ」
「ん」

ほら。ん、だけだけど、返事が返ってくる。懐き始めた動物ってこんな感じだろうか。

無性に楽しくなってきて、自分のお茶片手にわざとテーブルの向かいに座ってやると、ものすごく不審な顔をされた。

「はよ寝ろや」
「1人でご飯寂しくないかなーと思って」
「テメェと一緒にすんなウゼェ」
「爆豪眉間のシワ減ったよね」
「ウゼェ」

言葉は悪いが律儀に返ってくるリアクションが楽しくて、結局爆豪が食べ終わるまで居座ってしまった。一方的にこちらが喋って、爆豪の返事は「シラネ」「ウルセ」が大半だったが、話はちゃんと聞いてくれていた。

最初は喧嘩ばかりだった、ただのクラスメイト。
それでも同じ場所で同じ時間を過ごせば、少しずつ近付くものだと感じて少しほっこりした、深夜1時の出来事だった。



幕間:distance


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