短編

□an Education 17.
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馬鹿でかい音響効果と、瞬く色とりどりのライト。フロアでは観客が酒を飲み煙草をふかし、ステージ上では裸同然の衣装を着た女達が身体をしならせて踊っている。

「…うるせェ……」
「文句言うな、俺だってこういう店は苦手だ」

同じテーブルに頬杖をついているロックロックが、仏頂面で煙草をふかした。既婚者は肩身が狭そうだ。2人ともコスチュームは着ておらず、相澤も普段は着ないようなスカジャンを羽織っている。(借りたマイクから似合わねぇ!と爆笑されたので一発殴った)。

薬の密売人が、今夜この店で取り引きする。そんな情報を得た警察は、ヒーローに協力を要請した。そこで呼び出されたヒーローの中でも、目立たず客として違和感が無いと選出されたのが、自分とロックロックだった。外には警察が待機していて、怪しい動きをした奴は即刻確保される手筈だ。

仕事なので拒否はしない。
…文句は言わせてもらいたいが。

場所は所謂ショーパブ。
こういう騒がしい場所はどうにも苦手なのだ。

「バカ高くて薄い酒飲んで、女が踊ってんの見るだけとは、全く合理性に欠けるな…」
「んだよ、見てるだけじゃねぇなら合理的ってか?」
「持って帰ると後が面倒でしょう、この手の店は」
「はは、違いねーわ」

ロックロックが鼻で笑って、ステージ上の女に視線を戻した。それを辿るように、自分もステージに目を向ける。

中央のステージで踊る、黒い水着を身に纏った女と目があった。目元が仮面のような小道具で隠れているが、足から胸から何から露出が激しい。隠すところが違う。

(……白…)

水着の色のせいか真っ白に見える腰に、赤や緑のライトが反射している。腹の薄さも合間ってまるでスクリーンだ。ちゃんと食べているのだろうか。

彼女がステージ正面のテーブルに歩み寄り、客の男の腕に艶かしく身体を寄せる。男は歓声を上げ、女の露出した胸元にチップを差し入れた。なぜかその間も、女はちらちらとこちらを見て微笑んでいる。

女から視線を外し、目を凝らして辺りを見渡していると、インカムにザザッとノイズが走る。

『店の入口で怪しい2人組を発見。任意同行かけます』

しかしその数秒後、うわぁとか待てとかいう声にノイズが被り、慌てた捜査官の声が続く。

『1人逃走!店内に逃げられました!』
「チッ、何してやがんだ!」

ロックロックと同時に立ち上がり、店の入口に向かって駆け出す。直ぐにフロアのドアが勢いよく開き、1人の男が転がり込んできた。

「キャア!?」
「な、なんだ!?」

客やステージの女達が悲鳴をあげる。男が起き上がるやいなや、フロア中に響き渡る声で叫んだ。

「サツに嗅ぎ付けられた!逃げっ…!!」
「させるかよッ」

捕縛布で口を塞がれた男が容赦なくフロアタイルに叩きつけられ、即座にロックロックが確保する。

次いで、警察達が店内に突入してきた。突然の事態に慌てて店の奥に逃げる客達の中、違う動きをしている人影2つを視界の端で捉える。

1人は非常口に向かってダッシュしている。逃げる気だ。もう1人は、

「う、動くなぁっ!この女殺すぞ!」

さっき、中央ステージの前のテーブルにいた男だ。黒い水着の女を羽交い締めにして、指先から刃物のように伸びた爪が女の首元に添えられている。

「人質にして逃げる気か」
「2人もいたのかよクソ…」

男を確保したまま、ロックロックが悪態をついた。ロックロックは動けない。個性を消しても、人質の安全は確保できない。警察も無闇に発砲できない。

どうする、と脳をフル回転させていた刹那。

「イレイザーヘッド!」

自分を呼ぶ声がしたのと、人質の女が片脚を振り上げたのは同時だった。

その瞬間、ステージには背を向け、非常口に向かって逃げる男を捕縛布で確保し昏倒させる。振り返ると、ステージ上のもう1人は首を妙な角度に曲げて、泡を吹いて既に倒れていた。

掃除でも終えた後かのように手をはたく女の目元から、仮面がカシャンと床に落ちて、一瞬の出来事に静まり返る店内にやけに大きく響き渡った。













「お前は、何を、考えてんだ」
「スイマセン」

明らかにサイズの大きなスカジャンを羽織っているせいで小柄に見える教え子が、肩を縮めてさらに小さくなった。

少し離れた場所で、薬の売人達がパトカーにすごすごと乗り込んでいる。テールランプがちらつく夜の街の片隅、大人の男が水着姿の女の子を鬼の形相で見下ろす絵面。こえーよオイ、とロックロックが苦笑する。

「ミルコが、潜入なら顔バレしてないインターンの方がいいから行ってこいって…こんな任務だと思わなかったんですよぅ」
「依頼の内容は潜入と確保のサポートだろうが。何を積極的にサービスしてんだ」
「だって怪しいやつ見つけちゃったんですもん!ぶっちゃけ途中からちょっと楽しかったです!」
「反省文10枚!3日間寮の共用部の掃除!」
「そんなぁー!」

相澤に縋り付いた拍子にはらりと肩からスカジャンが滑り落ち、黒い水着姿が晒される。周囲の刑事がギョッとして目をそらして、何人か二度見した。

彼女の仕事は、相澤と同じく潜入と犯人の確保のサポート、だけのはずだった。

しかし作戦中、怪しい素振りの男を見つけてしまった。そこで周囲を警戒しつつ、その男のそばを離れないようにしていたらしい。必要以上のアピールもサービスも、その為だったようだ。

「…あのな」

三度見しようとする刑事を睨み、落ちたスカジャンを拾い上げて再び羽織らせる。

「猫堂、お前いくつだ」
「じゅうなな…」

前にしゃがみ込んで顔を見上げると、拗ねたような表情で相澤を見る。こうして見ると、学校で制服を着ている時と変わらない、勉強が苦手で手のかかる教え子だ。

「仕事だったのは認める。だがリスクを考えろ。どういう目で見られてたか分かってるか?自分を安売りするような真似するな」
「う…そんなつもりは」
「つもりは無くてもそうなってる」

数秒黙って、ぼそぼそと「もうしません」と答えた猫堂の頭を撫でる。

「男を誘惑するような仕事を未成年にさせるなと、ミルコには俺から言っておく」

乱れた前髪の隙間から、まぁるい目がこちらを見た。少し首を傾げると、はだけた白い肩に髪がするんと流れた。

「されました?」
「は?」
「誘惑」

ポクポクポク、と木魚の音でも流れてきそうな空白ができた。

なんと返そうか迷った時点でアウトであることは分かっている。しかしその時には既に、脳裏に先ほどの記憶がフラッシュバックしていた。

ライトが反射する白い肢体、折れそうな細い腰。

「……お前な、」
「あと近かったんで普通に会話聞こえたんですけど、実際に持ち帰ったことあるんですか?面倒って体験談?」
「よほど謹慎にされたいようだな」
「アッうそ、やっぱ無しで!」
「とっとと着替えてこいバカ」

慌てて踵を返す彼女から視線を外すと、ロックロックがパトカーに寄りかかってニヤニヤしていた。

「イレイザー、沈黙と肯定は同義だぜ」
「そんなわけないでしょう、ガキですよ…」
「ガキだが、微妙だろ17は」

微妙ってなんだ、微妙って。ロックロックを睨むが、どこ吹く風といった感じだ。むしろ全力で面白がられている。

(何焦ってんだ、俺は…)

随分前にマイクが「女子って制服着てねーと雰囲気違って分かんねーよな」とかなんとか言っていたことを、何故か今思い出した。





幕間:An Education 17.


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