短編

□Liver as if you were to die tomorrow
1ページ/1ページ




雄英高校が全寮制となってから、教員用の住居も雄英の敷地内に設けられることとなった。

もとより利便性のために近くに住んではいたし、そもそも学校の仮眠室で夜を明かすことが多かったので、大した変化は無かったのだが。

「あ、先生お帰んなさい、ねぇお土産何がいいですか?」
「…お前はまた……」

ポーチの階段に座っていた猫堂に、相澤が頭を抱える。

寮制開始前は、帰ってもやることが無いなんて言いながらダラダラと学校に残っていた奴だが、寮制が始まった今もどこかをぶらついている事が多い。B組の生徒と話している時もあれば、マイクにお勧めの音楽を聞いていたり、スナイプの射撃訓練場に居たり、ミッドナイトとお茶していたり、サポート科の発目となにやら危なげな動作実験をしていたり。

最近に至っては、こうして教員寮にふらっと現れるようになった。これはアレだ、やることが無いとかじゃない、こいつが放浪癖持ちなだけだ。

「何してんだ、さっさと寮帰って荷造りしろ」
「終わったんだもんー、まだ皆わちゃわちゃしてるけど」
「じゃあ他のやつ手伝って来い。八百万あたり、あれもこれも持っていこうとして苦労してんだろ」
「さ、さすが…なんで分かんの先生…」

歩み寄ると、階段から腰を上げた猫堂が目の前にずいっと何かを突き出してくる。身を引いて焦点を合わせると、カラフルな旅行雑誌。

お土産何がいいですか、という先ほどの質問に合点が行く。

「あのな、遊びじゃないんだぞ」
「分かってますって、『次世代のヒーロー育成プロジェクト』でしょ?島ではちゃんとやりますけどー、先生来れないの寂しくないかなって」
「問題児たちが手から離れて助かる予定だ」

次世代のヒーロー育成プロジェクト。
ヒーロー公安委員会からのお達しで、クラス単位の雄英生が各地に派遣されるプロジェクトだ。1年A組は明日の朝の便で南の離島・那歩島へ向かうこととなる

今までの林間学校やインターンと違うのは、プロヒーローが帯同しないという事。担任でプロである相澤も例外ではない。明日から数日、生徒たちだけでヒーロー活動を行うのだ。

犯罪とは縁のない、長閑な離島。仮免許も取得したセミプロ達に、そう深刻な心配はしていないつもりだが。

「…猫堂、お前に頼むのも酷な話だが」
「え?どれがいいですか探しますよ?」
「土産の話じゃない」

隣に並んで雑誌を開く猫堂の頭を肘で小突く。

「あの2人、またやり合うようなら止めてくれ」
「……それは酷っすね」

くりんとしたした目が、相澤を見上げてジト目になった。

緑谷と爆豪、A組において良くも悪くも台風の目となる2人に、なんだかんだで猫堂ユキという生徒は関わりがちだ。

特に爆豪とは、お互いに喧嘩もするが認め合っている節もある。爆豪が実力を認める人間はそう居ない。

「緑谷から何かすることは無いだろうが、爆豪はな…お前仲良いだろ、なんとかしてくれ」
「どう仲良く見えるんですか!切島に頼んでください!」
「お前から頼んどいて」
「相澤先生、意外と雑なとこありますよね…」

そう言いながらパッとそばを離れた猫堂が、スカートを翻して相澤に向き直る。丸めた旅行雑誌を敬礼のように掲げる。人形のような顔立ちが、悪戯っぽく笑う。

「まぁ、気楽にお土産と英雄譚、待ってて下さいよ。A組みんなで行くんだから心配いりませんって」

お土産は私と上鳴と三奈ちゃんで決めますねー、なんて言いながら猫堂が踵を返す。その人選には些かの不安が残るが、手を挙げてその背中を見送った。

(変わったな、猫堂も…)

誰も信じない目をしていた入学当初。それが、共に様々な苦難を乗り越えて、彼女はクラスメイト達を随分信頼するようになった。

しかし相澤も、例年の生徒以上に、今の1年A組のことは信頼しているつもりだ。そう簡単には折れないように育てているし、そう育っている。だからこそ、様々な思惑が入り混じるこの『次世代のヒーロー育成プロジェクト』へも、前向きに送り出すことができる。

小さくなっていく背中に「妙なものは買ってくんなよ」と小声で付け足し、自室へと踵を返した。







−−−それは信頼か、油断か。

那歩島からの緊急信号の知らせが雄英高校に入ったのは、それから5日後のことだった。




Rising:ep1
Liver as if you were to die tomorrow


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ