Coco


□トロイカ
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人形のようだ、と、クラスの誰かがあいつをそう形容するずっと前に、同じことを思った。




半年前、冬が終わる頃。
実技試験を終えた学生でごった返す試験会場。

(……おっせェ!)

広いはずの昇降口から、何故かなかなか列が進まない。苛立ちが募り、無理やり前列の人間を押しのけて会場を出ようとすると、その混雑の理由が目に入った。

玄関口に背をつけて、1人の女子生徒が立っていた。真っ黒なセーラー服と赤茶けた髪、雪みたいな白い肌の組み合わせが、どこか異国的。男どもが彼女をじろじろ見ながら、時折声をかけようか迷うような素振りをしながら、ノロノロと昇降口を進んでいく。

首から上に目が行くのは、爆豪ですら整っていると認識できるような顔立ちだったからだろう。しかしそれ以上に目を引いたのは、その表情だった。

「あの、誰か待ってるの?一緒に探そうか?」
「……」

へらへらしながら話しかけた男子生徒に目もくれず、彼女は真っ直ぐ、出てくる受験生達の波を見ていた。

いや、見ていた、という表現ですら、適切では無いかもしれない。

ビー玉のような透き通った赤に、人波がただ映っているだけ。ただそちらを向いて、立っているだけ。

(…キショ。人形みてぇな奴だな)

綺麗だと表す事もできるだろうが、その無感情さが自分には不気味に見えた。人形、マネキン、アンドロイド、何にしろ口がきけないと言われた方が納得するくらい、生気を感じない。

シカトされている男子生徒がキョドり始めた頃には、爆豪はとっととその横をすり抜け、試験会場をあとにしていた。女は何も言わず、微動だにせず、一度も爆豪と視線が交わることはなかった。



◇ ◇ ◇



−−−22時35分。
神奈川県神野区、倉庫街。

「ゲッホ!くっせぇぇ…んっじゃこりゃあ!!」

この世の臭いものを全て煮詰めたような、とにかくえげつない匂いのヘドロに飲まれて、気付いた時にはオールマイトもエッジショットも消えていた。

「悪いね、爆豪くん」
「あ!?」

代わりに、スーツにガスマスクと異様な風体の大男がこちらを見下ろしている。

「げええ…」
「クッセェ!」
「!?」

バシャバシャと音を立てて、連合の連中も現れた。どうやら別の場所に飛ばされたらしいと、理解するのに時間はかからなかった。

素早く視線を周囲に巡らす。竜巻でも過ぎ去ったかのように建物が薙ぎ倒された更地、その奥で何人かの人影が倒れている。Mt.レディ、虎、ギャングオルカ、そして。

(!!ジーパン…!)

真ん中で倒れている、見覚えのありすぎるヒーロー。出来ている血の海に背筋が泡立つ。

「また失敗したね、弔」

ガスマスク男が、穏やかな口調で死柄木に語りかけた。

(コイツ、先生ってヤツか…!)

示し合わせたようなタイミングだ、間違いない。姿形だけではなく、立っているだけで押し潰されそうな異様な空気を纏っている。

「でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子もね…君が大切なコマ≠セと考え判断したからだ。…それにほら、もうひとつのコマもここにある」

そう言って、ガスマスク男がぞんざいに何かを投げ捨てた。

「−−−!?」

小柄な人間がどさりと地面に転がる。赤茶けた長い髪が地面に散らばり、生気のない白い顔がぐたりと地面に落ちる。

−−−そこに転がっているのは、どう見てもクソネコだった。

髪の一部が鮮やかな赤に染まっていることにゾッとした。あの夜、コイツは攫われなかったはずだ。何故ここにいる。何をされた。

「っんで…!おいクソネコ!起きろや!!」
「彼女が自分から出向いて来たんだよ。大丈夫、殺しちゃいないさ。言っただろう、弔の大切なコマだからね」
「ハァ!?」

こちらの声を無視して、ガスマスク男が死柄木に再び語りかける。

「彼女がね、自分が仲間になるから、かわりにラグドールと爆豪くんを返してくれって言うんだ。…あぁ、でもラグドールはもう返してしまったね」

意味を理解するのに数秒かかった。そして愕然とする。

「なんじゃそりゃ…交渉にもならねーや」
「コンプレス、彼女の話はあとで聞いてやってくれ。ちゃあんと手土産を持ってきてくれたんだ」

連合の会話が、薄い膜一枚隔てたように遠くに聞こえた。

今こいつら、なんつった?
この女が、自分を身代わりに、俺を解放しろって言ったのか?コイツはそのためにわざわざ敵地に乗り込んで来て、あそこで無様に転がってるってわけか?

混乱したのはほんの数秒。次に頭を支配したのは、沸々とした怒りだった。




◇ ◇ ◇




一瞬だった。

一瞬で何もかもが掻き消され、Mt.レディですら吹き飛んだ。ジーニストの声が途絶え、そこにいた全てのヒーローが沈黙した事を悟る。

(何だあいつ…何が起きた!?)

状況の異常性は痛いほど分かる。あの数のプロを虫のように簡単に薙ぎ払うほどの強さ。恐怖で身体が動かない。並んだ全員の震えが、空気から伝わってくる。

「ゲッホ!くっせぇぇ…んっじゃこりゃあ!!」
「!!」

聴き慣れた声に、両隣の緑谷と切島がピクリと反応する。

(爆豪!!)

無事だったのだ。しかしこの状況では、救けにいくどころか自分達の身ですら危ない。完全な八方塞がりだ。

背中の向こうで、ガスマスクの男が何やら話している。その途中、どさりと重いものが落ちる音がした。

「おいクソネコ!起きろや!!」
「!!?」

瓦礫の向こうから聞こえた台詞に唖然とする。並んだ4人も、同時に息を飲んだのが分かった。

(猫堂…!?)

爆豪がクソネコと呼ぶ人間を、自分は1人しか知らない。

(なんで…!猫堂には作戦を伝えてないはずだ…!)

ここいるはずがない。
いてはいけない人間だ。

空気を震わせる男の声が、穏やかに続く。その穏やかさが、底知れない力の裏付けのようだ。

「彼女が自分から出向いて来たんだよ。大丈夫、殺しちゃいないさ。言っただろう、弔の大切なコマだからね」

さらに続けられたのは、信じられない台詞だった。

「彼女がね、自分が仲間になるから、かわりにラグドールと爆豪くんを返してくれって言うんだ」
「!!」

最悪の想像が脳裏を過ぎる。隣の緑谷が「そんな、」と吐息に混ぜるように呟いた。

「なんだそりゃ…交渉にもならねーや」
「コンプレス、彼女の話はあとで聞いてやってくれ。ちゃあんと手土産を持ってきてくれたんだ」

壁の向こうの連合の会話が、やけに呑気に聞こえてくる。ドクドクと脈打つ心臓が煩い。働かない頭の隅で、漸く理解した。

作戦を隠しておくことで、遠ざけられたつもりだったのだ。それが彼女を守る事になるのだと思ったから。

『下手すりゃ自分を囮にしろとか言いかねねぇ』

−−−最悪の想像が、最悪の形で実現してしまった。




act.94_トロイカ


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