Coco


□友達なんかじゃない
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3日目もボロボロのへとへとのまま自炊だった。落ちそうな瞼と戦いながら人参の皮を剥いていると、手元にドンと追加の人参が置かれる。

「ほい、コレも追加な」
「うぃい…」
「頑張れ猫堂、寝るな〜」
「無理ぃ…瀬呂話し相手してよ、黙って作業してると落ちるコレ…」
「はいはい、じゃ俺も皮剥きやろ」

隣に並んできた瀬呂がピーラーを手に取って、そのまま2つ先のテーブルに向かって声を上げた。

「爆豪ー!そっちもう切り終わるー?」
「秒だわとっとと持ってこいや!」

怒涛の勢いで野菜を刻んでいた爆豪が、顔を上げてこちらに怒鳴る。ばちりと視線が交わって、爆豪の方からそれは逸らされた。

(うう…どうしよう…)

個性伸ばし訓練でそれどころでは無いのは事実だが、相変わらずユキは爆豪と会話していなかった。意識し始めると今までどうやって会話していたのか、そもそもどんな話をしていたのか、さっぱり思い出せない。

滅入る気持ちを誤魔化すように一心不乱にピーラーを滑らせていると、視界ににゅっとピンク色が現れる。

「猫堂、爆豪となんかあったの?」
「う、えっ?」
「あー俺も思ってた。喧嘩でもしてんの?」

三奈ちゃんの言葉に瀬呂が頷いて、ふたつの視線が集まる。もともと人の機微に鋭いこの2人が、気付かないわけがない。居心地が悪くて、ゆらゆらと視線を逸らす。

「いや、喧嘩っていうか…私が無神経なこと言って、爆豪を怒らせてしまいまして…?」
「えっ、そっち?」

三奈ちゃんと瀬呂が声を揃えて驚いた。そっち?という疑問符の意味が分からず、今度はユキが首を傾げる。

「どゆこと?」
「や、爆豪が怒ってるっつーより、猫堂が爆豪のこと避けてんじゃねぇの?」
「え?」

全く予想外の返事にぽかんとしてしまった。

爆豪を避けているつもりは無い。しかし、三奈ちゃんが追い討ちをかけるように頷く。

「私もそう思ってたー!爆豪いっつも猫堂に対して超失礼じゃん、だからついに猫堂がキレたのかと…」
「い、いやいや…雑魚とかブスとかのいつものアレは私ぜんぜん気にしてないし…あ、」

自分で言いながらハッとした。

いつもの罵詈雑言が飛んでこないのは、そもそもユキが爆豪に近付きさえしていないからだ。

あのどす黒い双貌に再び拒絶されるのが、怖いから。

「…確かに、避けてた、かも」
「でしょー?何があったかは聞かんけど、悪いと思ってんならさくっと謝ってきなよ」
「そんなスナック感覚で行けないの!」

へなへなとその場にしゃがみ込むと、頭上から「重症だコリャ」と瀬呂の笑い声が降ってくる。笑い事じゃない。

「爆豪、キレやすいけど引き摺るタイプじゃなくない?」
「…そうかもだけど、怒らせたし、傷つけたかもしんないし」

謝ったけれど、それでも済まないくらい、言われて嫌なことを言ったと思う。触れてほしくない部分に無遠慮に触れられる嫌悪感を、ユキ自身がよく知っているからこそ、許してもらえる気がしないのだ。

「爆豪、もう私と喋ってくんないかも…」

自分の口から出た言葉が想像以上に弱々しくて、参ってしまっていることを自覚させられる。

頭上が数秒静かになり、不意にツインテールの左側を引っ張られた。引かれるままに顔を上げると、三奈ちゃんがこてんと首を傾げている。

「猫堂は、爆豪と仲直りしたいの?」
「な、仲直り?」
「そ、仲直り」
「………」

仲直り、なかなおり。頭の中で辞書を引く。仲直りとは、仲の良い友達同時が喧嘩をして、読んで字の如くその仲を修復すること。

沈黙が流れて、ぽつり。

「……や、私と爆豪、もともと友達じゃなくね?」
「聞かれても!」

ぶはーっと三奈ちゃんが吹き出した。ぐだぐだ悩んでいたところで新発見だ、そういえば気まずいとか会話してないとかは置いといて、ユキと爆豪はそもそも友達ではない。

すると、笑いを堪えているのか神妙なのか分からない顔で、瀬呂が右のツインテールを引っ張ってくる。

「猫堂の友達のラインは知らんけど、お前ら仲は悪くないだろ」
「えっ!!?ウソ!!」

思わず勢いよく立ち上がる。なんでウソなんだよ、とついに瀬呂まで吹き出した。

「いやいや、切島と3人で勉強会やったんだろ?」
「やった、けど…」
「ていうかさー、こないだ猫堂が爆豪に『シャンプー変えた?』って話しかけてたの超面白かったんだけど!」
「ぶっは、アレな!普通爆豪にあんな女子トークみたいな話振るか!?しかも頭嗅ぎに行くしよ!」
「だ、だって、いい匂いしたから…!」

期末の前あたり、不意にいい匂いがしたので爆豪にシャンプーのメーカーを聞くというやり取りをした記憶がある。そういえばその後耳郎に「あんたの頭の中一回見てみたいわ」とか言われたような。

ユキを置いてひとしきり笑った2人は、揃ってびしりとこちらを指さした。

「猫堂、考えすぎて根暗ネガティブモードに入ってるよ」
「ウッッ」
「器用に見えて意外と不器用っつーのがモロに出てるな」
「グッッ」

どちらも以前2人に言われた言葉で、ぐさりと胸に刺さる。根暗、ネガティブ、不器用。ぐうの音も出なくなったところで、三奈ちゃんがトンとユキの額をつついた。

「人の気持ち考えすぎるのも良くないって言ったでしょ。猫堂は、爆豪のことどう思ってんの?」

優しい口調と吸い込まれそうな瞳に、少し気持ちが落ち着いた。

(どう…思ってるか…?)

傍若無人で唯我独尊、口も態度も悪い。子供に怒鳴るしすぐ手が出るし、人の名前もろくに覚えない。

誰に対しても正面から挑んでいく。
曲がらない自分を持っている。

友達なんかじゃないのに、今こんなにモヤモヤしているのは、なぜ?

「…嫌いじゃない」
「じゃあどうしたい?」
「……このまま喋れなくなるのは、ヤダ」

瀬呂と三奈ちゃんが顔を見合わせて、また笑った。

「じゃあ行ってこい。そもそもお前が爆豪の顔色伺ってんのがらしくねーよ、いつも通り遠慮せず話しかけりゃいいんだだって」
「そ、それで許してくんなかったらどうすんの?」
「許してくれるまで謝ってみれば?そんで『しつけぇ!もういいわウゼェ!』ってなるにランチラッシュ1回!」
「お、いいね俺もそれに1票」
「賭けになっとらんがな…!」

人の苦悩を勝手に賭けの対象にした友達2人は、いいから行けと皮の剥き終わった人参を押し付けてきた。

ボウルに山盛りの人参を見て、2つ向こうの後ろ姿を見る。三奈ちゃんと瀬呂を振り返ると、励まし半分面白がってる半分みたいな顔で、無言で爆豪を指差す。…行くしかないらしい。

亀の如し歩みで、リズム良く野菜を切る爆豪の背後に立つ。

(さ、さくっと…遠慮なく…)

こないだはごめんね、これ切っといて?とか。あっさりしすぎか?無視されたらどうしよう。その状況でつらつら喋れるほど強心臓ではない。

と、ウダウダ考え込んでいたのが仇となった。ユキが口を開くより先に、爆豪がぐるんと振り返る。赤く鋭い目と、正面から視線が交わった。

「っあ、わ、ばくご」

あわってなんだ、あわって。

爆豪が突っ立っているユキの顔を見て、手元の人参を見て…そして何も言わずに野菜を切る作業に戻ってしまった。…やばい、想定したうちの最悪のパターンだ。固まっていると、蜂蜜色の後ろ頭からボソリと低い声がした。

「そこ置いとけや」
「…へ」
「置 い と け や」
「あ、ハイ」

こちらに背中を向けたまま、しかし確かにユキに向かってそう言った。

おずおずと隣に歩み寄り、まな板の横にボウルを置く。そのまま、包丁の音だけが響く。

沈黙。

(……こっからどうすればいいの!)

爆豪との元通りってどんなだっけ、いつもどんな風に話しかけてたっけ。だめだ全然思い出せない。

背中に「何してんだ」という三奈ちゃんと瀬呂の視線をビシバシ感じつつ頭をフル回転させていると、隣から肘鉄が飛んできた。

「邪魔だわ、暇ならそれ持ってけや」
「イテッ!え、どれ」

爆豪の横顔を見上げると、雑に顎をしゃくった先に切り終えた野菜の山。向こうでヤオモモ達が野菜に火を通し始めていて、どうやらそっちまで持っていけということらしい。

言われた通りに野菜を取り上げて、静かに息を吸う。

「…爆豪」
「……」
「あの…こないだ、ほんとごめん…」

自分でも辛うじて聞こえる程度の、蚊の鳴くような声だった。

爆豪は野菜を切る手を止めない。ユキの言葉が届いたのかどうかすら分からない。顔が見れなくて、リズム良く動く手だけを見つめる。

そのままたっぷり1分は経ってから、

「チッ」

舌打ちだけ返ってきた。パッと顔を上げると、心底機嫌の悪そうな双眸がユキを見下ろしている。

「ウジウジうぜぇんだよ、クソコミュ障」
「コッ…!?」

コミュ障、は、さすがに初めて言われた。

あまりの言い草に言葉を失っているうちに、爆豪は背を向けてその場を去ってしまった。均等に切り終えられた野菜とユキだけがその場に取り残される。

爆豪の背中に追い縋ろうと中途半端に上がった手を、いつの間にか近くに来ていた三奈ちゃんが静かに下ろした。

「ふっ…ほら、いつも、通りじゃん…?」
「…いつもあんな感じだっけ…?」
「ック…そうそう、あんな感じ、だった…」
「そもそも許してくれたのか分かんないんだけど…」
「さっき言ったろ、ぶ、もういいわって言われるまで謝っ…」
「……笑うか励ますかどっちかにしてくんない!!」

ユキがキレて、瀬呂と三奈ちゃんが弾かれたように盛大に笑い始めた。「コミュ障はひでぇ!」「そう来たかー!」って、いやコミュ障は普通にクソ失礼だし笑えないし、ていうか人の苦悩を笑うなバカ。

(あぁ〜もう、バカ…)

人が勇気振り絞って言ったごめんを、ウジウジうぜぇで片付けんな。




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