Coco
□お迎えです
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月明かりしかない夜の森を、木々を足場に飛ぶように駆ける。
「緑谷っ!」
個性の影響で淡く光る背中に追いつくと、緑谷が目を丸くして立ち止まった。
「猫堂さん!なんで…!」
「洸汰くん探しに行くんでしょ、一緒に行くよ」
「そうだけど、あ、危ないよ!もし敵に遭遇したら、」
「バカ!そのために一緒に行くの!」
キュッと口をつぐんだ緑谷の肩を掴む。
「洸汰くん保護したらすぐ宿舎に戻る!敵に遭遇したら逃げる!逃げられそうになかったら…最悪どっちかが囮になる!」
「!!」
「あの子優先、なら2人で行動した方が合理的でしょ」
囮、というワードに少し葛藤した様子だったが、緑谷も「分かった」と頷いて、同時に再び走り出す。
(ごめんなさい、相澤先生、マイク先生…)
心の中で謝る。どっちかなんて言い方をしたが、もし敵と遭遇して逃げられなくなった場合、洸汰くんを抱えて動き回る膂力がユキには無い。必然的に、囮はユキが引き受けるつもりだった。
緑谷のことだ、彼は彼で囮になろうとするだろう。上手く言いくるめて洸汰くんを保護、戦闘回避がベストだが、もしもの時は。
「洸汰くんの居場所、知ってんの?」
「うん…たぶん、秘密基地だ」
「秘密基地?」
緑谷がまっすぐ前を向いたまま、眉を寄せる。
「洸汰くん、いつもそこで…考えてるみたいで」
「……」
「超人社会も個性もヒーローも、受け入れられないんだと思う」
「…そか」
優れた個性を持って、ヒーローになって、死んだ両親。こんな世の中じゃなければ両親は死ななかったと、そうでもして世の中を憎まなければやってられないのだ。
そこまで聞いたということは、緑谷は案の定おせっかいを焼こうとしたのだろう。目が合って、気まずそうにそれが逸らされた。
「猫堂さんの言う通りだったよ。轟くんにも言われた…通りすがりが何言ってんだって」
「でも、どうにかしたいんでしょ」
「……」
さっきの敵2人を思い出す。あれも、世の中を憎んで、誰にも助けてもらえなかった人間が辿り着く末路の1つなのだろつ。このまま独りぼっちで苦しんでいたら、彼もそうなってしまうかもしれない。
「よし、対爆豪と同じ戦法で行こう」
「!」
並んで走る緑谷が、目を丸くしてユキを見た。ニヤリと笑ってそれを見返す。
「ウザがられても拒絶されても、洸汰くんが折れるまで言い続けよう。死んだ人は生き返らないけど、キミは1人じゃないよって。頼んでもないのに救けに来てくれる奴がいるよって」
「……」
「そしたら、救けられてもいいんだよって」
得意でしょ、おせっかい。そうつけ加えると、ぽかんとしていた緑谷がちょっと泣きそうな顔をした。口を真一文字に引き結んで、でも大きく頷く。
(…洸汰くん、頑張れ)
時間が解決してくれるのを待つしかないと思っていた。でも、洸汰くんには緑谷がいる。こんな風に手を差し伸べてくれる人がいるのなら、きっと彼は間に合う。
そんな考え事をしていたから−−−背後から近づく人の気配に気付いたのは、青い炎が目の前に現れてからだった。
−−−数分前。
「邪魔はよしてくれよプロヒーロー…用があるのはおまえらじゃない」
青い爆炎が音をたてて舞い上がった。
躱したあとのほんの数秒の間に、相澤は頭をフル回転させる。ツギハギ顔の男、USJでも指名手配の敵リストでも見たことがない。連合の人間か?目的は?
(おまえらじゃない…プロじゃない…?)
目的はプロ以外の、ここに居る人間ということだ。ヒーロー科1年、出水洸汰、逡巡して、1つの嫌な可能性に辿り着く。
わざわざ敵が探しに来る可能性を持つ人間。いくら言ってもスカートの裾を直さない女生徒の顔が浮かんだ。
−−−同刻。
「なぁ、大丈夫かよ緑谷と猫堂…!」
「2人だけじゃないよ!森には他の皆もいるし…!」
宿舎まで真っ直ぐ走る飯田の後ろで、尾白と峰田が不安げな声を上げる。
「あぁ、心配だが、今は…!」
マニュアルさんや面構署長の言葉が蘇り、奥歯を噛み締める。助けに行きたいのは山々だが、それで自分達に何かあれば敵の思う壺だ。少しでも多くの生徒が、安全な場所にいるべきなのだ。分かっている、分かっているけれど。
飛び出してしまった級友2人の、保須でのボロボロな姿を、頭から振り払う。
(無事でいてくれ…!)
今は、そう願うことしかできなかった。
−−−現在。
「猫堂さんッ!!」
咄嗟に緑谷を突き飛ばした左腕に、青い炎が直撃した。
「んぐッ…!!」
地面に倒れ込みながら、羽織っていたパーカーを脱いで火から逃れる。左腕を見下ろすと、爛れるとはいかないまでも全体が赤く腫れ上がっていた。すっ飛んできた緑谷が、それを見て声を失う。
「腕が…!」
「大丈夫、動くから。それより、」
「よく反応したな。確実に殺すつもりだったんだが」
「!!」
闇の中からゆらりと現れた男に、緑谷と揃って身構える。
現れたのは、目の下、口から首、そして腕が焼け爛れたように変色した、ツギハギ顔の男だった。うっすらと笑みを浮かべて、おどけたように手をあげる。
「まずは挨拶か。荼毘だ、敵連合って言えば分かるだろ」
「…!!」
やはりコイツも連合の人間だ。先日の木椰区のことも、どうしてこうユキ達雄英生の前に姿を現すのだろう。
「何が目的なんだ、お前達…!」
緑谷がそう言いながら、ユキの右腕を僅かに引く。
(くそ…逃げられるか…!?)
敵と遭遇したら逃げる、そういう算段だった。しかしこうも早くエンカウントしてしまうとは。荼毘とやらの個性はどう見ても炎。周囲の森を燃やされたら逃げ道は無いし、他のクラスメイトの退路も断つことになってしまう。
緑谷も同じことを考えているのだろう。ジリジリと後退しつつ、必死に思考を巡らせているようだった。
「目的は…まぁ色々あるんだが」
「色々…?」
「まずはお前と話がしたい」
うすら笑いを浮かべる荼毘が、ユキを指さした。
「なぁ、こっちに来る気は無いか?−−−清野ユキ」
ドクンと、心臓が数センチ浮き上がった気がした。
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