Coco
□女子会
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「ヒーローを目指した理由?」
合宿2日目の夜、予想通りB組の露天風呂にも手を出そうとした峰田くんを成敗した後。
わざわざお礼を言いに来てくれた拳藤さん達を交え、A組女子部屋ではささやかな女子会が開かれていた。
次々と移っていく話題の中で、ふと上がったテーマを聞き返す。それを受け、耳郎ちゃんがこちらを振り返った。
「麗日は?なんか理由あんの?」
「いやー私は…お恥ずかしいんですが…」
「何も恥ずかしくないわ、立派な理由よ」
集中するみんなの視線に口籠もると、既に理由を知っている梅雨ちゃんが優しく宥めてくれる。
実家の建設会社のこと、両親のこと、究極的にはお金のためであること。一通り話すと、拳藤さんがにっこり笑って手を叩いた。
「いいじゃん!現実的だし、分かりやすい」
「確かに…両親のためというのは、広く他を救けるヒーローにとっては見落としがちな理由ですわね」
「なんも恥ずかしくないじゃん!エライ!」
「え、えへへ…」
ヤオモモちゃん、芦戸ちゃんも同意してくれる。気恥ずかしくなって、慌てて「みんなは!?」と話を振った。
「んー、やっぱカッコいいしね?」
「人のためになるって、仕事の本質的なとこあるし」
「あぁ、分かる!」
小さな差はあれど、殆どは憧れ≠ノ分類されるものだった。人のためになれること、強いこと、全て含めてカッコいい。お茶子自身も、お金のためと言いつつ、13号のような災害救助に優れたヒーローには憧れている。
盛り上がっていると、耳郎ちゃんが不意に宙を見上げて呟いた。
「そういうの無さそうなヤツもいるけどね」
「え?」
聞き返したところで、女子部屋の扉がスパーンと開いた。
「ねー見てこれ!自販機に超ウケるジュースあった、って」
勢いよく入ってきたユキちゃんが、車座になった女子達を見て目を丸くした。
「なになに、B組女子ーずじゃん、何してんの?」
「お邪魔してまーす」
「女子会!カモン猫堂」
芦戸ちゃんに手招きされて、すとんとユキちゃんが隣に収まった。その手にはカレーラムネ≠ニ印字された黄色い瓶が握られている。
「ユキちゃん、なんなんそれ…」
「ウケるでしょ。開封式やろうぜ、ハイ開けまーす」
「え、ちょ、待って!」
止める間もなくユキちゃんが瓶の蓋を捻り、プシュッと音がした。途端に、なんとも言えない不思議な匂いが漂う。
「うわクサっ!!」
「くっっっさ!やばいやばい!」
「なんなんこれ!なんなんこれ!」
悲鳴を上げているうちに楽しくなってきた。全員で転げ回って笑う。
みんなひとしきり笑い終わったところで、目尻の涙を拭ったユキちゃんが「で?」と首を傾げた(カレーラムネはさりげなく車座の真ん中に置いた。最初から飲むつもりは無かったらしい)。相変わらずマイペースだ。
「なんの話してたの?」
「なんでヒーロー目指したの?って話」
「結局は憧れ的なとこに行き着くよねって」
先ほどの話をなぞって拳藤さんが説明してくれるのを、ユキちゃんがふんふんと頷いて聞いている。すると、耳郎ちゃんのイヤホンジャックがユキちゃんをぴっと指した。
「猫堂はそういうの無さそうだよね」
「え?」
どうやらさっきの呟きはユキちゃんのことを指していたらしい。話題の矛先を向けられ、ユキちゃんが目を丸くする。
「だって、そもそもヒーローにあんま興味無いじゃん」
「へぇ、そうなの?」
「確かに…ユキちゃんのそういうお話聞かないわ」
「推しヒーローいないの?憧れの人とかさ」
自然とユキちゃんに視線が集まる。ユキちゃんは、数秒きょとんとしたあと、すげなく「無い」と答えた。
あまりにもあっけらかんとした答えに、芦戸ちゃんがオーバーリアクションでずっこける。
「無いんかい!」
「なんも無いの?憧れのヒーローとか」
「なんも無いねぇ、憧れ的なのは」
「いよいよなんで雄英にいるんだ猫堂は…」
もちろん責めるわけではないけれど、耳郎ちゃんの言う通り疑問は浮かぶ。
すると、ヤオモモちゃんが不思議そうに口を開いた。
「ヒーロー科の志望動機には何を書きましたの?願書の提出の際、記入する欄があったかと…」
そうだ、雄英の入学願書には、それぞれの科を志望する動機を何文字か以内で記入するといった手順があった。
そういえばあったね、懐かしいね、と頷いたあと、再びユキちゃんに視線が集まる。
(……え、)
笑顔を浮かべるユキちゃんの、目だけが、不意に光を無くした。彼女の周りの空気が、ひやりと冷たくなった。…ような気がした。
「−−−敵犯罪の撲滅」
短く、ユキちゃんがそれだけ口にした。
ほんの一瞬だけ、空白が生まれる。
しかし、すぐにカラリとしたいつもの笑顔に戻った。
「私の個性、救助とかには向かないからさー。とりあえず前線でバリバリ戦うヒーロー目指してるよ」
「そう?索敵も長けてると思うけどな」
「耳郎とか障子とか、もっと優秀なのいるじゃん」
肩をすくめたユキちゃんに、「それよりユキちゃんや!」と透ちゃんが絡み付いた。
「さっきカレー作ってた時、轟と2人で何してたの?」
「乳繰り合ってたよね!」
「イヤ乳繰りあってはないからね!」
「え、あのイケメンと?そういう感じなの?」
「猫堂はねぇ、浮名を流してるんデス」
「みーなーちゃーん!嘘いくない!」
あっという間に話題が変わり、一転して女子会らしい空気になった。
ユキちゃんが三奈ちゃんを押し倒してくすぐり始め、それに巻き込まれた拳藤さんが悲鳴をあげる。再び転げ回って騒ぎ出す輪からはずれて、お茶子は静かに息をついた。
(びっ、くりした…)
心臓が妙にザワザワする。
さっきまで変なジュースを持ち込んできゃいきゃい騒いでいた友達が、急に遠くなった気がした。
ユキちゃんは、明るくて賑やかで、優しい子だ。表情がくるくる変わるから、一緒にいて楽しい。
そんな彼女の、普段の様子とは結びつかない「敵犯罪の撲滅」というワード、これ以上は聞いてくれるなとでも言いたげな、暗い目。B組の子達は分からないが、A組のみんなはきっと、一瞬のその変化に気づいたはずだ。−−−だから、あえて話題を変えた。
(なんか、あったんかな…)
苦手な勉強を頑張って、興味の無いヒーローという職業を目指してでも、犯罪の撲滅を願う。そう願うようになったきっかけがあるのかもしれない。
大切な人が、敵に傷つけられたとか?
傷つけられた、という表現で済むなら、まだいい。それ以上だったら?大切な人が、もし−−−。
「お茶子ちゃん」
「!」
小さな声で呼ばれて、顔を上げる。梅雨ちゃんがこちらを見て微笑んでいた。
「大丈夫よ。ユキちゃんなら、きっと何かあれば相談してくれるわ。その時は、絶対に力になりましょう」
「…うん」
梅雨ちゃんの穏やかだが力強い言葉に、自然と深くうなずいた。
USJで、デクくんと梅雨ちゃんを助けるために脳無に向かっていった背中は、今でも鮮明に覚えている。理由や過去がなんであれ、彼女が大切な友達であることは確かで、彼女が危険を省みずクラスメイトを助けようとするような人なのも確かで。今は無理でも、ユキちゃんがどうしようもなくなったとき、頼れるような人になりたい。
もう、飯田くんのときのように、相談もされないまま力になれないのは嫌なのだ。
「友達やもん、頼ってほしいし、助けたい」
「ケロケロ、そうね」
ないしょ話のような小さな声で笑いあう。その背中に、「お茶子ちゃん梅雨ちゃん、クラスの男子で付き合うなら誰がいいー?」と呑気なユキちゃんの声が降ってきた。
act.75_女子会