Coco


□伸ばせ個性
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合宿、2日目。
午後。

「脇が甘い!」
「んぐっ…!」

ブラド先生の腕から伸びた操血、赤い血液の結晶が、文字通り猫堂さんの脇腹を掠めた。空中で身を捻って直撃を避けた猫堂さんが、捻った上半身そのままの勢いで長刀を振り下ろす。

難なく操血でガードした先生が顔を上げた時には、小柄な人影がべたりと地に伏せていた。なんという関節の柔らかさだ。ガードされた長刀が折れて…いや、形が変わっている。

「ヌンチャク…!?」
「いや、三節棍だ。初めて見た」

拳藤の言葉を訂正した鱗が、ぴゅうと口笛を吹いた。

低い体勢から振り抜いた三節棍が、ブラド先生の頭部を狙う。再びガードされた、かと思いきや、猫堂さんの手から三節棍がすっぽ抜けた。

遠心力も手伝って飛んでいった三節棍がブラド先生の頭上を舞う。それを目で追った時には、既に猫堂さんも空中に居て、三節棍をキャッチしていた。

「速い…!」

スピードだけではない、流れるような次手への組み立てもだ。思わず感嘆の声が漏れた。

「ぬっ!」

三節棍の軌道を先読みした先生が応戦の体勢をとる。が、握られたそれが長刀の形状に戻っている。刃の切先が、容赦なくブラド先生の眉間に落ちる。

「悪くない!」
「う、わ」
「だが甘ぁーい!!」
「わぎゃー!!!」

真剣白刃取りよろしく素手で刃を受け止めたブラド先生が、長刀ごと猫堂さんを投げ飛ばした。

座り込んで観戦していたB組の面々の前に、受け身をとりながら猫堂さんが転がり込んでくる。

「腕力差がある相手への決めの一手が、正面突破では勝てんだろう!決着を焦るな!」
「うぅ、ご、ごもっとも…」
「次!宍田ァ!」
「宍田くん、仇は任せた…」
「ナイスファイト猫堂殿!任されましたぞー!」

そのまま大の字に伸びた猫堂さんが弱々しく手をあげて、ハイタッチを交わした宍田がブラド先生に向かって行った。

「お疲れ、猫堂さん」

猫堂さんの顔を覗き込むと、長いまつ毛に縁取られた赤銅色の瞳がへにゃりと細くなる。

「ありがとぉ、拳藤さん…うちの相澤先生もたいがいだけど、ブラド先生も超スパルタだね…」
「ま、スパルタじゃなきゃ圧縮訓練の意味無いしね…」

合宿2日目、雄英1年の面々に課されたのは、個性の圧縮訓練だった。

拳藤含め、午前中いっぱいを虎の我ーズブートキャンプに費やした増強型のうち、近接格闘メンバーは午後をスパーリングにあてている。宍田対ブラド先生の奥で、A組の尾白が虎にぶん投げられているのが見えた。

「でも、ブラド先生とのスパーリングでこんなに長く持つの凄いよ?」
「そうそう。宍田が最長記録で8分だぜ」
「うへぇ、宍田くんすごいね…私もー限界…」

回原も感心してそう言ったが、猫堂さんは苦笑しながら首を横に振った。緩慢な動作で起き上がると、ふわふわした髪が白い肌にかかる。

−−−脳無とかいう化け物と戦って、イレイザーヘッドと猫堂という生徒が病院に運ばれた。

彼女の名前を初めて聞いたのはその時だ。入学して1ヶ月でプロと肩を並べて戦って、しかも生き残った生徒。さぞや厳つい猛者に違いないと思っていたので、その姿を初めて見た時はそりゃあ驚いた。自分より少し背が低い普通の女子、なんならちょっとチャラそうというか、武闘派とは程遠い雰囲気だ。

しかし、体育祭での活躍、そしてたった今のブラド先生とのスパーリングを見て、イメージはガラリと変わっていた。

(戦い慣れてる…相当訓練してるんだろうな…)

蝶のように舞い、蜂のように刺すとでもいうのか、強いのは動きを見てすぐに分かった。なにより、対人への攻撃に全く躊躇いが無い。

「猫堂さんって、見た目とのギャップやばいね」
「ギャップ?」
「や、なんかさ、武闘派ヒーローっぽくはないじゃん?」

そう言うと、猫堂さんが大きな目を丸くした。直後に、失言だったと思い慌てて手を振る。

「ご、ごめん!別に馬鹿にしてんじゃなくてさ!」
「あっはは、だいじょぶだよ!拳藤さん、そゆこと言わないでしょ、馬鹿にするとか」
「いやごめん、正直俺も意外だと思ってました」
「俺も…小森と同じでアイドルヒーロー的なアレかと」

助け舟のつもりか、そろって挙手する鱗と回原に、猫堂さんがカラッと笑った。

「いいよぉ別に、爆豪なんか『てめぇチャラチャラしてんじゃねーよ目障りだわ消えろクソが』とか言うよ」
「ぶはっ…今の爆豪のモノマネ?」

指で両目尻を吊り上げ、顎を突き出してヤンキーみたいな顔を作る猫堂さんに、思わず笑う。似合わない。

「これでいいの、意外に思われるのがむしろ本意だし」
「へぇ、なんで?」
「舐められてた方が意表を突ける。こんなか弱そうな美少女が、刃物何本もぶら下げて斬りかかってくるとは思わないでしょ」
「そ、れはそうだけど、自分で言うのな!?」
「ぷっ…あはは!アンタそういうキャラなんだね!」
「んふふ、そういうキャラです」

形の良い唇が悪戯っぽく歪む。

容姿が整っている子は、それだけでやっかみを受けることがあったりする。しかし彼女の場合、この竹を割ったような性格がそうさせないのだろう。可愛いより先に面白いが来る、そんな感じだ。

和やかに笑い合っていると、目の前の地面にゆらりと影が落ちた。

「お前ら、」

地の底を這うような声。

拳藤が鱗、回原と揃って振り返った時には、既に猫堂さんが飛び上がって軍隊よろしくイレイザーヘッドに気をつけの姿勢で敬礼していた。

「ハイすみませんサボってません!」
「サボってんだろーがオイ」
「休憩!休憩です!」

レスポンスがめちゃくちゃ早い。
なんか、怒られ慣れてる。

冷や汗をだらだら流している猫堂さんに、鬼の形相のイレイザーヘッドがごちんと拳骨を落とした。ふぎゃ、と悲鳴が上がる。

「猫堂、お前の弱点はなんだ」
「体力、膂力でっす…」
「なら一分一秒でも長く筋トレしてろ。お前の場合は個性伸ばしと平行して体作りも必須だ。武器に頼るのもいいがそれに甘えんな」
「うっす…」

淡々と怒るイレイザー、どんどん小さくなる猫堂さん。お小言がおわると、イレイザーは背中を丸めてすたすたと去って行った。

しょんぼりした猫堂さんと、居心地の悪いB組3人が残される。確かにスパルタだな、相澤先生も。

「ドンマイ、猫堂さん」
「うぅ、正論パンチつらい…」
「まぁまぁ。私も付き合うからさ、筋トレ」

そう言うと、猫堂さんが目を丸くしてくりんとこちらを見た。小動物みたいで可愛くて、思わず笑ってしまう。

「私も筋力は課題だし、せっかく同性で戦闘スタイル近いんだからさ。一緒にやろうよ」
「拳藤さん…」

たぶんこいう時に使う表現なんだろうけど、ふわりと、花が咲いたように猫堂さんが笑った。

「ありがとう…!一佳ちゃんて呼んでいい?」
「いいよ、あはは」
「一佳ちゃん超良い人、好き」
「ちょ、それは恥ずい」

2人分の羨ましそうな視線が背中に刺さっているが、気にしないことにした。

個性はヒョウらしいが、なんだか猫みたいな子だと思った。するりと懐に入り込んできて、もとから仲が良かったかのようにそこに収まる。見た目と性格と戦闘スタイルのアンバランスさも、どこか心地よく感じる。

穿った見方だが、これが彼女の処世術なのかもしれない。
だとしたら、自分はまんまと彼女の術中にハマってしまっているのだと思った。





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