Coco


□預けること
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モニター室に大写しになった画面の真ん中で、峰田くんと瀬呂くん、猫堂さん、3人が仰向けに転がっている。

その様子を見て、緑谷はほっと息をついた。

「よかった…すごいや峰田くん…」
「さて、終了だよ。アンタもそろそろ戻りな」
「あ、あの!」

リカバリーガールに促されて、慌ててモニターを指差す。

ミッドナイトの試験は、近づけない敵に対しての立ち回りを試されていた。峰田くん個人の課題も見えた。しかし、一つだけ腑に落ちない点がある。

「猫堂さんは…何が試されてたんですか?」

三節棍にコンバートする長物の武器とブーメラン。きっと発目さんのベイビーだろう、初めて見たが、初陣とは思えないほどの手慣れた扱いだった。彼女は確かに近接特化だが、遠距離対応のアイテムさえあれば、ミッドナイトにだって応戦が可能なのだ。瀬呂くんと峰田くんとは、試される内容に差がある。

リカバリーガールは、静かにかぶりを振った。

「あの子は、良くも悪くも預ける≠チて事を知らないのさ」
「預ける…?」
「チームアップでの戦闘において、仲間を頼る戦い方を知らない。結果1人で突っ込んでいって、仲間を犠牲にしただろう。背中を預ける∞あとを任せる≠サういう、他人と負担を分け合う頭が無い」
「……」

不意に、ヒーロー殺しとの戦いが脳裏を過った。

あの時は、轟くんと上手く共闘していたように見えた。しかし思い返してみれば、あくまでも猫堂さんが先行して攻撃、合間を縫って轟くんがフォローしていた。常に最前線でヒーロー殺しを近くで食い止め続けてくれた猫堂さんはあの時、左眼を失いかけた。

「自分がやるしかない場面は確かにあるさ。でも、そうじゃない時は、ちゃんと協力しないとだめさね」
「ナルホド……」

かっちゃんと組んだ自分と、似て非なる課題だ。ただし猫堂さんの場合、協力をしたいしたくないの話じゃない。協力するという頭が端から無かった。その事に、気づかせるための試験。

ふと、面構署長に向けられた、あの冷めた目を思い出す。

猫堂さんは、いつも元気でひょうきんで、誰とでも気軽に話せる、明るい女の子だ。協力することができない、そんなイメージなんて欠片も無い。そのはずなのに、あの時の目が、妙にその行動に納得感を持たせる。

「過去の事件の反動かねぇ…」
「事件…?あの…猫堂さんって」
「ほれ、皆もう引き上げ始めてるよ。良い加減戻りな」
「は、はいっ」

自分でも何を聞きたかったのか分からなかった。ただ、質問はリカバリーガールに遮られ、あっという間にモニター室から追い出されてしまった。

余計なことは聞くなと、言われているようだった。











「すみませんでした」
「なにがよ」

期末試験の全行程が終了し、放課後。

隣の席のクラスメイトに深々と頭をさげると、つっけんどんな声が返ってくる。恐る恐る顔を上げると、ムスッとした瀬呂と目が合った。

「えーっと…勝手に、突っ走って」
「そーね」
「無茶して」
「そーね」
「結果、瀬呂だけが捕まって赤点かもしれないという…」
「そーね…!」

瀬呂の方が、絶望的な感じで机に突っ伏した。その後頭部を、申し訳ない気持ちで見つめる。

峰田のおかげで課題はクリアしたが、内容を見れば瀬呂は試験の3分の2寝ていただけ。相澤先生が合格を出すとは思えない。いや、元はと言えばユキのせいなのでユキも合格は危ういのだが。

「うぅ…ごめん…」
「…まぁ、期末の結果云々は一旦置いといてさ」

瀬呂がゆっくり立ち上がって、ユキを見下ろす。

「俺がキレた理由はお分かり?」
「ん…」
「俺らそんな頼りない?」

ユキの行動は、2人を頼りにしていないと言っているようなものだった。USJの一件のあと、何もできなかったと嘆いていた瀬呂を思い出す。同じような悔恨を残してしまうところだったのだ。

頼りないんじゃない、頼り方が分からなかった。
ユキが考え無しだった。

「頼りないとかじゃなくて…そもそも頼るとか、あんま考えてなかったというか…」

俯いて言葉を探していると、ぐわしと脳天に何かが降ってきた。

「おバカ!」
「おわ、」

見上げると、瀬呂の、ひょろりとしているが大きな手が頭の上に乗っていて、そのままぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられる。

「お前、いつか目の前で大怪我しそうなの!しかも1人で!俺ヤダかんな、そんなん見るの!」
「うあ、ハイ」

前髪の隙間から見える瀬呂の表情は、もう怒ってはいなかった。ただ、拗ねたように口がひん曲がっている。

「走る前に深呼吸!はい復唱!」
「は、はしるまえにしんこきゅう」
「周りに誰がいるのか確認!」
「まわりにだれがいるのかかくにん」
「ちゃんと相談する!」
「ちゃんとそうだんする」

親に叱られる子供みたいだ。瀬呂の台詞をひらがなで復唱するユキの後ろから、ひそひそと声が聞こえる。

「何あれ」
「なんか無茶したらしいよユキちゃんが」
「でも瀬呂寝てただけなんでしょ?」
「そこ!言うな今それは!」

瀬呂が鋭く突っ込んで、空気がぐだっと解れる。振り返ると、耳郎と梅雨ちゃんが「猫堂かぁ」「ユキちゃんらしいわね」と苦笑していた。

もしかしなくても、1人で突っ走って無茶するみたいなキャラで定着しているのだろうか。

「嘘、私そんな、常習犯的なやつかな…!?」
「いや、やりそうな気がするって話」
「そういうのは緑谷の専売特許では…」
「エッ僕!?」

帰り支度をしていた緑谷が急に話を振られて、ビクリと肩を震わせた。

「緑谷はそもそもの個性がアレだしね」
「いや、似て非なるアレだと思うぜ」
「そ、そうかなぁ…」
「つーか緑谷、オールマイト相手によくクリアしたね!?」

話題が緑谷に移って、輪から外れたユキは小さくため息をついた。

よく考えたら、ヒーロー殺しと相対した時には何度も轟や飯田に救けられた。みんな、1人で戦っているわけじゃないと分かっているから、ああいう風に仲間のフォローができるのだろう。

プロになれば、他のヒーローと共闘することだって増える。いつまでもこんな事でみんなに迷惑をかけてられない。

「…私、なんか色々ヘタクソだなぁ」
「猫堂、器用に見えて意外と不器用だよな」
「瀬呂が追い討ちかけてくる…ほんとごめんて…」
「ランチラッシュ1回で許す」
「わぁーん、瀬呂好き!友達として!」
「わざわざ補足すんな!分かってるわ!」

背の高い背中に抱き着こうとしたら躱されて、腕は空を切る。

いつだって自分は考えが足りなくて、でも、預けろと言って怒ってくれる友達がいる。それは、とても幸せなことだ。

友達に恵まれている、と心から思った。


act.66_預けること


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