Coco


□そして日常
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職場体験が終わり、翌日の登校日。

緑谷、飯田、轟以外のメンツに会うのは久しぶりだ。みんながどんな日々を過ごしていたのか、土産話に期待が膨らむ。誰に何から話を聞こうか、わくわくしながら登校したユキだったが、

−−−教室に入って3秒で全て吹っ飛んだ。

「…んっふ、」
「………」
「ぐ、ふ…」
「……」
「ヒっ…ひは…」
「ッッ笑うんなら腹から声出せやァ!!!」
「アッいいの?だっはははははは!!!爆豪なしたのソレ!!あははははー!!!」
「コロス!!!」

目の前のクラスメイトが、何故かぴっちりきっちり8:2分けヘアになっていた。ご本人様の許可が下りた(?)ので、遠慮なく笑い飛ばす。

確か爆豪はベストジーニストのところに行っていた筈だ。ビルボード上位の人気ヒーローの職場体験、一体何があったのだろう。

爆ギレ爆発が当たる前にひらりと教室後方に逃げ、ちょうど切島と瀬呂が登校してきたので教えてあげて(「アッハッハッハマジか!!マジか爆豪!!」)、轟の席に集まる3人組に加わることにした。

「おっす、おはよ〜」
「おはよう猫堂さん!」
「おはよう!あまり爆豪くんを笑っては悪いぞ!」
「おはよう」

上から緑谷、飯田、轟。みんな元気そうで、こうして教室で会うと先日の出来事が夢みたいだ。

輪に加わるや否や、飯田が心配そうに顔を覗き込んでくる。

「猫堂くん、傷の具合は…」
「だーいじょぶだってば。3人は?」
「僕も。もう全然…」
「…猫堂、」

不意に、視界の半分が奪われた。

「まぶた、跡残ったのか?」
「へ、」

隣の緑谷が硬直したのは分かったが、ユキ自身に何が起こったのか理解できなかった。すぐ、自分の額に轟の右手が触れていることに気付く。というか、轟に前髪をかきあげられている。

轟のオッドアイと見つめあって、そのまま3秒ほど空白。

「……すぐ消えるよこれくらい」
「そうか」
「ていうかね轟、ちょっと君は距離感フシギくんだね…?」
「? 悪い」
「分かってねェ〜、そして思ってねェ〜」

一度天然だと認識すると、途端に彼のそういう面が表出してきた気がする。いや、気を許してくれるようになった証拠なのだろうか。

轟の手をやんわり下ろして、何故か真っ赤になった緑谷を小突いていると、不意に背中に声がかかった。

「ま、一番変化というか大変だったのは、お前ら4人だな!」

上鳴の言葉に振り返ると、クラスメイトの殆どがこちらを見ている。

「そうそう、ヒーロー殺し!」
「保須にいた飯田と、エンデヴァーと一緒の轟はまだしも、緑谷と猫堂もいたなんてな!」
「命あって何よりだぜマジでさ」

エンデヴァーが救けくれた、という言葉に、なんとなく緑谷とユキが揃って轟を見る。轟は少し逡巡して、静かに頷いた。

「…そうだな、救けられた」
「うん」
「…そだね」

予定通り、ヒーロー殺しと遭遇してしまったユキ達は、交戦することなく<Gンデヴァーに救けられたというシナリオ。緑谷がクラスのグループチャットに位置情報だけ送って、そこから入院やらなんやらと音信不通になったこともあり、皆には部分的に嘘をつくことになった。

何も言えないユキ達は、ヒーロー殺しと敵連合の繋がり、先日のUSJの件、みんなが興奮気味に話すのを、曖昧に笑って聞き流すことに徹する。

「でもさあ」

上鳴が声を上げた。

「確かに怖えけどさ、尾白動画見た?アレ見ると一本気っつーか執念っつーか、かっこよくね?とか思っイテェ!!」
「上鳴くん…!」

緑谷の制止と、ユキが投げた消しゴムが上鳴の額にクリーンヒットしたのは同時だった。

すぐに上鳴自身も失言に気付いて謝る。しかし、飯田は冷静に自分の左腕を見下ろしていた。後遺症が残ると言われた方の腕だ。

「いや…いいさ。確かに信念の男ではあった…クールだと思う人がいるのも、わかる」

飯田の目には、あの時のような怒りも焦燥も無い。

「ただ、奴は信念の果てに粛清≠ニいう手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、そこだけは間違いなんだ」

まるて自分に言い聞かせるように、飯田は語る。穏やかに細められた目が、きらりと光って皆を見渡す。

「俺のようなモノをもうこれ以上出さぬ為にも!!改めてヒーローへの道を俺は歩む!!」
「飯田くん…!」

いつものロボットじみた奇怪な動きが始まって、クラスがほっと息をついた。合間にふとユキと目が合って、飯田の方からニコリと笑いかけてくる。もう大丈夫だよ、と言っているようだった。

「…さっすが、クラス委員長」
「あぁ、クラス委員長だ」

そこに居たのは、生真面目で正義感の強い、ちょっと融通の効かない、我らがクラス委員長だった。









そして午後、ヒーロー基礎学を終えて女子更衣室にて。

「いっててて…」
「ユキちゃん大丈夫?」
「全然平気ありがと、でも爆豪は呪う」
「あはは、そやね、相変わらずやったね…」

お茶子ちゃんが、擦りむいた肩にマキロンを染み込ませる^ユキを心配そうに覗き込んでくる。

久々のヒーロー基礎学は救助訓練レース=B要救助者に扮したオールマイトの元への到着時間を競うものだった。

運動場ガンマは工場地帯を模していて、入り組んだ足場が無数にある、まさにユキの得意な地形。こりゃ勝ちゲーだと挑んだものの、オールマイトの一歩手前で爆豪に吹っ飛ばされたのだ。救助訓練なのに何故人を撥ねる。

「緑谷ちゃんもだけど、ユキちゃんも凄い動きだったわ」
「確かに…なんというか、さらに身軽になられましたね」

梅雨ちゃんとヤオモモに褒められて、爆豪にどう仕返ししようか逡巡していたユキが顔を上げた。

「ひたすらミルコと走り回って敵退治してたからねぇ」
「え、敵退治やったの!」
「ひぇー流石ミルコ!すごいねぇ!」
「すごいっつーかヤバイっつーか」

寝食以外はほぼ全てパトロール、距離高低差ガン無視で走り回るミルコを追いかけたりたまにビルから落っこちたり、ミルコより先に敵を倒すためにとりあえず突っ込んで行って死にかけたり、という1週間を語ると、耳郎がドン引きした。うんそうですよね、普通の職場体験こうじゃないよね。

遠い目でコスチュームを脱いでいると、背中にずしりと重み。

「そんなことより、何さアレ!」
「ふぎゃ、何って?」

中途半端にコスチュームを脱いだままの三奈ちゃんが、下着のままのユキにのしかかっていた。ぐりぐりと頬に三奈ちゃんの人差し指が刺さる。

「今朝!轟におでこ触られて見つめ合ってなかった!?」
「エッなにそれー!」

ヤバい、見られちゃいけない人に見られてた。案の定透ちゃんが大喜びで食いついてきて、反対側の頬にも透明な人差し指がぐりぐり刺さる。

「飯田とも意味ありげなアイコンタクトしてたし〜!」
「三角関係!?三角関係なの!?」
「ふぐ…人聞き悪いな!違いますぅ」
「でも何かあったでしょ!吐けぇ〜」
「吐け吐け〜!」
「何もない!面白いことは何もないから!ぐりぐりヤメテ!」

轟のはユキの方こそ何アレだし、何っていうか間違いなく深い意図など無い。何も無かったわけじゃないけど面白くもなんともないヒーロー殺しの一件で、なにも言えず絡みついてくる2人から逃げていると、ふと壁の一点が目に入った。

「…なんじゃアリャ」
「アッ話そらした」
「ちがくて!壁、ほらそこ」

ユキが指差した先に、女子陣の視線が集まる。

更衣室の角の低い位置、ちょうど男子更衣室に面した壁に、小さな穴が空いている。

全員がひとつの可能性に辿り着いて、女子更衣室が静まり返った。おかげでというかなんというか、壁の向こうから「オイラのリトルミネタ」とか「ヤオヨロッパイ」とか「猫堂の桃尻」とか不穏な絶叫が聞こえてくる。

「………」
「猫堂いい、ウチやる」

コスチュームから仕込み千本を取り出したユキを制止して、耳郎が粛々と進み出た。

そして、ほんの数センチの壁の穴に耳郎のイヤホンがズドンと差し込まれる。腹の底に響くドックンのあと、再び男子更衣室から絶叫。

「ありがと響香ちゃん」
「何て卑劣…!すぐにふさいでしまいましょう!」

全員がプリプリしながら着替えに戻る中、ユキはなんとなくほっと息をついた。

あぁ、日常に戻ってきたのだ。




act.56_そして日常


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