Coco


□嵐は過ぎ去り
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『やるじゃん』
「……あの、」
『強かったか?ヒーロー殺し。つーかエンデヴァー何してやがったんだ、ダッセ!はっはっは!』
「ちょ、聞いて、謝りたいから…」

警察との会話のあと。

自分への処分は免れたが、保護管理者にあたるヒーローは責任を取らねばならない。そう聞いたユキは、彼らが帰ったあとすぐにミルコに電話をした。事実を握り潰すという手前、どう謝ろうか迷っていた矢先の第一声、やるじゃん。

「っていうか、え、なんで知って…?」
『おぉ。警察からしっつこく電話あって、何かと思えばよ』

電話の向こうのミルコは、それがどうしたとでもいうような調子だ。どうやら警察は先にミルコには状況を説明していたらしい。

「あの、処分って何なんですか?」
『あー、半年間の教育権剥奪?だっけな?』
「うっ…」
『安心しろ!今回の職場体験中は面倒みてやれるし、ヒーロー殺し程度の敵捕まえて調子乗るようなガキなら今後は面倒みねぇから教育権なんかあってもなくてもいいって言っといたぜ』
「安心しかねるなぁそれ!つーか調子乗ってないし!」

ヒーロー殺し程度≠ニか言うな、めちゃくちゃ大変だったわ。色々突っ込みたい内容は、喉に詰まってからため息として吐き出された。

「……勝手してゴメンナサイ」
『くだらねーこと気にしてんな。で、私と行動してた成果は表れたか?』
「…うん」

身体を飼い慣らす感覚は確かに自分の中にあった。電話越しに頷くと、ミルコが満足げに笑った。

『退院したらソッコー戻ってこい!言っとくけど、』
「あぁぁ待ってて絶対待ってて!もう鬼ごっこは勘弁!」
『バーカ追いついてこい!じゃな!』

そう言って、ブツリと電話は切れた。相変わらず嵐のような人だ。暗いスマホの画面に、呆然とした自分の顔が映る。そりゃあこんな所で油を売ってる場合ではないのですぐにでもミルコのもとに帰りたいが、帰るまでが何より難関な気がする。絶対、絶対また待っててくれない。

「うう、やだなぁまた探して走り回るの…」

項垂れて歩き出したユキが、はたと立ち止まる。

−−−ヒーロー殺し程度の敵捕まえて調子乗るようなガキなら今後は面倒みねぇから。

つまり、今後も、この職場体験が終わっても、彼女に教えを乞うことができるということだろうか。だとしたら、どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい。

吹き抜けになった病院のエントランスの端で、ニヤニヤやらげんなりやら百面相しているユキの背中に声がかけられた。

「猫堂ユキくん」
「!」

振り返ると、面構署長と数人の警察官が立っていた。浮き足立っていた気持ちが途端に温度を無くす。先頭に立っていた署長が一歩前に出た。

「もう高校生か、大きくなったね」
「…はは、そですね」
「体育祭を見て驚いたよ。まさか雄英に入学してたとは」

面構署長が穏やかに笑う。背後の刑事らしきスーツの男達は、何も言わずにその後ろに立っている。しかし目だけは警戒していた。何かすればすぐ間に入るぞ、と顔に書いてあるくらいだ。

「早く帰ったらどうですか。敵受け取り係は何かと忙しいでしょ、事務作業とか事務作業とか事務作業とか」
「なっ…」
「手厳しいね」

カッとなって踏み出した刑事の1人を面構署長が制した。つぶらな黒い瞳がユキをじっと見る。

「今さら何をと思うだろうが…警察を代表して謝りたい」
「……」
「被害者である君達を、守れなかったこと。本当にすまなかったと思っている」

病院独特のさざめきの中、ここだけが全くの無音になった気がした。

謝りたい。何を?
後ろの刑事達は、同じように思っているか?

「謝られるようなことは、何もないですよ」
「…そうかい」
「守ってもらおうとも思ってない。だから雄英にいる。あぁでも、何かに申し訳ないと思ってるなら、今後は迅速に敵の居場所を掴んでくれると嬉しいかなぁ。捕まえるのはヒーロー≠フ仕事なんで、それくらいは」

刑事達の顔が怒りに歪んで、何か言われる前に踵を返した。面構署長は何も言わなかったが、背中にしばらく視線が突き刺さっていた。

(余計なことは、考えなくていいんだ…)

ユキは今、ヒーローになるためにここに立っている。それだけでいいと言ってくれる人達が、応援してくれる人がいる。ユキは振り返ることなく、エントランスを後にした。



緑谷達のいる病室に戻ろうと階段をのぼると、のぼりきった先に分かりやすい紅白頭がいた。

吹き抜けになったエントランスの2階の手すりに背中を預けて、階段を上がってきたユキの顔を見る。その視線を受けて、ハッとした。

ここは、さっき警察と話していた場所の真上だ。

「と、轟、診察終わったの?」
「あぁ」
「そっかぁ……えと、今の話聞こえてた?」
「あぁ」
「おっふ…」

最低限の単語が、低く返ってくる。気まずさに言葉が出ない。

なによりまず、轟が昨日からユキを見る視線が不満げというかなんというか、何か言いたげなのだ。

「知り合いだったのか、署長さんと」
「えへ、まぁ…」
「知らないふりしてたの、なんでだ。被害者ってなんだ?関係あるのか、両親のことと」
「いっやー…?」
「なんか、できることねぇか、俺に」

轟が一歩踏み出して、思わずユキは後ずさる。矢継ぎ早に問いかけられて、答えあぐねていると、ハッとしたように轟の方が固まった。

「わりィ。…無神経だった」
「え!?いや、別にそんなことないけど」

轟には一度、両親が死んだことを話している。気になるのも分かるし、むしろ気にさせてしまっていたようなら逆に申し訳なかった。

隣に歩み寄ってユキが手摺りに頬杖をつくと、轟も踏み出していた足を引いて再び手摺りにもたれる。

「前に病院で会った時、あんな変な話しなきゃよかったね。ごめん、マジで気にしなさんな」
「ちげぇ、そうじゃなくて…なんつーか」
「…なんか私に言いたいことありげですよね轟くん」
「あるんだが、まとまんねぇ」

あるんだやっぱり。

それきり黙ってしまった轟を、隣で待つことにする。控えめな話し声があたりを包む。さっきと違って、重苦しくない静けさだった。

爪先を見つめていた轟は、たっぷり1分ほど経ってから顔を上げてユキを見た。

「とりあえず、俺はお前に感謝してる」
「エッ、心当たりがない」

唐突に感謝された。ぽかんとして見つめ返す。

「飯田の件、お前に教えてもらわなきゃすぐに動けなかったかもしれねぇ。お母さんの病院で会った時も、言ったろ、背中押してもらった」

轟の目がまっすぐユキを見ていた。右がグレーで、左がライトグリーン。綺麗だなぁと、場違いな感想が浮かぶ。

「だから今、お前に腹が立ってる」
「えええ…!支離が滅裂…!」
「使い方間違ってねぇかその単語」

感謝されるやら腹を立てられるやらで訳がわからない。冷静につっこみながら、轟は言葉を続ける。

「要するに、あれだ…どーでもいいとか言うな」
「……!」

−−−わたしなんかどーでもいいから!

ヒーロー殺しとの戦いの中、咄嗟に出た言葉だった。あの命懸けの状況でそんな事を覚えていたのか。

「俺はお前に感謝してて、お前になんかあったら言われなくても救けに行くつもりだ」
「んな、大袈裟な…」
「大袈裟なんかじゃねぇ。守ろうとしてるのに、お前がお前を蔑ろにしてんのは、嫌だって話だ」
「ま、もろう、と、」

轟の顔に、さっきの面構署長の顔が重なって消えた。

守れなくてすまないと謝られて、守られるつもりはないと突っぱねたのに、また守りたいと言われる。

どうしたらいいのか分からなかった。ただ、目の前の轟の瞳は真剣そのもので、この天然ぶきっちょが心からそう思っているのは理解できた。

「…ごめん、もう言わない」
「おう」

轟の目が少し柔らかくなった。ユキと違って鮮やかな赤い髪がきらりと揺れる。

(う、わ)

面食いだとは思わないが、イケメンの微笑みの威力たるや。なんだか無性に照れ臭くなって誤魔化すようにずびしと轟を指さした。

「でもヒーロー目指してるから、多少自分を後回しにすることはある!っていうか轟もそういうタイプでしょ」
「まぁ…それはそれだ」
「線引き難しくない?」
「意識の問題だろ」

そのまま連れ立って歩き出す。足取りは、階段をのぼってきたときより随分軽かった。

守られるつもりはない、自分で戦いたくてヒーローを目指している。でも、彼に守りたいと言ってもらえることは、不思議と嫌ではなかった。




act.53_嵐は過ぎ去り


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