Coco


□正義への反逆
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ゴミ捨て場から拾ったロープやらなんやらで、意識の無いヒーロー殺しを拘束した後。

「猫堂さん、大丈夫…じゃないよね?」
「ねーだろ」

心配そうな緑谷と、険しい顔の轟に見下ろされ、ユキは曖昧に笑うしかなかった。

「いや意外とね、USJん時よりコンディション良好よ?」
「ごめん猫堂さんあんまり説得力無いや…」
「あっはっは、緑谷に言われんのやばいウケる」
「ウケないよ…!本当に、」
「緑谷」

緑谷の言葉を遮って、肩を竦めて見せる。

「ちょっと派手に血ぃ出てるけど、平気だから。ね?」

そう言うと、緑谷はもう何も言ってこなかった。轟がまだ不満げにしているので、ヒーロー殺しを連行する役を任せると渋々それを引き受ける。

強がってないわけではないが、眼球は幸い無事らしく眼は開く。落とされるとさえ思った左腕もそこまでの深傷ではない。喉元過ぎればなんとやらで、やたら出血だけしているホラーな様相が自分でも引けた。

ヒーロー殺しを引きずる轟を先頭に、脚に重傷を負った緑谷を復活したプロヒーローが背負い、その後に飯田とユキが続いて路地裏を抜ける。

「轟くん、やはり俺が引く」
「おまえ腕グチャグチャだろう」
「悪かった…プロの俺が完全に足手まといだった」
「いやぁマジそれですよね」
「ヴッ」
「猫堂さん…!いや、一対一でヒーロー殺しの個性≠セともう仕方ないと思います…強すぎる…」

轟の言葉で、最後のヒーロー殺しの動きを思い返す。本当に、運が良かったとしか言いようがない。少しでも歯車が狂っていたら、誰かが殺されていた。

路地裏を抜けてすぐ、緑谷の知り合いらしき老人が現れ(正面から顔面蹴りされていた、何故)、さらに数人のプロ達が駆けてきた。その中に、さっき脳無のもとに残ったヒーロー2人がいるのを見つける。

「子ども…!?」
「キミ…避難誘導に向かったんじゃ…!?」
「え、えへっ。お2人共死んでなくて何よりですぅ」
「えへっ、じゃないよ!酷い怪我だ…救急車!」

どうやらエンデヴァーの応援もあり、脳無はあらかた片付いたらしい。2人が相澤先生のような大怪我をしていないことにホッとする(かわいこぶって誤魔化してみたが普通に怒られた)。

プロ達が情報共有に錯綜する中、隣にいた筈の飯田がスッと一歩引いた。

振り返ると、飯田が深々と頭を下げている。

「3人とも…僕のせいで傷を負わせた。本当に済まなかった…」

飯田が苦しげに言葉を溢す。

「何も…見えなく…なってしまっていた…!」

声に涙が浮かんでいて、ユキは思わず目を逸らした。

無理もないと思うし、彼の行動原理は理解できる。ヒーロー殺しを捕まえたところで、インゲニウムがたちまち完治するわけもない。未だ一番辛いのは飯田で、責任感の強いこの人が、ユキ達にまで怪我をさせたとさらに自分を責めるのは、見ていられなかった。

言葉をかけあぐねていると、一番仲のいい緑谷がぽつりと言う。

「…僕もごめんね。君があそこまで思いつめてたのに、全然見えてなかったんだ。友達なのに…」
「しっかりしてくれよ。委員長だろ」

緑谷と轟の、それぞれらしい気遣いに安心する。

誰も、飯田のせいで怪我をしたなんて思わない。ただ友人を心配する一心、友人の兄を傷付けたヒーロー殺しを許せない気持ち、ここに来た理由はユキも同じだと思えた。

「私、飯田を委員長に推薦したこと、後悔してないからね」

顔を上げた飯田に、少し意地悪く笑って見せる。

「だからさ、もし私に何かあったら、今度はそっちが助けに来てよ。インゲニウム≠ウん」
「……うん…!」

絞り出すような返事は、しかしはっきりと聞こえた。

(……がんばれ、飯田、がんばれ…)

彼の痛みを理解することなんて、誰にもできない。飯田が自分で立ち上がるしかない。気の利いた言葉もアイデアも浮かばない自分が情けなかった。こんな時、相澤先生なら、爆豪ならなんて言うのだろう。

そんな事を考えていた、刹那。

「−−−っ!!」

耳に届いた羽音と、いつかの死体の匂い。勢いよく振り返ったユキに「どうした?」と轟が尋ね、ほぼ同時にグラントリノと呼ばれた老人もユキと同じ方向に振り返る。

「伏せろ!!」
「え?」

頭上から影が落ちる。見えた羽音の正体に、息が止まった。

ユキが戦ったのとはまた別の、翼の生えた脳無が、真っ直ぐこちらに突っ込んできていた。

「敵!!エンデヴァーさんは何を…!」
「逃げっ…!?」

臨戦態勢を取る前に、脳無はユキの頭上を通り過ぎていく。攻撃してこない。目で追って身を翻すと、緑谷の身体が浮いていた。

「−−−はっ?」
「え、ちょ、」

悲鳴をあげる暇もなく、脳無の爪が緑谷を捉え、そのまま舞い上がる。ようやく脳が事態を理解した時には、緑谷は手の届かない高さにいた。

「緑谷くん!!」
「やられて逃げてきたのか!!」
「、わああああ!!」
「みどっ、え!?」

追いかけようとした視界の端で、今度は別の何かが動く。

「偽物が蔓延るこの社会も、」
「なっ…」

ヒーロー殺しだった。いつの間に拘束を解いたのか、いやそれどころか、いつの間にかあんなところに。脳無を地面に叩きつけるように着地し、右手を薙ぐ。脳髄が飛び散る。左手に抱えた緑谷も押さえつけたまま、ゆらりとヒーロー殺しは立ち上がった。

「徒に力≠振りまく犯罪者も、粛清対象だ」

嗄れた声が、朗々と響く。

「全ては、正しき、社会の為に」
「……!!」

異常だった。
取り憑かれているとしか思えない。

「助けた…!?」
「バカ人質とったんだ。躊躇なく人殺しやがったぜ」
「いいから戦闘態勢とれ!とりあえ、」
「緑谷ッ!!」
「ず、ってオイ!!」
「猫堂!!」

プロヒーローと轟の制止に構わず、ユキが駆け出す。

とりあえず戦闘態勢なんて言ってる場合じゃない。奴は異常すぎる。緑谷が危ない。いつ殺されてもおかしくない。

駆け出したものの数歩で脇腹に激痛が走った。まずい、ヒーロー殺しにやられた峰打ちで、どうやら肋骨もどうにかなっている。

『神経の1本、筋繊維の1本、全部支配しろ』

ミルコが耳元で囁いた気がした。

気力で痛みを捻じ伏せ、走りながらさっきヒーロー殺しからとったサバイバルナイフを抜く。視界の端に炎をまとった大男が見えた。エンデヴァーだ。

「緑谷!!」
「猫堂さんっ、来ちゃダメだ!」
「待てっ、小娘!轟!!」

ヒーロー殺しに斬りかかろうとした、その時、

「贋物…」

地獄の底から這い上がるような声がした。

「正さねば…誰かが…血に染まらねば…!英雄≠取り戻さねば!!」
「ヒッ…!」

その場に縛り付けられたように、足が竦んだ。

ヒーロー殺しの目は、焦点が定まっていなかった。しかし確かに何かを見据えて、語りかけてきていた。口からだらだらと唾液を流し、全身血塗れで、ヒーロー殺しが一歩踏み出す。

燃えるようなオーラ。
執念。

空気が重い。動けない。ただヒーロー殺しの一挙一動に、目を奪われた。

「来い、来てみろ、贋物ども…俺を殺していいのは、オールマイトだけだ!!!」

絶叫が響き渡った。

コンクリートのビル街に反響したあと、静寂が下りる。誰かがぽつりと呟くまで、時が止まったように全員がヒーロー殺しを見つめていた。

「気を、失ってる…」
「……は、」

その言葉に、脚の力が抜けて、ユキはその場に崩れ落ちた。未だ立ったままのヒーロー殺しの奥で、同じように緑谷が硬直しているのが見えた。

ヒーロー殺しは、立ったまま気を失っていた。
しかし、その場の誰よりも、彼は何かと闘っているように見えた。


act.51_正義への反逆


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