Coco


□月夜の訪問者
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刀を握りしめ、眼前の敵に飛びかかる。

しかし敵の口から空気の塊が吐き出されて、勢いよく弾き飛ばされた。圧縮砲のような個性だ。硬いアスファルトに直撃する前に受け身をとり、起き上がって反撃しようとしたら、

「あっ!!」
「ぐげぇっ!!」

既にミルコの蹴りが敵の顔面にめり込んでいた。明らかに鼻の骨が折れた音がして、敵が哀れな悲鳴をあげて倒れる。

中途半端な体勢で固まっているユキを、ミルコが勝ち誇ったように見下ろした。

「これで私の23勝だな」
「うぐぅ…」
「反撃までが遅ぇんだよ、お前。もっと全身使え」

ミルコが駆けつけた警察に敵を引き渡している間に、スマホ片手の群衆が何事かと集まってくる。その視線の真ん中で、ユキは項垂れた。

ミルコについて4日目。現在ユキに与えられたミッションは「ミルコより先に敵を倒せ」である。

食事と睡眠以外のほぼ全てをパトロールに費やしているだけあり、犯罪とのエンカウント率は尋常じゃない。ユキも、瞬間的に筋力を増強(?)を図り運動能力の底上げを図ることには慣れてきて、ミルコの屋上移動には殆どついて行けるようになった(2日目の夜は凄まじい筋肉痛だったが)。

しかし、敵の確保においては、全くついて行けていない。攻撃と攻撃の間隔がミルコには殆ど無いのだ。息もつかせぬラッシュと、ここぞというときの大きな一撃。ユキが敵の攻撃に怯んでいる間に決着は着いていて、現在のスコアは、ミルコの言う通りユキの0勝23敗。

「あと判断も遅い。反応早くても意味ねーぞ」
「だぁあもぉ分かってるよ分かってますよ!」
「分かってんならやれ。ほれ、次行くぞ」

群衆を掻き分けてとっとと歩き出すミルコに、慌ててついていく。

(くっそ〜、悔しい…)

しかし、ミルコのアドバイスは実際的確だ。身体を支配する、その感覚は確かに掴めつつある。

ミルコの背中の少し奥で、ふわふわと浮かぶウォッシュの形の風船が見えた。不意に風が吹いて、見知らぬ子供の手からするりと紐が抜ける。

「あっ、ふうせん!」

子供が慌てたように叫んだのとほぼ同時に、体勢を低くしてダッシュする。手と脚、背筋、全身を使って、適当な車止めを足場に大きくジャンプする。

地上十数メートル程の高さで風船の紐を掴んで、空中でくるりと一回転する。地上の景色が視界に入り、ぽかんと口を開けた通行人がこちらを見上げているのが見えた。

そのまま難なく、子供の目の前に着地する。

「ほいっ、ウォッシュ」

風船の紐を差し出すと、呆気にとられていた子供の目がぱぁっと輝いた。

「すっげぇ!!ちょー跳んだ!」
「すっげぇでしょー、もう放しちゃだめだよ」
「お姉ちゃんなんていうヒーロー!?」
「ううんまだヒーロー違う。でもパンサーだよ」
「パンサー!おれフォローしてあげるウォッシュの次に!」
「アッ、ありがとうございますよろしくです」
「コラ失礼でしょ…!ありがとうございますすみません!」

母親らしき女性が慌てて頭を下げてきた。微妙に尊大な少年の態度が前の席のクラスメイトを連想させる。ああはなるなよ少年。

なんてのほほんと思っていると、周りからパラパラと拍手が起きた。

「やっぱり凄いねぇ」
「お嬢ちゃん雄英体育祭見てたよ」
「応援してるよー」

たぶん、こういう人助けみたいなこともヒーローの仕事で、道ゆく人々にとってはプロだろうがアマだろうが、コスチュームを着ているだけでヒーローなのだ。そう思うとむず痒い気持ちになる。

「おーいパンサー!とっとと来い!また置いてくぞー!」
「うっわちょ、待って待って!じゃあね少年!」
「頑張れよパンサー!」
「コラッ!!!」

ついに拳骨を落とされたプチ爆豪に別れを告げ、既に小さくなっているミルコ(置いてくぞというか既に置いて行ってる)を追いかけた。










『やっぱりあれユキちゃんやったんや!』

電話の向こうのお茶子ちゃんが、やばいミルコめっちゃスパルタ、と呟いた。

その日の夜、疲れ果ててホテルのベッドで伸びていたユキに電話をかけてきたのはお茶子ちゃんだった。なんでも、先日渋谷でビルからビルへと飛び移る2つの人影を目撃して、それがどう見てもユキだったため心配で電話してきてくれたらしい。

「うーん、まぁ屋上移動くらいならなんとか慣れたよ。何回かは死にかけたけど一応ミルコ助けてくれるし…」
『一応なんだ…?でも良かったよ〜無事で…』
「ははは、ありがと。お茶子ちゃんはどう?ガンヘッド」
『こっちも大変!でも有意義!』

ガンヘッドの事務所に行っているお茶子ちゃんも、基本はパトロール、あとは合間のトレーニングに参加させてもらっているらしい。とはいえあちらはちゃんとした事務所なので、休憩時間もあれば先輩ヒーローへのヒアリングの時間もとってくれるという。

ミルコの気分次第で四六時中走り回っているユキとはえらい違いだ。

「ていうかお茶子ちゃん、13号みたいな災害救助系のヒーロー目指してるって言ってなかったっけ?なんでガンヘッド?」

不意に、新学期に何気なく聞いた話を思い出した。おもむろに尋ねると、電話の向こうから小さく笑う声がする。

『強くなりたくて。デクくんとか爆豪くんとか、ユキちゃんみたいに』
「んえ?わたし?」

キョトンとしてスマホの画面を見下ろす。爆豪や緑谷ならまだしも、強くなりたいというワードと自分に関連性が見つからない。

『体育祭、爆豪くんと戦った時の私の作戦覚えてる?』
「流星群?」
『あれ、芦戸ちゃんとユキちゃんの試合見て思いついたんだ』
「え!?…あ、あー!」

低い姿勢からの攻撃と相手の爆煙を利用して、頭上から意識を逸らすあの作戦だ。そう言われて見れば、対芦戸戦でのユキも、わざと大きなモーションで攻撃を避け続け、足元の酸に気付かせない方法をとった。

まさか人に参考にされるような日が来るとは。驚いて言葉が出ないうちに、私は負けちゃったけどね、とお茶子ちゃんが笑う。

『強くなればそれだけ幅も広がる!私はデクくんみたく強くなりたいし、ユキちゃんみたく冷静に戦えるようになりたい!ってなると、やっぱ実戦あるのみかなって』
「…緑谷はともかく、私は買い被りすぎだよ。つーか偉いね、そんなことまで考えてたんだ」

お茶子ちゃんの言う通りだ。自分の理想像だけを追求していても、強さは偏っていく。なりたい自分になるために、あらゆる見聞は広げるべきだろう。

『って、もうこんな時間!ごめんね遅い時間に!』
「ううん、心配ありがと。明日も頑張ろーね」

お互いにおやすみを言い合って電話を切った。スマホを放り出してベッドに大の字になると、妙に小洒落た吊り照明が風で揺れている。

ミルコは事務所が無い代わりに、全国に顔パスで部屋をとれるホテルを持っているらしく、職場体験中はユキもそのホテルを泊まり歩いている状態だ。しかも毎度ちょっといいホテルを、一部屋ずつとってくれる(ちょっと金銭感覚がズレていると思う)。

開け放った窓から、生温い夜風が流れ込んでくる。

「…なりたい、自分ね」

相澤先生は、いいヒーローにすると言ってくれた。いいヒーローとはなんだろう。今日会った少年や、道ゆく人々の表情を思い出す。

「私、何になりたいんだろう…」
「それは俺も知りたいね」
「!!!」

不意に、飄々とした声が響いた。

1秒も間隔を空けずベッドから飛び起きて、辺りを警戒する。シングルサイズにしては大きな部屋には、当たり前だがユキしかいない。

バサリと音がして、カーテンが靡いた。まるで、大きな鳥が羽ばたく瞬間のような音。即座にベランダに駆け寄り、勢いよくカーテンを引く。

ベランダの手摺りに、人間が立っていた。

「初めまして、猫堂ユキさん。少し話せるかい」

大きな翼の影が、煌々と輝く月の光を遮って表情を隠している。しかし金色の目だけが爛々と、ユキを凝視していた。

ユキの名を呼んだその男の顔と、個性には見覚えがある。緑谷に見せてもらったヒーロー雑誌で、今一番若くて勢いのある、人気のヒーローなのだと教えてもらった彼は、

「……ホークス?」
「ご名答」

速すぎる男が、呆気にとられるユキを見てにこりと笑った。



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