Coco
□まつりのあと
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表彰式と終礼を終え、夕陽の差し込む教室にて。
「爆豪あんた、そのまま帰んの…?」
「うるせんだよクソザコ!!」
般若の形相でメダルを口に引っ掛けたままの爆豪に、思わずツッコんでしまった。荒々しく立ち上がった爆豪は、ユキを見下ろして鼻を鳴らす。
「ベスト8止まりが指図してんじゃねぇわ!」
「うっわマジで人間性が終わってる…」
「勝手に終わらすな死ねや!」
そのままズンズンと教室を出て行った爆豪の後ろ姿を、クラスメイト達が生温い視線で見送った。全員あの態度に慣れてきているのが凄い。
「1位獲ってもアレだもんなぁ」
「まー色々思うとこあったんじゃん?」
隣の瀬呂が耳郎と顔を見合わせて肩をすくめた。
体育祭の結果はこの通りだ。3位が常闇、2位が轟、有言実行の爆豪1位。とは言え、同率3位の筈の飯田は家の事情がどうとかで早退しており、決勝戦の爆豪対轟では、一度は使った炎を轟が使わなかったことにより、爆豪が勝利した。
爆豪が荒れているのはそのせいだろう。轟が全力を出さなかった、しかも緑谷に対しては使った炎を使わなかったことが、爆豪には我慢ならないらしい。
ちらりと後ろを振り返ると、いつもは早々に下校する轟が、ぼんやりと手元を見つめたまま席についている。思うことがあったのは轟も同じなのだろう。
そして、ユキも同じだ。
「猫堂ーっ」
「はーい?」
振り返っていた首を前に戻すと、三奈ちゃんがユキの席に顎をのせてこてんと首を傾げていた。
「ね、打ち上げしようよ!明日休みだしさー!」
「おお、いいんじゃん?」
「元気だなお前ら…!疲れてねーのかよ」
「疲れたけど、お疲れ様ってことでよ!」
「あ、ウチも行きたい」
呆れた顔の瀬呂の後ろから上鳴が現れ、耳郎も手を挙げる。そのまま耳郎がユキの後ろに声をかけた。
「ねぇ、八百万さんも行かない?」
八百万さんが目を丸くしてこちらを見た。
「わ、私ですか?」
「いーじゃん行こ!八百万さんとそういうのした事ないし!」
「アルコール無しの安全な打ち上げですぜ副委員長」
「何言ってんだ猫堂当たり前だろ…」
切島に突っ込まれてしまった。少し考えた八百万さんが、眉を下げて頷く。
「よろしければ、ご一緒させて下さい。今日の試合を見ていて、皆さんに聞きたいこともありますし…」
「よしきた!じゃー反省会兼打ち上げってことで!」
「他にも行く人ー!」
上鳴と三奈ちゃんがまだ残っていた他のクラスメイトに声をかけている中、「猫堂さん!」と名前を呼ばれた。声がした廊下を見ると、尾白がこちらに向かって手招きしている。
「猫堂さん、なんか、普通科の人が何人か呼んでて…」
「!!」
尾白の肩越しに見えた顔ぶれにドキリとする。正直話したくない。しかしシカトするわけにもいかず、不思議そうな耳郎達に「ちょっと待ってて」と声をかけて重い腰をあげた。
廊下に出ると、思った通り、入学式の日に一悶着あった3人組だ。
先頭に立っていたのは今日の昼休みにも会った彼だった。揃って気難しい表情でユキを見ている。
「…えっと、何?」
派手に啖呵を切った後なだけに、尋常じゃなく気まずい。隣の尾白が、心配そうにユキと彼らを交互に見ている。
先頭の男子が、キッとこちらを睨んだ。
「おめでとう」
「………へっ?」
「だから!ベスト8!おめでとう!あとお疲れ!」
表情と台詞が合っていない。呆気にとられるユキの前で、彼の後ろにいた女子生徒がその背中をばしんと叩いた。
「どこの世界に人睨みつけておめでとうって言う奴がいるのよ、バカ」
「お、俺はもともとこういう顔なんだよっ」
言い合う2人の後ろから、細身の男子生徒が進み出て、今度はユキに頭を下げた。
「ごめん、入学式の日のこと謝りに来たんだ」
「え…」
固まっているユキを置いて、彼が言葉を続ける。
「実技試験のこと…本当はちゃんと分かってたんだ。早い者勝ちで、立ち止まったら負け。君の言う通り。…それでも悔しくて、君のせいにした」
「……」
「心操の試合見て…私、自分が情けなくなって」
女子生徒も、同じようにぺこりと頭を下げた。昼休みの彼も、倣うように頭を下げる。
「ごめん!」
「う、ええ!?ちょ、ちょっと待って…」
教室の中からの視線が痛い。それに、なんて返せばいいのか分からない。
戸惑っているユキに向かって、相変わらずしかめ面の昼休みの彼が鼻をならした。
「別に許してくれなくてもいいけどな!俺らがこのままじゃ気持ち悪いから謝りに来ただけ!じゃな!」
「あ、コラちょっと待てお前!」
「えっ置いてかないでよ…!じゃ、じゃあね猫堂さん!」
ベスト8おめでとう!と、そう言い残して、普通科の3人は走り去って行った。ろくな返事もできないまま、ユキは廊下に取り残される。
「……なんだったの?今の…」
「いやぁ…ちょっと入学式の時に色々…」
まさか、謝られるとは思わなかった。立ち尽くすユキの前に、今度は尾白が立つ。
「じゃあ…俺も気持ち悪いから言っていいかな?」
「な、なに」
「俺、もっと強くなるよ。今度は猫堂さんに、っていうか仲間に、しっかり頼ってもらえるように」
尾白の真剣な目が、真っ直ぐユキを見る。騎馬戦のあとの、悔しそうな表情はもう無かった。
「あー、ちょっとクサい…よね?」
「…ううん、次は絶対頼る……」
お世辞でもなんでもなく、頼りたいと思えた。今度は口からするんと言葉が出てきて、照れくさそうに笑った尾白がまたね、と背を向けた。
その背中を見送っているユキの背中に、「猫堂、」とまた声がかかる。
ゆっくり振り返ると、常闇が立っていた。ユキに歩み寄ってきた常闇が、少し気まずそうに頭をかく。
「さっきは悪かった、妙な事を言った」
「…常闇が謝ることないってば」
何を言えば正解なのか分からない。迷っているうちに、今度は常闇が真っ直ぐユキを見る。
「今度、時間が合えばでいいんだが…格闘技を教えてくれないか」
「え?私が?」
「組手のようなものでいいんだ。オールマイトに、個性に頼りすぎるなと言われた…その通りだと思う。俺自身が、力をつけなければいけない」
−−−常闇はもう前を向いてる。
相澤先生の言葉が脳裏を過った。
傷ついて終わりじゃない。尾白も常闇も、あの普通科の3人も、前を向いたから、こんな言葉が出てくる。
「…そんなんでいいなら、もちろん」
「!そうか、助かる」
「常闇、ありがと…」
「いや今礼を言うのは俺…おい?どうした?」
へなへなとその場に蹲ったユキの頭の上から、心配そうな声が降ってくる。膝に顔を埋めて、深くため息をついた。
傷つけたら離れるしかないと思っていた。でも、こうしてまた歩み寄ってくれる人もいる。そんな単純なことに、気付こうとすらしてこなかった。
「常闇、私ね、勝つ気が無かったんじゃなくて、君に勝てる気がしなかったんだよ」
「…そうなのか?」
「弱かったのは私の方だ」
しゃがみこんだまま常闇を見上げて、笑う。きっと相当情けない笑顔になっているだろう。
「だからこちらこそ、組手よろしく」
「…あぁ、よろしく」
ふいっと顔を背けた常闇の背後から、恐る恐る顔を出したダークシャドウが、すぐにぴゃっと隠れてしまった。こっちの信用回復には時間がかかりそうだ。
「…終わった?」
「ウワッ!」
にゅっと視界に現れたピンクにギョッとする。振り返ると、透ちゃんと耳郎がニヤニヤしながら後ろに控えていた。透ちゃんのニヤニヤは見えてないけど。
「尾白くんとイイ雰囲気になってると思ったら、次は常闇くんとイイ雰囲気になるから、ちょっと観察してみたよユキちゃん!」
「解説ありがと透ちゃん、そして誤解です」
「えーそうなの?常闇も打ち上げ行かん!?」
「いや、俺は遠慮しておく…」
常闇が頬を引きつらせて後退りする。打ち上げというより今のやりとりを根掘り葉掘り聞きたい感が伝わってきて、常闇はそそくさと退散してしまった。
残されたユキの首根っこを、三奈ちゃんががしりと掴む。
「で?なんの話だったの?」
「うーん…やっぱ私人付き合い下手だなって話」
「え?どう考えてもコミュ力お化けでしょ」
「全然だよ、全然足りんのよ」
耳郎の怪訝な顔に思わず笑う。
自分にはきっと何もかも足りなくて、相澤先生や爆豪から見れば間違ってることも山ほどあって、傷つけることもやめられない。でも、前を向くことくらいなら、なんとかやれるような気がした。
窓から見える夕焼け空が、やけに綺麗に見えた。
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