Coco


□目的と勝利と
1ページ/1ページ



「−−−全力でかかって来い!!」

まるで緑谷らしくない強気な啖呵が、スタジアムに響き渡った。

「緑谷どした…?なんの話!?」
「さぁ…」
「……」

2回戦第1試合、緑谷対轟。
轟の強力な氷結攻撃に対し、緑谷はハンドボール投げの時と同様、指を1本ずつ犠牲にしての相殺で凌いでいた。残機制限付きの耐久戦だ。

−−−クソ親父の個性なんざなくたって…いや、使わず一番になる≠アとで、奴を完全否定する。

轟の台詞が、ユキの脳裏をよぎる。

エンデヴァーが轟を自分の上位互換のクローンとして育てたがっているのは、たぶん本当なのだろう。母親を蔑ろにされ反抗する轟が、左の炎を使いたくないのも、理屈としては理解できる。

しかし、納得はできない。
ユキも、きっと隣で聞いていた爆豪も、緑谷もそうだろう。

『モロだぁー!!生々しいの入ったぁ!!』

近接戦に持ち込んだ緑谷が、咄嗟に身を翻して轟にストレートを決める。既にボロボロの緑谷のスピードが上がったわけではない。

「轟、動き鈍ってる…」

緑谷の言葉通り、霜で体温が下がって動けなくなっているのだ。氷結のみの轟は、要するに消耗品。それを分かっていても、左を使わない気だ。

体育祭で終わりじゃない。雄英での3年間、プロヒーロー、それ以降もずっと氷結だけで戦って、そこまでしての轟のゴールはどこなのだろうか?ナンバーワンになる、つまりオールマイトを超えることだというのなら、結局はエンデヴァーと同じ目標だ。轟はそれが目標なのだろうか?

「…私には関係ないけど」
「え?なに猫堂?」
「なんでもなーい」

浮かんでくる疑問符に無理やり蓋をして、耳郎の問いかけに肩をすくめる。

緑谷と轟は戦いの合間にもやりとりをしているが、遠すぎて細かくは聞き取れない。しかし緑谷がいつになく感情的だ。

「君の−−−力じゃないか!!!」

緑谷の激昂が、土煙に紛れて響く。

(…勝ちたいくせに、お節介なヤツ)

このまま氷結だけ使わせていれば、持久戦で緑谷が勝てるかもしれない。そもそも、納得できなかろうがなんだろうが、轟の家庭の事情もエンデヴァーへの反抗も、緑谷には関係ないはずだ。

出口の無い轟の感情を、解こうとしている緑谷は、本当にお節介な、まさしくヒーローの卵。

轟の左半身から炎が立ち上る。数秒後の大爆発の直前、モニターに映った轟の表情は、笑っているようにも泣いているようにも見えた。











緑谷対轟戦の後、セメントスが崩壊したステージを修復する間、本戦は暫しのインターバルを挟むことになった。

教員と警備のプロヒーロー用に準備された控え室から実況ブースに戻る道中、興奮気味なマイクがこちらを覗き込む。

「しっかしアレだな消太、あんなテンション上がったエンデヴァー見たことあっか?よっぽど息子に期待してんだろーな」
「いや、ありゃ期待っていうより…」

エンデヴァー、もとい轟炎司氏の妻が精神を患って入院していることとその理由は、プロの界隈でまことしやかに囁かれている噂だ。事実はどうあれ、轟が父親との間に確執を抱えていることは見ていて分かる。

入学から今日まで、轟が父親の個性を使ったのはたった2回。今日、緑谷という存在と戦い、彼は何かを変えられたのだろうか。

逡巡していると、人気のない通路のそばの木に何かがひっかかっているのが見えた。

というか、なぜか木の枝に膝をひっかけて逆さにぶら下がった人間が、スマホの画面を睨み付けている。頭の下をゆらゆらする赤茶けた髪に、相澤は頭を抱えた。図らずも、轟が雄英で最初に炎を使うきっかけとなった存在。

「ヘイ、んなことしてっとパーになるぜ不良リスナー」
「もとから割とパーですよーだ、ってか不良って」

スマホから目を離した猫堂がマイクを見、そして奥の相澤を見てあからさまにマズい、という顔をした。くるりと回転して着地し、しどろもどろに弁明を始める。

「いや不良ってのは別に深い意味は無くてですね」
「夜の街でマイクに補導された話はもう聞いた」
「マイク先生の裏切り者!ヒーローのくせに!」
「悪い、ヒーローでありキョーシなの俺」

マイクが悪びれる様子もなく肩をすくめた。本当はマイクも隠すつもりだったのにうっかり口を滑らせたということは、今は置いておく。

「で、お前は何してんだ。試合もうすぐだろ」

猫堂の頭についた葉っぱを取りながら尋ねると、むくれたままスマホの画面をこちらに向けた。画面の中では、ガンヘッドが敵を豪快に投げ飛ばしている。

「ちょっとでも手数を詰め込んでおきたくて」
「モーショントレースか。やれる事は増えてるか?」
「はい、結構色々と…まさかサーカスの動画で見た空中ブランコを実践するとは思わなかったですけど」
「あ、ガチで空中ブランコだったのネ」

障害物走のザ・フォールを思い出す。曲芸だろうが逮捕術だろうが、なんでも一瞬で吸収してモノにするのが彼女のモーショントレースだ。

しかし、いくら使える技と身体能力が高くても、肉体はただの15歳の女子高生。生身の物理攻撃には限界がある。そして次に彼女が相対するのは、物理攻撃が効かない相手。

「常闇への対策は考えてるのか」
「超ヤバいです、なんっも思いつかない」

けろりとそう言った猫堂が、降参とばかりに手を挙げた。正直すぎる。ところが、「ただ、」と顔を上げた猫堂が真っ直ぐこちらを見上げる。

「勝つことにこだわらなければ、こんなに良い対戦相手はいないです」

その言葉の意味に相澤が眉を顰めたのを見て、猫堂が慌てて「あ、負けるつもりはないですよ!もちろん!」と慌てて弁明する。

猫堂が何を言いたいのか分かった。こちらから声をかける前に、猫堂の方から口を開く。

「でもまあ…私は、プロになれたらそれでいいんです。あわよくば、先生が言ってくれた通り、ちょっと良いヒーローに」

悟りを開いたようなその表情にどうこたえようか迷っていると、耳につけたインカムから『まもなく修復完了よ!』というミッドナイトの声が聞こえてきた。

「やべぇ戻ろうぜ消太!じゃあな不良リスナー!きばれよー!」
「不良はやめてくださいってば!」

慌てて歩き出すマイクの背中を追おうとして、少し考えて振り返る。猫堂の目は、勝利を諦めているようには見えない。しかし、緑谷や爆豪のような、強い熱を持っているわけでもない。

「…間違ってるわけではない。だが、心構えってのは思ってる以上に行動に現れるぞ。しっかり勝つ気でやれよ」
「オッス」

おどけて敬礼する不良生徒に、今度こそ背を向けてマイクを追う。

(…次で負けるな、あいつは)

常闇との個性のアドバンテージはあれど、あの身体能力と、それを導き出せる頭の回転の速さがあるのだから、勝機は猫堂にも充分あると相澤は思っている。

しかし、猫堂自身が目的を切り替えた。体育祭はプロヒーローの品定めの場。勝ち上がればプロの目に留まる。そうすれば、今後のプロからのドラフト指名率が上がる。猫堂は、勝ち負けよりその過程に意味を見出したということだろう。
負ける気はないだろうが、絶対に勝つ気もない。そういう半端な奴は、勝てない。

その冷静さが猫堂の将来に吉と出るのか凶と出るのか、まだ推し量ることができなかった。




act.31_目的と勝利と


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ