Coco


□オールアウト
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歓声の降るスタジアムを離れ、リカバリーガールの医務室にて。

「軽い火傷になっとるね。肩のところは少し酷いよ」
「ごめんね、ごめんね猫堂〜!!」
「落ち着け三奈ちゃん、とりあえず落ち着け」

ベッドに腰掛けるユキの隣で、三奈ちゃんがベソをかいている。その頬に、リカバリーガールが「アンタも打撲多数だよ」と言いながら熱い接吻をした。ピンクの肌に浮かぶ痣が、みるみるうちに薄くなっていく。

「アンタはどうすんだい?」
「あ、軽くでいいです」
「そうさね、リカバリーしすぎて次の試合に響いちゃいけない。湿布を取ってくるからちょいとお待ちな」

リカバリーガールが奥に引っ込んだタイミングで、三奈ちゃんに向き直る。涙をいっぱい浮かべたオニキスのような瞳がこちらを見て、しょんぼりと俯いた。

試合が終わった直後からこんな調子なのだ。そりゃあ容赦のない攻撃は受けたし、正直痛かったし、医務室に引っ込んでからだいぶパンクになっていた自分のジャージ姿を見たときはギョッとしたけれど。

「手加減無しって言ったの私だし、ていうか私だってだいぶ容赦無く蹴ったりしたじゃん」
「そーだけどぉ…」
「みんな勝つためにやってる!なんも悪くない!って、さっき三奈ちゃんが言ってくれたじゃん」
「そーだけどぉ…!」

指先をまごつかせている三奈ちゃんが、俯いたままポツリと言う。

「私小さい頃、友達と喧嘩したはずみで個性使っちゃって、怪我、させちゃったことあって…」
「うん」

どんどん声が小さくなる。外からひときわ大きな歓声が聞こえてきた。三奈ちゃんの声がかき消されそうになって、顔を近づける。

「すごく謝ったんだけど、その子とはそれっきりになって…猫堂は手加減しなくて良いって言ってくれたけど、やっぱり」
「…怖い?」

頷く三奈ちゃんの肩を掴んで、少し無理にこちらを向かせる。

ここで何を言っても、彼女の気持ちが晴れるわけではないだろう。つい数十分前の自分と同じだ。

それでも、少しでも彼女の心を軽くしたい。彼女の心配なんて、ユキに対しては全くの杞憂だと分かって欲しかった。

「私はそれっきりになんてならん!」
「!」
「なんていうか…あー上手く言えないけど!私はどんだけ傷つけられようがなんだろうが、絶対三奈ちゃんのこと嫌いにならない!マジで絶対ならない!だからもう謝んな!つーか謝ったら怒る!」

これでどや!と詰め寄ると、涙を浮かべた瞳を瞬かせた三奈ちゃんが、くしゃりと破顔した。

「ゴーインかよ猫堂!」
「強引くらいでいいの、どうせ人付き合い苦手だから」
「アッ気にしてる、ごめんそこまでじゃないと思うよ」

ベッドの上で小突き合っていると、湿布を持ってきたリカバリーガールに叱られた。







『爆豪、すかさず迎撃ィ!!』
「あぁっ、始まってる…!」

観客席に戻ると、爆豪が右腕を振り抜く瞬間だった。爆風が砂を巻き上げ、小柄なお茶子ちゃんを吹き飛ばす。

爆豪対麗日、ある意味最も不穏な組み合わせだ。

息を切らして現れたユキに、気づいたクラスメイト数人が振り返る。

「おお!お疲れ猫堂」
「っっんで着替えてくんだよ…!」
「リカバリーガールにそのまま戻んなって怒られたから」
「そ、そりゃそうだろうよ…」

医務室の後、三奈ちゃんには先に戻ってもらって、ユキは更衣室で代えのジャージに着替えてきていた。どうせ次の試合でもボロボロになるだろうとそのまま戻る気でいたら、リカバリーガールに「なんのサービスだい」と怒られたのだ。

歯噛みする峰田を無視して、空いていた耳郎の隣に滑り込む。耳郎は試合を直視しないように指の隙間からグラウンドを見ていた。

「まだ始まったばっかりだよ…ウゥ」
「ああーお茶子ちゃん大丈夫かな…!」

お茶子ちゃんももちろんだが、ユキの場合、次の常闇に勝てばこのどちらかとあたるのだ。敵情視察半分と友人の心配半分で、座席から身を乗り出す。ちょうど、お茶子ちゃんの突進を爆豪が容赦なく迎撃したところだった。

(よ、容赦ねぇ〜…)

爆豪が、女子だからなんて理由で手加減するとは思えない。そもそもお茶子ちゃんだって、手加減してもらって勝とうなんて思っていないだろう。

しかし、それを抜きにしても、圧倒的な差だ。爆豪という男は、悔しいけれど、確かに強い。個性だけではなく、身体能力も咄嗟の判断も全てにおいて優れている。

「触れてしまえばお茶子ちゃんの勝ちだけれど…」
「それすらできないほどの反射だよな」

梅雨ちゃんと砂藤の声も不安げだ。お茶子ちゃんが、上着を変わり身にして背後ら畳み掛ける。しかし、一度はフェイントに引っかかった爆豪だが、即座に反応して再び右手を振り抜く。再び、お茶子ちゃんが吹っ飛ばされた。

「猫堂くらいじゃね?あのスピードついていけんの」
「うん…うーん…?」

峰田の言葉にクラスメイト達が頷いてユキを見るが、ユキは言葉尻を濁す。

反射スピードはいい勝負、辛うじて勝てるレベルだと思う。しかし、追い付けるだけで勝てるわけじゃない。

吹き飛ばされても吹き飛ばされても、お茶子ちゃんの猛攻は続く。爆豪も、避けることはせずひたすら爆破で迎撃する。可愛らしい見た目からは想像のつかない、力強い叫び声が聞こえる。そしてまた爆発音。隣の耳郎がついに顔を完全に手で覆った。

「お茶子ちゃん…?」

こんな攻撃、続けたって勝ち目はない。それは彼女も分かっている筈だ。ヤケを起こすようなタイプでもなければ、馬鹿でもない。

ユキが眉をひそめたとき、遠くの客席から声が響いた。

「おい!それでもヒーロー志望かよ!そんだけ実力差あんなら早く場外にでも放り出せよ!」
「女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!」
『一部から…ブーイングが!』

体育祭を観に来たプロの誰かだろう。つられた周囲からちらほらと同じような野次が飛ぶ。

「ほらぁ言われてんじゃん!」
「…!」

クラスメイト一同が頭を抱えたその時、一部の土煙が晴れた。爆豪の顔がモニターに大きく映る。モニター、頭上、グラウンド、それぞれを順に目で捉えたユキは、咄嗟に立ち上がった。

「ま、マジでかお茶子ちゃん…!」
「え、なに猫堂、どしたの」

耳郎が困惑した様子でユキの腕を掴む。

お茶子ちゃんの作戦が分かった。しかしこんな作戦、もしかしたら自分も怪我するかもしれないし、いくら爆豪でも危険すぎる。

−−−これは、そこまでしても勝ちたいという、彼女の意思だ。

『今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?』

遠くで相澤先生の声がする。

『ここまで上がってきた相手の力を、認めてるから警戒してんだろう…本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろが』

先生の言葉が全てだった。爆豪の顔は遊んでなんかいない。選手宣誓の通り、一位になるために本気なだけ。お茶子ちゃんだって、実力差は承知の上で、こんな捨て身の″を弄している。

グラウンドの先で、ゆらりと立ち上がったお茶子ちゃんが、両手を合わせる。

一瞬空が暗くなり、聴衆が顔をあげたと同時に、頭上から夥しい量の瓦礫が降り注いだ。

『流星群ーーー!!』

プレゼント・マイクと観客席がぶったまげる。しかし、間髪入れず爆豪の右手が挙がり、それを容赦なく粉砕した。

お茶子ちゃんの決死の作戦は瞬殺された。驚く間もない展開に、観客席が静まり返る。

「あ、あっぶねぇー!なんだ今の!」
「麗日すっご!いつのまにあんな作戦…!」
「でも爆豪、動揺すらしなかったな…」

クラスメイト達も息を飲む中、立ち上がっていたユキはストンとベンチに崩れ落ちた。

(…ああ、ダメだ)

今、明確にイメージできてしまった。さっき三奈ちゃんに仕掛けたようなだまし討ちは、間違いなく通用しない。

障害物走で「3位で十分」と思った自分と、オールマイトへの憧れを語った緑谷と、父親への憎しみを噛みしめる轟と、目の前の爆豪。圧倒的な溝がある。ユキは、彼らには、勝てない。

「勝てないなら…何すればいいの…?」

ミッドナイトが試合終了を告げ、ユキの呟きは歓声にかき消された。






act.30_オールアウト


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