Coco
□誰が為の
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轟と緑谷が、人知れず火花を散らした昼休憩の後。
本選のトーナメント発表を始めようという時、静かに手を挙げた尾白の背中を見て、ユキはやっぱり、と目を伏せた。
「操られてた…?マジ?そうなの猫堂?」
「んー、まぁ…」
尾白だけではなく、一緒にいた庄田という男子生徒も、揃って本選の棄権を申し出た。尾白が状況を説明している中、耳打ちで問いかけてきた上鳴に、ユキは言葉を濁す。
尾白が素直に勝利を受け取れないであろう事は予想していたが、棄権までするとは。轟の話により頭の隅に追いやられていた罪悪感が、再び心にのしかかる。
ミッドナイトが2人の棄権を認め、繰り上がりでB組の鉄哲と塩崎さんが本選に出場することになる。
「猫堂さん」
「!」
不意に尾白が振り返った。思わずびくりとする。そんなユキに、尾白は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん。せっかく騎馬戦で勝ちとってくれたチャンス、無駄にするみたいになっちゃって」
「う…ううん、私は…私の方が、むしろ」
「さっきも言ったけど、これは俺のプライドの話で、俺の勝手なんだよ。だから謝んないで。…あえて何か言うとしたら、勝ってくれ、猫堂さん」
尾白の、優しいけれどやっぱり悔しそうな表情に、心臓がぎゅっと縮んだ気がして、ユキは頷くことしかできなかった。
そんなモヤモヤした気持ちのユキを置いて、改めてトーナメントの組み合わせを決めるくじ引きが始まった。
ミッドナイトの声とともにモニターを見上げると、ユキの隣には芦戸の文字が並んでいる。
「わー!猫堂とだ!」
「み、三奈ちゃんか…!」
顔を見合わせる。入学してこちら、特に一緒にいる事が多いクラスメイトだ。間にいた透ちゃんが「ひゃー!応援困る!」とわたわたしている。
しかし、それ以上に不穏な組み合わせがある。まずは緑谷とあの心操、緑谷が勝ち進んで轟が瀬呂に勝てば、緑谷と轟。そして、
「麗日?」
「…!…っ!!」
「お、お茶子ちゃん…!」
思わず透ちゃんと並んで、言葉を失うお茶子ちゃんを爆豪から隠すように立つ。というか、クラスメイトの名前覚えてないのかコイツは。
レクリエーションや出場しない競技中は自由時間を告げられ、グラウンドから捌けるタイミングで、ユキはようやく気になっていた事を口にした。
「ところで、みんなそれ可愛いね。どしたの?」
「おっっっそ!!」
耳郎から渾身のツッコミが入った。耳郎だけではない、A組女子全員が、アメリカのハイスクールさながらのチアガールに扮している。
「峰田と上鳴にいっぱい食わされたんだよ」
「どうして私は素直に言うことを聞いてしまったの…」
「相澤先生の言伝だって言われたもの、仕方ないわ」
「なるほどなんかだいたい分かった…」
肩を落とす八百万さんを、梅雨ちゃんが宥めている。なんとなく流れが理解できてしまって、ユキも八百万さんの肩を抱く。
「てゆーかユキちゃんどこ行ってたの?」
「あーいや、ちょっとばたばたしてて…」
透ちゃんが首を傾げて(たぶん)、ユキが言葉を濁す。轟の話を聞いたあと、なんとなく食欲も出ず、1人でぶらついていたのだ。直接グラウンドに行けばこの様相で、突っ込むタイミングもなく今に至るのだが。
いやぁ残念だなぁ私いなくて、と白々しく言ったユキの肩を、三奈ちゃんが後ろからがしりと掴んでくる。
「だいじょーぶ猫堂のも控え室にあるからね!」
「だと思ったわ…!」
「ユキちゃんも着ようよ〜!チアしようよ〜!本選までずっと張り詰めてんのもシンドイでしょ!」
「ぎゃー三奈ちゃん透ちゃん重い重い!」
A組の賑やかし女子コンビに両サイドから肩を組まれて、チアコールが始まった。
悪目立ちは必至だ。しかし透ちゃんの言うことにも一理ある、というかその通りで、騎馬戦での一件に轟の告白、色々あってとにかく何かで気を紛らわしたい。
「…よし分かった!着る!チアやる!」
「マジでか猫堂!」
「いぇー!ユキちゃんなら乗ると思った!」
チア衣装自体は可愛いから別に恥ずかしくない、と言うと、耳郎に「アンタ結構感覚ズレてるよね」と引き気味に言われた。そうだろうか。
こちらの会話に聞き耳を立ててガッツポーズしていた峰田と上鳴には一応蹴りを入れておき、応援席に向かう皆と別れる。三奈ちゃんだけがトイレついでにと控え室までついて来てくれることになった。
殆どが観戦にまわっていた先ほどとは違って、関係者通路は生徒達が慌ただしく行き来している。その誰もが、ユキ達を二度見しながらすれ違って行った。
「チア目立ってんねぇ、アハハ」
「いやそれだけじゃないっしょ」
呑気に笑う三奈ちゃんにユキが突っ込んだ。チアもそうだが、どちらも本選出場者だ。試合を見ていれば、顔くらいは覚えられているだろう。
それもそうか、と言った三奈ちゃんが、不意にユキの顔を覗き込んでくる。
「なーんか元気無いねぇ」
「うぇっ…そう、かな?」
「騎馬戦のこと?よく分かんなかったけど、尾白謝るなって言ってたじゃん」
「そーなんだけど、うんん…」
口ごもるユキを、三奈ちゃんの真っ黒な瞳がじっと見る。なんだか黙っていても見透かされているような気がする目だ。
なんとなく、口が勝手に滑り出してまう。
「私も途中まで操られてたっぽいんだけどさ、」
「やっぱあの人そういう個性なんだ!?」
「うん、でも私だけ偶然解けて…尾白も庄田って人も操られてるってすぐ分かったんだけど、私放置したんだよね」
「えっ、なんで?」
純粋な問いに、少し迷ってから口を開く。
「だって気付いたら試合始まってんだよ?しかもあと3分くらいしかないの。そんな状況で正気に戻してさ、パニックになられたら勝てないじゃん」
「あー、なるほど?」
「だから放置したけど…2人は自分で戦いたかったろうし、失礼だったよなぁとか、思ったり…」
話しているうちにどんどん歩みが遅くなって、ついにユキが立ち止まる。数歩前に進んだ三奈ちゃんが振り返って、首を傾げた。
「でも猫堂的には、それが勝つための最善だったんでしょ?」
「そうだけど…」
三奈ちゃんが、いい笑顔でこちらをびしりと指差す。
「猫堂ってコミュ力高いのに、意外と人付き合い得意じゃないっしょ!」
「んなっ…!?」
「あと意外と根暗?ネガティブ?」
「追い討ちヤメテ…!」
近づいてきた三奈ちゃんが、こちらに差していた人差し指をユキの額にズンと突き刺す。
「みーんな自分が勝つためにやってんだから、猫堂もそうしただけ!尾白も猫堂も心操って人も悪いことしてない!人の気持ち考えるのも大事だけど、考えすぎちゃうのもきっと良くないよ」
「…!」
ハッとする。
ほんの数時間前の、緑谷の言葉が蘇る。
−−−僕も本気で、獲りに行く!
この雄英体育祭は、ヒーローになる為の大きな足がかりだ。だから皆必死に戦って、トップを狙っている。チームアップも蹴落とし合いも、本気でやっている。
尾白の棄権も、本気だったからこそだ。轟も、本気で父親を見返すためにここに居る。それぞれが勝つために、自分のために戦っている。
ユキがユキのためにやるべきことは、なんだ?
三奈ちゃんのピンク色の髪の奥から、ぶわっと視界が開けた。気がした。
「三奈ちゃん、ありがと…なんかスッキリした…」
「いいってことよ!」
ニカっと笑ってサムズアップする三奈ちゃんに、眉を下げる。出会って1ヶ月と少し、いつも真ん中で騒がしい賑やかし担当だと思っていたが、存外侮れないらしい。
「初戦、ヨロシクね!」
「こっちこそ、ヨロシク!」
硬い握手を交わした三奈ちゃんの逆の手に、しっかりとカラフルな衣装が握りしめられていた。うーん、話の流れ。
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