Coco


□焦燥
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第2種目の騎馬戦を終え、体育祭は一旦昼休憩となった。休憩明けにはレクリエーションや予選に落ちた生徒の競技、そして勝ち進んだ選手による本選が待っている。

お祭りのような喧騒が遠くで聞こえる。人気の無い関係者用通路を1人で歩きながら、ユキは何度目かのため息をついた。

思い出すのは、ついさっきの尾白の言葉だ。



−−−猫堂さんが謝る必要ないよ!俺の目を覚ますより先に、ポイントを奪ってチームが勝つ方優先したんだろ?勝つための冷静な判断だったと思うし、俺だってきっとそうする。でも、ちょっと…整理させてくれ。



「…んぐぁあ〜」

悔しそうな尾白の顔が蘇って、またその場にしゃがみこむ。

騎馬戦でユキが我に返ってからの出来事は、分かる限りで尾白に伝えた。しかしあの性格だ、自分の意思に反する力で勝っても喜ばない。そういう人だと思う。

そんな彼を、ユキは咄嗟に、信用しない道を選んだ。混乱してしまう可能性が高いと判断して、選択する余地も与えなかった。そのユキの判断は、正しかったのだろうか?

それにユキは、問答無用で他人を操った心操に、怒る気になれなかった。

(だって…ちょっと気持ち分かっちゃうんだもん…)

端から味方なんていない。だから従わせる方が早い。
そんな孤独な思考回路には覚えがある。だから心操を敵視できなかった。尾白に、心操の個性の発動条件まではあえて伝えなかった≠フがその証拠だ。まぁ、ちょっと考えれば分かってしまうだろうけど。

自分でそうしたくせに、チームに誘ってくれた尾白への罪悪感ばかりがのしかかる。

他の皆はとっくに食堂に向かったし、尾白も先に行った。追いかけたいが、モヤモヤが足に纏わり付いて歩みが遅くなる。

そんな中、視線の先に、壁に背をつけて立つシルエットが見えた。見覚えのある色素の薄い髪。…なぜか人気のない場所でばかり出くわす。

「…何してんの、ばくもごっ!?」

最後まで言い終わることなく、目の前に手が伸びてきた。甘い匂いを認識した時には、般若の形相の爆豪に顔を掴まれている。

つい先週の大ゲンカが蘇り、今度こそ殺されると悲鳴をあげそうになったところで、ユキでも爆豪でもない声がした。

「俺の親父はエンデヴァー、知ってんだろ」
「!!」

爆豪から逃れようと身をよじっていたユキも、それを押さえる爆豪の動きも止まる。

そこでようやく、ただ顔を鷲掴まれたのではなく口を塞がれたのだと気付いた。声の主は轟で、その後に続いたのは緑谷の声だ。

(…アンタこんなとこでなに盗み聞きしてんの)
(うるっせェ勝手にあいつらが喋り始めたんじゃ)

緑谷と轟から死角になる曲がり角。羽交い締めにされながら、至近距離で顔を突き合わせて声をひそめる。数秒睨みあってからゆっくりと爆豪の手が離れていって、ユキもおとなしく口をつぐんだ。

轟の話はどうやら身の上話のようだった。何故このタイミングで緑谷に?と疑問に思いつつ、成り行きで爆豪と肩を並べて話を聞くことになる。

(エンデヴァー…は、さすがに知ってる)

ヒーローに興味がないユキでも流石に見知った、轟の父親の名前だ。炎を操るNo.2の実力者。しかし言い方を変えれば、オールマイトにはどうやっても勝てなかった万年2位のヒーロー。

轟の声色は、語り口は、実の父親の話をするにはあまりにも冷ややかだ。

「個性婚、知ってるよな」
「…!!」

緑谷が息を飲むのが分かる。並んだユキと爆豪も同じだった。そして恐らく同時に、轟の『半冷半燃』という個性に合点がいく。

「自身の個性をより強化して継がせる為だけに配偶者を選び、結婚を強いる…倫理観の欠落した前時代的発想。実績と金だけはある男だ…親父は母の親族を丸め込み、母の個性を手に入れた。俺をオールマイト以上のヒーロに育て上げることで、自身の欲求を満たそうってこった」

轟の声は淡々と、しかし静かに熱を持っている。

「記憶の中の母はいつも泣いている…お前の左側が憎い≠ニ、母は俺に煮え湯を浴びせた」
「…!?」

同級生からイケメンと評される彼の顔であまりにも浮いている、額から頬にかけた火傷跡。その正体だ。

ユキの背筋を冷や汗が伝う。隣の爆豪も目を見開いて固まっている。

「クソ親父の個性なんざなくたって…いや、使わず一番になる≠アとで、奴を完全否定する」

轟の話が途切れ、その場に沈黙が下りた。細い通路を風が通り抜けて、泣き声のような音が響く。

(や、やばすぎない…?)

あまりに現実離れした、痛々しい話だ。
しかし、様々な点と点が繋がる。対人訓練で炎を使った轟の表情、障害物競争での言葉、緑谷への宣戦布告。

そんな生い立ちを抱え、轟は父親への憎しみを糧に立っている。エンデヴァーはそんな息子を、どんな感情で見ている?轟は、そのためにヒーローになって、そのまま生きていくのか?

思考がまとまらない内に、轟の声が遠のいていく。緑谷が何か話しているが、頭に入ってこない
不意に、どこかから懐かしい匂いがした。これは、線香の匂いだ。

(違う、これは、本物じゃない)

教室での八百万さんの言葉が蘇る。記憶が呼び起こす脳の錯覚だ。分かっているのに、瞼の裏にがらんどうの斎場が浮かぶ。

「生きてるのに…」

吐く息に紛れるようなユキの言葉は、隣の爆豪にしか聞こえなかった。





act.26_焦燥


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