Coco


□スナッチ
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大歓声の会場にユキが駆け込んだ時、目の前に広がっていたのは、誰も予想していなかった光景だった。

『さぁさぁ続々とゴールインだ!順位等は後でまとめるからとりあえずお疲れ!!』

プレゼント・マイクに言われるまでもない。先頭に立つ緑谷と、その後ろに立ち尽くす轟、そして隣で今にも爆発しそうな爆豪。1位は緑谷だ。緑谷が、地雷の爆風を利用して、後続から一気に追いついた。しかも、五体満足で真っ直ぐ立っている。あのハイリスクハイリターンの個性を、一切使わずにトップに躍り出たのだ。

「ま、まじか、緑谷…!」
「また…くそっ…!!くそがっ…!!」

ユキもショックだったが、何より近くにいる轟と爆豪にはとても話しかけられる空気ではなく、そそくさとその場を離れた。

ミッドナイトの発表と共に、モニターに順位が大写しになる。1位緑谷、2位轟、3位爆豪。4位にユキ、5位6位はB組らしき2人が並び、その後に常闇、瀬呂、切島と続いている。

「おっ、お疲れ!4位すげーな!」
「つーか猫堂!あの地雷妨害はヒデー」
「ありがと切島、そういう競技だもーん」

瀬呂の恨みがましげな視線から逃げつつ、再度モニターを見る。そんな妨害をしても、ユキは4位。先頭を走る2人を見て『追いつけない』と思った時点で、ユキに1位は獲れなかった。

「…緑谷、やっぱすごいな」

悔しさ半分、羨望半分で呟く。今やらなきゃいつやるんだ、なんて数十分前に思っていた自分が滑稽だ。

「次、負けらんねー!」

そんな言葉が、ネガティブ方面に傾いていた思考を断ち切った。ハッとして顔を上げると、切島とB組の鉄哲が咆哮している。

そうだ。
まだ予選、体育祭は始まったばかり。
落ち込んでる暇なんてない。

−−−しかし数分後、一時は羨望の眼差しを向けた緑谷が、不憫すぎて見ていられない状況になっていた。

『上を行く者には更なる受難を…雄英に在籍する以上何度でも聞かされるよ。これぞPlus Ultra!−−−予選通過1位の緑谷出久くん!!持ちP1000万!!』

第2種目は騎馬戦。他の者を蹴落とす第1種目とは打って変わって、チームアップでポイントを取りに行く。各自のポイントは第1種目の上位順から割り振られ、なんと1位の緑谷が1000万。トップたるもの常に追われ続けろ、ということらしい。

案の定、チーム分けが始まった瞬間から、緑谷は全員に遠巻きにされていた。

「許せ、緑谷…」

しれっと自分も緑谷から離れつつ、辺りを見渡す。手の内が知れているクラスメイト同士で組むのは大前提として、やはりA組では轟と爆豪の2人に人気が集中していた。

さて、自分は誰と組むべきか。あまり高ポイントの人間と組んでもリスクが高いし、と思案していると、後ろから肩を叩かれる。

「猫堂さん!」
「んえっ?尾白?」
「探したよ!なんでこんな隅の方に…」

尾白が息を切らせてユキの肩を掴んでいた。

「いや別に…なに、どしたの?」
「どうしたって…騎馬、誘いに来たんだけど…」

何を言っているんだとでもいいたげな尾白の表情に、今度はユキが目を白黒させる。

「え、私を?」
「なんでそんな不思議そうなの!?猫堂さん4位だよね?あっちで結構探してる人いたけど…」
「…ハッ、それもそうだね」

そうだ、こちらからお願いすることばかり考えていて忘れていた。ユキも高得点保持者だ。とはいえ、

「いいの?私爆豪とか轟みたいな大きい攻撃できないよ」
「何言ってるのさ、その反射神経で騎手やってくれたら、そうそう奪られることないと思うよ」

だから是非頼む、と真剣な顔で言われる。対人訓練でも組んだ彼とは、近接専門同士で意思の疎通もしやすいし、ある程度性格も分かっている。なにより、爆豪や轟ではなくユキと組もうと言ってくれた。

「尾白…なんていいヤツなんだキミは…」
「いやとても普通の流れだと思うけど…」
「ありがとう、不束者ですがどうぞよろしく」
「猫堂さん語弊があるねそれ…」

掴めないなぁとなぶつぶつ言う尾白から目をそらして、辺りを見回す。あと2人、尾白の言う通りユキが騎手をやるとして、

「なぁ、そこの2人」
「んっ?」
「え?」

不意にかけられた声に尾白と揃って振り返った瞬間、唐突に頭に靄がかかった。

「…う、え?」

目の前がよく見えない。視界の先に誰かがいるが、顔がわからない。同時に違う方向から女の子の声がした。「ちょっと良いですか、私あなたの動きを見てまして是非」と言う台詞を遮って、勝手に口が動く。

「ごめん、もう組んだから」

なんだ、これは。
これはユキの言葉じゃない。
見知らぬ女の子が背を向け、背の高い誰かが歩み寄ってくる。

ユキの意識はそこで途切れた。









−−−−−ドガン!!

「ッッほわ!?」

寝起きに銅羅でも打たれたかのような衝撃で目が覚めた。

何度か瞬きすると、視界に映ったのは数メートル先を走る爆豪、切島、瀬呂、三奈ちゃんの背中。その先で走る緑谷と、その下の常闇とお茶子ちゃん。その他、複数のクラスメイトの騎馬。

「え、は…!?アレ!!?」

両肩と両手に重み。振り返ると、ユキと尾白、あと1人見知らぬ男子に担がれた人間。その彼と目があって、「あーあ、さっきの爆発で解けたか」と言われる。

「解けっ…え!?騎馬戦!!」

間違いない。
いつの間にか騎馬戦が始まっている。
何がどうなったのか知らないが、記憶が飛んでいる。

きっと何かの個性だ。誰の?尾白ではない。尾白と同じく虚ろな目をしたもう1人でもなさそうだ。

「しょーがねーな…おいアンタ」
「何をっ…」

担いでいる男子に肩を叩かれた。こいつだ。問い詰めようと振り返って、はたと思いとどまる。

さっき彼は、解けたと言った。記憶が飛ぶ前、話しかけられた声と同じ声。彼の個性である可能性が高い。何の個性だ?発動条件はなんだ?

−−−−−今、それは重要か?

「ちょッ…と待ってキミ!!!」
「!?」
「今何ポイント持ってんの!?てか誰!!」

モニターに現在の各騎馬のポイントが映っている。1位は依然として緑谷、それに次いで上位6チーム以下は揃って0ポイントだ。

ユキが属している騎馬は、消去法でいくつかに絞られる。ユキが知らない名前の組で、4位のユキ以上のポイント数を保持している騎馬。

「キミ、物間!?で合ってる!?」
「えっ、いや違う」
「じゃあ誰!!」
「し、心操」
「心操ね!…ってゼロじゃん!!私のポイントは!!」

なるほど彼はハチマキを巻いていない。ブチ切れそうな勢いで怒鳴ると、あまりの剣幕にたじたじだった心操とやらがムッと眉を寄せる。

「俺は普通科だ、悪いけどあんたらと違って正面戦闘向きじゃないんだよ」
「ふっざけんな戦闘向きじゃない奴なんてヒーロー科にもいるわ!そんなことより!私たちを利用してるからには勝算はあんでしょうね!?」

ユキの喝に、心操が黙り込む。

記憶を失う直前と直後、状況を考えれば、恐らく他人の行動を操る個性。かなり強力だし、実際それ頼みの戦略なのだろう。

しかし、使うタイミングは選ばなくてはならない。そのジャッジを、普通科の彼1人に任せて、確実に勝てるだろうか?

「しんそーくん、ちょっと個性使わずに聞いて!」

前騎馬であるユキが、無理やり振り返って心操を見上げる。

「キミが私を操ってたかどうかとかは、もうどうでもいいわ!この試合に勝てればそれでいい!そこの利害は一致してるでいいんだよね!」
「……あぁ」

黙り込んでいた心操が、躊躇ったあとに頷く。ユキが、周囲の声に負けない音量で畳み掛ける。

「なら、協力をしよう!悪いけど命令されるより自分で動いた方が反応いいと思うわ!」
「なんか腹立つな…そっちには勝算あんの?」
「緑谷、爆豪、轟の騎馬には近付かない」
「ハッ、ただの小心者じゃん」
「戦略的撤退って言って!」

十数メートル先で、氷の壁が展開されている。そこからさらに数メートル先では、爆豪が騎馬から離れて宙を舞っていた。とっさにその先の騎馬を探す。金髪の男子生徒の首に、揺れるいくつかのハチマキ。

「せん…1360!あれが物間か!」
「こっから見えたのか!?」

上から心操のギョッとした声がするが無視して、物間からはすぐに視線を外す。なんせ爆豪が向かって行った。あの騎馬はきっとポイントを根こそぎ奪られるだろう。

氷の壁の向こうから声。あそこは恐らく緑谷と轟のタイマンだ。あそこに突っ込んで行くのはハイリスクすぎる。

モニターをもう一度見上げる。上位4組に食い込むには、どこだ。どこを狙えばいい?

「3位の鉄哲チームに行こう!」
「2位の物間は?」
「爆豪がやるから狙っても無駄だ。私達は火力低いし、奪っても奪り返される可能性が高い…終盤のチャンス1回に賭ける!」

数秒間があって、小さく分かった、と声がする。

「俺の発動条件は、話しかけて相手に返事させることだ」
「おっけ!そしたら…」

背後の2人に声をかけようとして、言葉に詰まる。

さっきユキは、すぐそばで爆豪の爆破が起きたことで偶然我に返った。外的要因で解除可能な個性なら、簡単に尾白たちを元に戻せる。

しかし、ここで不用意に2人を解除して、2人が混乱する可能性は?策に乗らなければ?望まない方法で騎馬戦に参加して、続行するのを拒否する可能性は?

残り時間はあと僅か。
少しのタイムロスも惜しい。

「…このまま突っ込む!心操、とりあえず煽って!鉄哲くんは煽れば返事すると思う!」
「信用していいのかよ…!?」

残り1分足らず。
ユキの合図とともに、心操チームが走り始める。

鉄哲チームは現状3位、ポイント的にも堅実に逃げに徹している。後方から距離を詰め、手が届くには少し遠い距離から心操が声を張り上げた。

「−−−オイ!逃げてんなよ情けねぇなスチール野郎!!」
「あぁァ!!?」

案の定、鉄哲が憤怒の表情で振り返った。

その瞬間、鉄哲の顔から表情が消えた。無表情になると同時に、固まったかのように動きが止まる。

「おいなんだ!?どうした鉄哲!!」
「センスいいねッ」

慌てる騎馬の3人の前に回り込み、ユキが地面を蹴り上げる。巻き上げた砂に全員咄嗟に目を瞑ったが、あの第1種目で5位につけてきた女子生徒の髪が真っ直ぐ心操に伸びる。その髪を、ユキが足から飛ばしたスニーカーが弾く。

「奪れ心操!!」
「くっ…!!」

心操が伸ばした手が、鉄哲のハチマキを掴んだ。すると、次の瞬間ユキの右足が地面に沈む。今度は誰の個性だ。しかし、間髪入れず心操が叫ぶ。

「やばい!鉄哲のポイントが奪られたぞ!」
「えっ!?」
「なに!?」
「うそだろっ」

ご丁寧に、鉄哲チームの騎馬3人がしっかり返事をした。その直後には、鉄哲だけでなく下の3人の動きも止まる。

そのまま、追われることなくユキの騎馬がその場を離れる。いつの間にか、上空ではプレゼント・マイクの試合終了のカウントが始まっていた。

『3、2、1−−−タイムアーップ!!』

周囲の音が耳に戻ってくる。大歓声と爆豪の咆哮の中、モニターを見上げると、心操チームの名前が上から3番目。

「か…勝った…」
「……」

ストンと肩からおりた心操が、無言で隣に立つ。

後ろで個性を解除されたらしい尾白ともう1人が、呆然と立ち尽くしている。当然だ。あんなに意気込んでいた試合が、気付けば終わっているのだから。

「…謝るつもりとかは、ないよね?」
「まさか」

素っ気なくそう返して、先ほどまでのチームメイトは踵を返し去っていった。

「……はぁあ〜」

なんて、後味の悪い。
この後誰かに説明をするにも気が重い。重すぎて、重さに負けるようにユキはその場にしゃがみ込んだ。




act.24_スナッチ!


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