Coco


□個性把握テスト
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「ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごすつもりかい?」

ゆらりと1年A組の面々に向き直ったイレイザーヘッド、もとい相澤先生の眼光に、全員が硬直する。

入学式もガイダンスもすっ飛ばしてグラウンドに集められ、告げられたのは個性ありきの体力測定=Bテンションが上がる生徒達が癇に障ったのかなんなのか、結果として、最下位だった者は除籍処分にされることとなった。

「ちょっと待って展開についていけない…」
「何でもアリだな雄英…!」
「さ、最下位にならなきゃいいんだよね!?」

呆然とするユキの隣で、切島くんと芦戸さんが慌てふためいている。他のクラスメイト達も、大方同じようなリアクションだった。

だが、いくらなんでも暴論すぎやしないだろうか?

先生が提示した一般的な体力測定で、個性の全てが測れるとは思えない。葉隠さんのような索敵に特化した個性だって存在しているし、そういった個性を持ち味として活躍するヒーローだっている。それらを無視して、体力測定の結果だけで除籍処分?

ユキが眉を寄せていると、ふと、同じように考え込んでいるポニーテールの女の子が目に入る。

「…本当だと思う?除籍」

するりと隣に並ぶと、突然話しかけられたことに驚いたのか、女の子はぎょっとした顔でユキを見下ろした。しかし、すぐに小さく首を横に振る。

「いえ、あまりにも非現実的だと思いますわ」
「(ますわ!?)だよね…ケツ叩くにしても性格悪いよ」
「えぇ…でも、それだけ難しいということでしょう。トップヒーローになるということが」

お互いに小声で言葉を交わす。どうやら彼女も、ユキと同じ意見らしい。

この担任教師は要するに、脅しをかけることによって生徒達の全力の実力を見たいのだろう。今後三年間、命がけの職につく人間に育てる価値があるかどうかを。

それにしたってやり方が意地悪すぎるとは思うけど。

「何にしても、私達のやることは変わらないのかぁ」
「えぇ、そういうことですわ」

無意識に、雄英に入学したことをゴール≠ニ思ってしまっていたかもしれない。本当の戦争はこれからというわけだ。

周りを改めて見渡すと、皆、己の個性が競技にどう有利に働くかを考え込んでいる。その中で一人、顔面蒼白で震えている地味め男子を、ユキはなんとも言えない気持ちで眺めていた。



−−−−−−−
−−−−−
−−−

個性把握テストが始まると、それはもうユキは必死だった。

「つ、つかれた…!」

50メートル走と幅跳びを全力でこなした後、トラックの脇に崩れ落ちる。ほぼ同じタイミングで隣に崩れ落ちた女の子と不意に目があって、どちらからともなくへらっと笑った。

「ヒーロー科、やばいね…!みんなすごすぎ…」
「いや、君も凄かったよ…なに無限て!」
「えへへ…ていうか私、個性生かせるのソフトボール投げしか無いから…」

そう、彼女は先程ソフトボール投げで、脅威の「無限」を叩き出したのだ。ほんのり色づいた指のある掌をぶんぶん振って、照れたように笑う。

「私、麗日お茶子!よろしくね!」
「猫堂ユキだよー、ていうかね、私と麗日さん実技の試験会場一緒、」
「やったよね!?」
「おぉ!?」
「よかったー人違いかと思った!私も気づいとったよ!可愛い子いるなーと思ってたもん!」
「ぶわっは、ナンパか!」

見た目に反してざっくり来る子だ。お互い気が合いそうな気配を察してケラケラ笑っていると、相澤先生からギロリと一瞥をもらい、揃って背筋を正す。

「でも、猫堂さんも凄かったやん!わたし、幅跳びであんなに跳ぶ女子初めて見たよ。昔のオリンピック選手みたいやった」
「あー、オリンピック選手の真似はしたけど」

殆どの生徒が一通りの測定を終え、最後数名が残るソフトボール投げを眺めに向かっていた。ユキ達もみんなに習ってソフトボール投げのエリアに向かいつつ、小声で会話を交わす。

「そもそも私の個性、運動神経良いだけだからさぁ…ここで良い成績残せなきゃ、これから生き残れないというか」

苦笑いするユキに、麗日さんがキョトンと首を傾げる。

ユキの個性は【ヒョウ】、つまり動物系個性だ。動物界でも最も身体能力が高いと言われる動物だけあり、跳躍力や俊敏さ、反射神経などの身体能力が軒並み人間離れしているのだ。

つまり運動神経だけが取り柄≠フユキは、相澤先生の意図とは関係なく、この測定で遅れをとるわけにはいかないのだ。

「うーん、でも不安なんは猫堂さんだけちゃうよ。私の方がめちゃめちゃ不安」

麗日さんがおどけたように肩をすくめる。励ましてくれたことを察して、ユキもふざけて力こぶを作って見せた。

「これから不安です選手権なら負ける気しないわ」
「競うとことちゃうー!」

笑いながら辿り着いた(先生にもうひと睨みいただいてしまった)先では、まさにそばかす顔の男子がサークルの中に立ち尽くしているところだった。

「あ、緑谷くんや!あの子も入試一緒だったよ!」
「うん、見てた」

パンチが凄かったと力説する麗日さんに、今度はうまく笑えなかった。幸い彼女も、ほかのクラスメイトも、緑谷くんに注視している。

自分の測定をこなしつつ、ユキも彼の測定は逐一気に留めていた。今のところ、何故か、目立った成績を出していない。

「緑谷くんはこのままだとマズいぞ…?」
「ったりめーだ、無個性のザコだぞ!」
「は?」

前にいた眼鏡くんと爆豪の会話に、思わず口を挟んでしまった。物凄い勢いで振り返ったツンツン頭が、物凄い形相でユキを睨む。

しかし、ガンをつけられた程度で何度も怯むほど、こちらもか弱くはない。負けじと吊り上がった双眸を睨み返す。

「無個性ではないでしょ、何言ってんの?」
「そうだ!彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」
「は?」

今度は爆豪が怪訝な声を上げる。わけが分からない、と、ユキと爆豪と眼鏡くん全員の顔に書いてあった。眼鏡くんはまだしも、爆豪の無個性とはなんの話だ?

無個性なわけがない。あの実技試験で、彼は、巨大な0ポイントヴィランに単身立ち向かい、なんとふっ飛ばした≠フだ。

ユキなりに出した結論はこうだった。オールマイトばりの超パワー、ただし体も壊れるハイリターン個性。

「つくづくあの入試は合理性に欠くよ…お前のような奴でも入学できてしまう」

ユキの予想はおおむね正解だったらしく、相澤先生に指摘された緑谷くんは顔面蒼白で固まってしまった。

「なになに、どういうこと?」
「わかんねー。でもアイツ、そんなすげぇか?」

クラスメイトの不思議そうなざわめきが広がる。ソフトボールを見つめたまま動かない緑谷くんの背中を、麗日さんが心配そうに見つめている。

「だ、大丈夫かなぁ…」
「うーん…相澤先生ド正論だしねぇ」

一撃で行動不能になられては、共闘するヒーローだって大迷惑だ。前回は試験だったから許されるものの、実践ではそうもいかない。

さてどうする緑谷くん。全員が見つめる中、ようやく緑谷くんが動き出した。

大きく腕を振りかぶって、
−−−ソフトボールを天高く吹っ飛ばした。

「うおおお!?」
「スゲェ!何が起こった!?」

騒然とするクラスメイトを前に、サークルの中で一度よろめいた緑谷くんは、相澤先生に向かって不敵に笑った。

「まだ…動けます…!!」

ぞわりと、ユキの背中を悪寒が走った。

ユキの動体視力があるからこそ、ギリギリ追えた。ボールを投げる瞬間、指先だけが唐突に腫れ上がった。つまり、入試で腕一本を犠牲にした分を、今度は指一本に変えたのだ。

「こ、根本的な解決にはなってなくね…?」

驚きより何より、寒気がした。
彼は今後、何があるたびに体を一部分ずつ犠牲にしていくつもりなのだろうか?

しかし、そんな得体の知れない感情は、隣から鳴り響く爆発音に掻き消された。

「どーいうことだこらワケを言えデクてめぇ!!」
「うわああ!!」

鬼の形相の爆豪が、緑谷くんに向かって飛び出していくところだった。先程からのやり取りといい、爆豪と緑谷は入学前から知り合いなのだろうか。

しかし、飛びかかった爆豪は、相澤先生の捕縛武器により捕らえられる。ついでに掌の爆発もおさまっていた。相澤先生、もといイレイザー・ヘッド、かなりの強個性だ。

そのまま先生に促され、全員がぞろぞろと持久走へ向かう。

「指、大丈夫?」
「あ…うん…」

麗日さんに心配される緑谷くんを見て、ユキはさりげなくその場を離れた。なんとなく、同じように心配する気にはなれなかった。

(…イかれてる)

腕や指一本、合格のためなら捨てても構わないのだろうか。
大義のためを謳えば、小さな犠牲はあって然るべきなのだろうか。
ヒーローになった彼は、誰かのために自分の命すら投げ出すのだろうか。

そこまで考えて、唐突に思い至った。

そうか。
入試のあの日から、ユキは緑谷くんが怖いのだ。



act.3 _個性把握テスト


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