スターゴールド
□医務室の攻防
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レームの治療士に案内された医務室で、白雪は頭を抱えていた。
「ハブ草もこの量じゃ心許ない…うぅ、もっと持ってくればよかった」
怪我人の数は予想以上で、かなり傷口が深い者も、熱を出している者もいる。傷口から伝染病にでもかかったら大惨事だ。だというのに、薬草も薬も足りなさすぎる。
兵士ことは頼んだ、いつもすまんな。−−−そう言ったゼンの背中が浮かぶ。何か、何かできないかと気持ちが逸る。
「外に採取しに行ければいいんだけど…」
「それはおススメしないよお嬢さん」
「!?」
ギョッとして振り返ると、医務室の戸口に兵士が一人立っていた。ひらりと手を上げて、医務室に入ってくる。
「ごめんね、ノックしたんだけどなんかウンウン唸ってたから」
「すっ、すみません!」
いやいやこちこそ忙しいのにすみません、と笑いながら、兵士が自分の頬をちょんちょんとつついた。そこにはなにかで切られたような細い切り傷がある。
「ほんのちょっとだけ、切り傷の薬もらえないかなと」
「あ、はい!少々お待ちください」
ひとまず兵士を椅子に座らせて、軟膏を取りに立つ。その間も兵士はニコニコしながら白雪の背中を見ていた。
「貴方方、王城から来たんでしょう。第二王子とその側近が…四人?」
「いえ、私は宮廷付きの薬剤師でして」
「へぇー、若いのに凄い」
「いやいや、とんでもない」
小瓶に入った軟膏片手に白雪も向かいに座る。傷の具合を見ようと手を伸ばして、違和感、いや違和感というには見慣れた、なんとも不思議な感覚に陥った。
関所の兵士達揃いの制服と帽子。帽子に髪を纏めているのか、後ろ髪の様子は分からないが、首筋や手の骨格が、
「女性の方…?」
「ん?珍しい?あなた方の中にも一人いなかったっけ」
「いえ、なんというか」
そうだ。凛とした、芯の通った強かな雰囲気が、木々に似ているのだ。
「やっぱりかっこいいなぁと思いまして」
白雪が素直にそう言うと、数秒キョトンとした女兵士は、弾かれた様に笑いだした。
「あはははは!お嬢さん口説き上手だねぇ!」
「え!?いやすみませんそういうわけでは」
「そうなの?今晩寝所に誘おうかと思ったのに」
「な、軟膏!塗るので…!」
「……どういう状況?」
引き気味な声に振り返った白雪が余計にワタワタする。白雪が真っ赤になりながら女兵士の頬を支え、女兵士が涙を流して笑っているというのは、流石のオビも流せなかった。
女兵士と白雪が落ち着いたところで、オビが苦笑しながら背後を指差す。
「お嬢さん、下で治療士さんが探してたよ」
「本当?じゃあ…」
「私は大丈夫、宮廷薬剤師の白雪どの。薬ありがとうね」
「いえ!出来れば上から湿布も貼ってくださいね」
白雪が足早に医務室を出て行き、そこには女兵士とオビの二人が残される。
ドアがパタン、と閉まりきるのと、オビと女兵士が床を蹴るのは同時だった。
一足跳びに距離を詰めたオビが、クナイを女兵士の首筋にあてがう。そのオビの脇腹には、ギラリと光る短剣が当てられていた。
「で?お前はいつから兵士になったの、ベアトリクス」
「アンタこそ、いつから騎士になんてなったの、オビ」
数秒睨み合う。窓から入ってくる風が松明の火を揺らして、二人の表情を不穏に照らす。
先に武器を捨てたのは女兵士の方だった。カランと短剣が床に落ち、降参とばかりに両手を上げてため息をつく。
「やめやめ!そういえばアンタにタイマンで勝ったこといっっっかいも無いわ」
いくらか気の抜けた声に、オビも少し笑ってクナイを引く。しかししっかり戸口は守るような形で、手近な椅子に腰かけた。
「勝つか負けるかは、お前の仕事次第だけどね。ここで何してんの?」
「そう簡単に言うと思う?」
「言わないならウチの偉い人呼んでくるだけ」
「……ほんとに王子に飼われてんのアンタ」
ベアトリクス、と呼ばれた女兵士は、信じられないものでも見るような目で、上から下までじろじろとオビを見る。さっきオビが感じた視線の正体はこれらしい。
飼われている、という表現が正しいかどうかは、オビ自身にも分からない。ただ、元の裏稼業の人間からすれば、意味合いとしてはそういうことになる。
「…まーね。だからあんまり好き勝手動かれると困る」
「あの宮廷薬剤師にちょっかいかけたり?」
「………」
「……ごめん嘘、さっきは純粋に噂の赤髪さんと話してみたかっただけ、今回の仕事には関係ない。アンタ冗談通じなくなったね?」
「お前は空気読めなくなったね」
ベアトリクスはため息をついて窓の外を見上げた。夜も更け、空には月が上っている。
「雇い主はユド卿、仕事はここの見張り」
「…行方不明の?」
「そう、行方不明の。オビ、この関所のさらに西に何があるか分かるでしょ」
目を見開いたオビを見て、ベアトリクスがさらに深いため息をつく。
「あーあ、払いのいい雇い主だったのにな。骨折り損のくたびれ儲けってやつだよ、よりにもよってなんでアンタが来んのよぅ」
「…いや、そうとも限らないよ」
オビがニッと笑ってみせる。仕事を放棄して帰ろうとさえしていたベアトリクスが怪訝な顔をすると、その顔を掴んでぐっと自分に引き寄せた。
あと数センチといった顔の距離感で、オビが猫のような目を細める。
「うちの主に雇われる気はないかい、鷹の目=v
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