スターゴールド

□視線と犬
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−−−クラリネス王国西の外れ、レームの関所にて。

「……どういうことだ、これは」

呆然と立ち尽くすゼンの前で、若い兵士が今にも自害しそうな顔で膝をついた。

「申し訳ございません!事態の収束に動いていたのですが、相次ぐ怪我人に、もう対処の仕様が無く…」
「治療士はどうした」
「同じく、怪我を…」

ミツヒデと木々が顔を見合わせて、砦の中に散る。ひとまずは砦の中の安全を確認するのが先決だ。ゼンの後ろに構えるオビは、さりげなく白雪に身を寄せる。

(お嬢さん、中の安全が確認できるまでは待ってて)
(〜〜、うん)

白雪の目は、兵士の奥の食堂らしき広間に注がれていた。その拳がギリギリと握り締められていることに気付いて、手を伸ばそうとして、やめた。



−−−結論から言うと、レームの関所は壊滅一歩手前の状態だった。

兵士の約八割が、件の野犬に襲われて怪我をしていた。広間は、今や丸ごと医務室のように怪我人が押し込まれている惨状だ。討伐に出た者もことごとく返り討ちにされるうえ、馬も襲われ、まともに遣いも出せなかったらしい。

「殿下。砦の中はひとまず安心かと」
「門扉の施錠も確認できています」
「分かった。−−−白雪」

ゼンに言われた瞬間、返事もそこそこに白雪は広間へ飛び込んで行った。

「ちょ、ちょっとお嬢さん!」

慌てて背中を追う。先日のタンバルンでの一件以来、誰に誓ったわけでもないが、彼女に怪我をさせるわけにはいかないのだ。…と直接口に出して言ったところで、飛び出してしまうのが彼女なのだが。

「クラリネスではあるけど、いつもの城じゃないんだからね!」
「うん、ごめんオビ。でもゼン達がいる」

髪をしばった白雪が、自分の頬をパシンと叩いて振り返る。その表情は、相変わらず我が主にそっくりだった。

「…まぁ、もしもの時は旦那という囮がいるしね」
「そ、そうなる前にカタをつけよう。ここの治療士の方は…」
「わ、私です」
「宮廷薬剤師の白雪と申します!皆さんの状態をできるだけ詳しく教えて下さい」
「あぁ…申し訳ない…」

白雪の勢いに気圧され気味の治療士が、慌てて状況を説明し始める。負傷者達に関しては、むしろ彼女の領分だ。

(まったく、カッコいいんだから)

そのまま治療士と話し出した白雪はひとまず置いておいて、オビは片耳で聞いていたゼン達と兵士の会話に集中する。

「行方ふめっ…ユド殿がか!?」
「三日前から…捜索隊を出そうにもこの様で」
「……心配だな」

こそこそと近付いて側近二人に状況を確認する。
どうやら、このレームの関所を監督する立場にある兵士が行方不明。兵団の中でも中々古株で、ミツヒデや木々、ゼンとも面識があるらしい。

しかし新たに捜索隊を出そうにも、人員の低下、何より問題の野犬が危険すぎる。

「全員襲われたのか?」
「ええ…皆、関所を出て直ぐに襲われています」
「門の上から弓で仕留められないの?」
「何度も挑んだのですが、いかんせん疾すぎて…」
「門の中へは入られてないんだな?」

まずは野犬をどうにかしなければいけない。しかし弓が駄目となると、やはり直接討伐に乗り込むしかなくなってくる。この頭数ではかなり心もとない。

「ひとまず、兵士達の容体が優先か…ミツヒデ!木々!オビ!今日はここに泊まるぞ」
「はい!」

ミツヒデと木々が即座に返事をする。出迎えた若い兵士が恐縮と感動で顔がぐちゃぐちゃになっていて、ラクスドの見習い剣士を思い出した。

(となると、俺は今回は外かな)

白雪についていたいのは山々だが、この状況で外の様子を伺える人間は多いほうがいい。自分が適任だという自覚もある。

オビがゼンについて歩き出そうとしたその時、

(−−−!)

バッと振り返った先には、松明に灯された石階段があるだけだった。背中をぞわりと寒気が走る。

(見られてた…今のは、誰だ)

観察するような視線。
王城で物珍しげに見られるような視線ではない。染み付いた感覚で分かる。これは、同業者のそれだ。

「ハハ…隠れられると思うなよ」

王城でのかくれんぼにはちょうど、飽きてたところだ。


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