宵月

□人違いとランデブー
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土曜、午前授業が終わった学校の帰り道。

「…何してんの?」

関わらない方が身のためだぞという空気をびんびん感じるが、それでも井原沙夜は突っ込まざるを得なかった。

「わ、わー井原さん!?すみません俺は決して変質者じゃなくて!」
「今世紀最大の説得力の無さだね…」
「で、デスヨネ…!!」

項垂れるのは、先日ひょんなことからなんでもない会話をしたばかりの隣のクラスの沢田綱吉。最近なにかと話題の彼は、まだ夏休み前だというのにパンイチで立っていた。いや夏休みだったら街中でパンイチになっていいというわけではないけども。

「お、井原じゃん、オッス」
「アァ?てめぇかよ」

こちらを認めて声を上げた二人も顔見知り。朗らかに笑う野球部エースの山本は同小で小さいころからの付き合いだ。その隣で見知らぬ男を1人絞め殺しそうになっている転校生の獄寺は、実家の古本屋の利用客である。日本人離れした灰緑色の瞳がぎろりとこちらを睨んで、満面の笑みの山本との温度差で風邪をひきそうだ。

「さっき並盛商店街で引ったくりがあってさ」
「それは私も見てたけど」
「今ツナが犯人を捕まえたとこなのな」
「捕まえた?獄寺がリンチしてるんじゃなくて?」
「ウルセー、てめぇにゃ関係ねーだろうが」
「ご、獄寺くん締めすぎ!その人死んじゃう!」

リンチかと思いきや慈善活動だったらしい。引ったくり犯と呼ばれた男は、胸ぐらを捻りあげられて殆ど白目を向いている。

確かに、並盛商店街で引ったくりは発生していた。というか、沙夜も近くでその現場を見ている。見ても捕まえようなんて酔狂な真似はしなかったけど。

ただ、首を絞められて「人違いです」の一言も発せそうにないこの人は、とても気の毒だ。

「人違いだよ」
「ハァ?」
「放してあげて、マジで死んじゃう」

3人の丸く見開かれた目が、沙夜に集中する。

かと思えば、般若のように顔を歪めた獄寺が男の襟元を手放し、沙夜に額がくっつくほど詰め寄ってきた。背後で気の毒な男がべしゃりと地面に崩れ落ちる。

「適当抜かしてんじゃねぇよ、10代目が人違いなんかするわけねーだろうが」
「うーん、俺も間違いないと思うけどなぁ」

どうどうと獄寺を沙夜から引き離しつつ、山本も首を傾げた。

「俺たち結構近くで見てたけど、服装も背格好もこの人だと思うぜ」
「顔は?」
「ハァ?」

獄寺の声が苛立っているが、構わず続ける。

「本当のひったくり犯は左の目に泣き黒子があったし、たぶんもうちょっと若かったよ。靴は白のコンバースだったけどこの人はサンダルだし、犯人のパーカーはフードの裏地が迷彩柄になってて、左手にごっつい時計してた」

グレーのパーカーと背格好は犯人と同じだが、細かいところは全然違う。それを羅列すると、3人の目がよりいっそう丸くなった。

「さては…てめぇ犯人とグルか?」
「そんな馬鹿な…私も一瞬見ただけ」
「一瞬見ただけのくせにやけに自信満々じゃねーか」
「だって違う人なんだもん」
「っざけてんのかクソアマ…」
「ご、獄寺くん!」

沙夜に掴みかかろうとする獄寺を止めたのは沢田だった。おどおどと自信なさげな視線がこちらに向く。

「じ、実は俺も…そんな気がしてて…」
「んなっ!?そうなんですか10代目!」
「ごめん!同じ格好だけど、なんとなく違う気が…」

しばらく口をぱくぱくさせた獄寺が、沙夜を睨みつける。そんな八つ当たりされても。山本が困ったように笑う。

「どーすっか、真犯人見失っちまったなぁ」
「まだ間に合うぞ」

沢田でも山本でも獄寺でもない声がした。

声がした方を見下ろすと、パンイチ沢田より不審な人物が立っていた。

綺麗に仕立てられたスーツとシルクハット。沙夜の見た図鑑が間違ってなければ、肩に乗っているのはカメレオン。スーツにハットにカメレオンの…赤ん坊?

「井原沙夜だな」
「は、はい…?」

呼ばれた。
名前を知られている。
ていうか…めちゃくちゃ流暢にしゃべったかこの子。

「犯人、覚えてんだろ」

しゃべった。不信感よりも驚きよりも、ここでイエスと答えれば碌な事にならないという危険信号みたいなものが先行する。

「………もう忘れました」
「嘘はよくねーな」

秒速で見破られた。なんでだ。

沙夜の台詞を一蹴して、ニヒルに笑う赤ん坊がスッと懐から取り出したのは黒光りする拳銃。おもちゃにしてはよくできている。…おもちゃ、だと思うけど、本当によくできてる。

そのおもちゃの銃口が、まっすぐ沢田に向けられた。

「ちょ、リボーン…!?」
「もうひとっ走りしてこい、ツナ」
「!!?」

ズガンと、確かに銃声がした。おもちゃにしては…いや違う、さすがにおもちゃからこんな火薬の匂いはしない。

同級生が死んだ。
と思いきや、

「リ・ボーン!!死ぬ気で真犯人を見つけるー!!」

撃たれた沢田の中から、また沢田が出てきた。

「えっ、ちょ、」
「犯人はどっちだー!!」
「うわっ!?」

しかも、沢田が突然沙夜を抱え上げて横抱きにして、そのまま走り出した。咄嗟にほぼ変わらない体躯にしがみつく。どこにこんなパワーが、というか。

「ちょ、っと待って沢田!まさかこのまま…!」
「犯人を見つけるー!!」
「嘘でしょ!?おおお下ろして!!」

犯人の顔を覚えているのは沙夜だけ。沢田は、このまま自分を抱えて並盛中を走り回るつもりだ。

そんなことされたら、二度と街中を歩けない。とっさに沢田の肩越しに助けを求めようとしたが「お供します10代目!」「よーしいっちょ探すか!」後ろの2人はむしろやる気だった。孤立無援だ。

「下ろしてってば普通に探すの手伝うから!話聞け!」
「あっちの方行ってみようぜ」
「イヤー!!」

猛スピードで走り去る沙夜と3人の背中を、かの家庭教師はニヤリと笑って見送る。

「井原沙夜、使えそうだな」

その不穏な呟きは、羞恥で死にそうになっている沙夜に届くことはなかった。






人違いとランデブー


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