宵月

□隣のクラスの無表情な彼女
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「沢田」

夕暮れ時の教室にて。

名前を呼ばれて顔を上げると、見知らぬ女子が教室の入り口に立っていた。

「は、はいっ?」
「入っていい?」
「あ、ど、どうぞ…」

知らない顔だ。1年A組の生徒ではない。わざわざツナの許可を得て教室に入ってきたその女子は、まっすぐツナの席まで来た。

教室で居残り補習しているのはツナひとり。放課後の教室、見知らぬ女子二人きりだ。ドギマギするツナを見下ろす彼女は、ものすごく無表情である。

「これ、B組のワークにまぎれてた」
「…えっ!!?」

差し出されたのは、沢田綱吉と書かれた英語のワークだった。

さっと血の気が引く。
このワークには、確か。

「……あの、これ」
「中間テスト挟まってたね」
「み、見ました、か…!?」
「見えちゃった」
「…!!」

散々な点数の英語のテストを挟みっぱなしだったのだ。

羞恥のあまり硬直するツナの様子など露ほども構わず、彼女は前の席にストンと腰を下ろした。体をこちらにひねって、無表情のまま首を傾げる。

「英語苦手なの?」
「え、えっと、英語というより色々と、です…」
「ふぅん」

聞いたわりに興味なさそうに返事をした彼女は、おもむろにツナのワークを開いて、雑に折りたたまれた中間テストを引っ張り出した。15点。我ながらひどい。

「私隣のクラス、1年だから敬語いらないよ」
「そ、そうですか、あ、そうなんだ…?」

突然敬語への指摘が入った。それより、改めてテストを見ないで欲しい。

マイペースすぎる彼女ははツナのペンケースから青いペンを勝手に取り出して、間違いだらけのテスト用紙にすらすらとペンを走らせ始める。

「英語の読み方から分かんないタイプでしょ」
「えっ?」
「振り仮名。これ覚えると分かりやすいよ」
「英語に振り仮名…?」

Sの上にス、Uの上にア、Nの上にン。見慣れたカタカナがアルファベットの上に振られていく。

「Dはドゥ、Aはこの場合そのままアルファベットで読む、Yはイャ。はい続けて読んで」
「す、あ、ん、どぅ、…えい、いゃ?」
「もっと早く」
「すあんどぅえい…あっ、サンデー?」
「そう」

読めた。驚いて顔を上げると、今まで無表情だった彼女が、口の端を少し持ち上げていた。

まっすぐな黒い髪と、白い肌と、すこし吊り気味の大きな目。人形みたいだ。

「フォニックス読みっていうの。全部これで読めるわけじゃないけど、覚えとくと楽だよ」
「あ、ありがとう…!」

勝手にテスト見ちゃったお詫び、と、申し訳なさそうな様子は全く無いがそう言った彼女は、とっとと立ち上がって背を向けた。

名前を聞くとか、なぜ自分の名前を知っているのかとか、すごいマイペースだねとか、突っ込みたいところが多くて迷っているうちに、黒髪の彼女は一度も振り返らずA組の教室を出て行ってしまう。

「…フェニックス…読み?不死鳥?」

教室には、口をぽかんと開けたツナが取り残される。カァカァとカラスが窓の外を通り過ぎていった。

早速間違えている未来のボンゴレ10代目沢田綱吉と、隣のクラスの少し風変わりな少女との、これが初めての会話だった。

2人がそれを懐かしいと笑って話すようになるのは、今日から数年後のはなしだ。





隣のクラスの無表情な彼女


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